#5-2

「はあ、きっつ」

 土曜日、他校との合同での練習が始まり、ひと段落ついたところで沖島くんがそう根をあげた。私はそれをそばで見ていたのだけれど、やっぱり部活をサボっていた時間が長かったせいなのか、沖島くんはほかのメンバーに比べてすこし体力がない気がする。

 そのぶん、体力と力が抜きんでているのが近山くんだ。彼は一番体が大きいこともあって、本当に迫力が違うというか、最初からハイペースでやれるタイプなんだと思う。なにもかも大ぶりな技はなんというのか、見ててすごく気持ちがいい。

 バランスが一番取れているのは瀬里先輩。体力はそれほどないようなんだけど、瀬里先輩はしっかり自分の実力を理解しているようで、お手本そのまま、みたいな動きで――私は機械みたいだなと思っていた――、体力が尽きないように加減することもきっちりしている。

 土田くんは……結構大雑把な動きをするんだけど、基本はきちんとあるようで、うちの部内では三番手、だろうか。体力もそこそこ、でも最初にはあまり出せないタイプのようで、それは本人も言っていた。だから、彼は前半より後半に、だんだん力を出せるようになっていく方だ。

 私の見ている限りでは、みんなの実力はこんな感じなのだけれど、ほかの高校の練習というのは、本当に見てて面白い。まだまだよくわからないことだらけだし、私自身初心者で、剣道の経験もないから、見たもの以上のことは全くわからないけれど。

「沖島くん、おつかれさま」

「おつかれ」

 水は飲んだ? と訊ねると、沖島くんは、飲んでない、とへらりと笑う。「飲まないと倒れちゃうよ……」

「動きたくねえんだもん。ほかのとこって、こんなきつい練習やってんのな」

「うちは本当になんにもしてなかったんだなって思うよなあ」

 近山くんがのそのそやってきて、沖島くんの隣に座る。はああと息を吐いた彼は、こんなの中学ぶりだと苦笑した。私は彼にたずねる。「近山くんは、中学の時も剣道だったんだよね」

「そうそう。俺はずっと剣道一筋」

「なんでうちの高校だったの? 剣道、強かったのかな、むかしは」

「うーん……剣道はまあまあだったかな、うちは。俺がはいったのは、たんに学力の問題ってやつ」

 そういって照れ笑いをする近山くんに、沖島くんがちょっと唇を尖らせる。「学力っていうけど、うちはまあまあじゃん」

「体育科の実力自体はまあまあだよな。だから一番入りたかったとこより一つ下、って思ったここにしたんだ」

「てことは、第一志望は受けなかったの?」

 私がきくと、近山くんは、はは……、と弱く笑った。それがなによりもの答えだ。

 近山くんはそういうけれど、うちの高校は「頭が良い!」というほどではないにしろ、悪いわけでもない、本当に平均のところで、それでも一番頭の良い科でいえばわりと偏差値高めだったはず。

 普通科の偏差値だってそんなに低くないし、校風の自由さもあって、わりかし人気なところなんだけど……もともと入りたかったところって、どれくらい頭のいいところだったんだろう。

「おい、そろそろ休憩終わるぞ」

 そんな話をしていた私たち三人に、瀬里先輩と土田くんが声をかける。私と近山くんが「はい!」と飛び跳ねるように立ち上がった横で、沖島くんがやっと水を飲みながらけだるそうに声を伸ばした。「ウーッス……」

 みんなが稽古をしているあいだ、私のほうは、といえば、マネージャーの仕事をしていた。この学校のマネージャーの子と、話ながらスポーツドリンクを作る。

 話題はといえば、ほとんどがうちのメンバーたちの噂話だった。

「私、瀬里さんがいるのにびっくりしたなあ。あの人、中学の時全国いってたでしょ」

 マネージャーの子が、そう私に話しかける。私は「そうなんですか?」と驚いてきき返した。

「そうだよ、本当に綺麗な打ち方するなあって、ずっと思ってたんだよね」

「瀬里先輩の動きって、すごく機械みたいじゃないですか。見ていて気持ち良いのは近山くんかなあ……」

 私がそういうと、その子は小首をかしげて、「近山くん? あ、もしかして一番背が高くて恰幅の良い? 私的に、いろいろな意味で一番見てしまうのは金髪君かな」

「金髪……ああ、沖島くん」

 沖島くんの名前がでて、私も「ん?」と思う。彼女は言葉を続ける。「あの子さ、すごく運動神経が良いんじゃない? ちゃんと周りの動きを見てる気がするよ。いまはまだまだだけど、伸びだしたらすごいと思う」

 ――沖島くん、褒められてる……!

 すごい、と内心すごく感動してしまうのは、もしかして沖島くんに失礼かもしれない、と思うんだけど……やっぱり、仲間が褒められるのはすごく嬉しい。名前がでてこない土田くんのことも言ってくれないかな、と私がそわそわしていると、その子はああでも、と言葉をにごした。「あの、一番真面目そうな子さ」

「土田くんですか?」

「うん、たぶんそう。なんか、筋はすごく良いんだけど、かたい気がするんだよね。あんまり心を開いてなさそうなタイプ」

 そのスイソクに、なぜかこちらがどきんとしてしまう。あまり心を開いていない……。

 ――あいつが俺をはじめて認めてくれたから、俺もあいつを認めていたんだ。

 なぜか、すこし前の土田くんの言葉を思い出す。そのときに私が感じたものと、この子が感じていたものが、もしかして同じなのだろうか。

 あのとき私は、土田くんは近山くん以外に、あまり心を開いていないのだ、ということになんとなく気が付いた……ような気がする。……「ほかの誰も認めてくれない」って土田くんが言っていたようで、胸が痛かったあのとき。

 つい考え込んでしまっていた私を、その子がさらに追従する。「空田さんもさ。あんまり、周りに心を開かないタイプでしょ」

「えっ」

 びっくりしてすっとんだ声を出してしまって、あっと私は耳まで熱くなる。彼女は私にちょっといじわるく笑っていた。「土田くん? と似てるタイプな気がするよ。いや、土田くんよりもっと、硬くなってる気がするかも」

「――っざけんな!」

 と、そのとき、そんな怒った声が遠くからきこえてきた。私たちは驚いて顔を見合わせ、慌てて声のきこえた道場の裏へと走っていく。そこにいたのは沖島くんと瀬里先輩で、てっきり沖島くんの声かと思ったのに、肩を怒らせて睨みつけているのは瀬里先輩のほうだった。

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