#4-5
沖島くんが素振りをしているのを初めて見て、私は驚いて道場の戸口から中を覗く格好で固まっていた。やがて近山くんがそんな私に気が付いて、「空田さん。入らないの」
「あっ……うん」
「九九……百。終わり!」
瀬里先輩が声をかけると、その声で沖島くんは我に返ったらしい。はああと深い息を吐いて、その場にしゃがみこんだ。私は沖島くんにやっとちゃんと声をかける。「……おつかれさま」
「空田ちゃん。え、もしかして見てた……?」
「うん、見てたよ」
私が頷くと、沖島くんはちょっと照れたように顔をそらしてぼそぼそ言う。「はあ……まあ、いいか。もう隠れてやる必要もないしな」
「隠れてやる?」
「沖島、瀬里先輩と隠れて自主練してたらしくてさ」
「下手なの見せたくないだろ、くそ、俺がこんな苦戦してんの、剣道ぐらいだぞ。ほかのはめちゃくちゃ得意なのに……なんで……」
「まあ、ひとつくらい、苦手なものもあるだろ」
愚痴る沖島くんに、土田くんが言葉を挟む。すると沖島くんは土田くんを見て、再びはああと深くため息を吐いた。「だから嫌いなんだよ、お前」
「それはそれは……」
ふたりの会話は相変わらずのもので、でもなんだか前より気を許しあっているように聞こえて、それがなんだかおかしくて私が笑うと、土田くんがこちらをちらりと見て、ぱっと視線をそらした。私は首を傾げる。「どうかした?」
「いや。なんでもない。俺もブランクあるから、ちゃんとやんねえとな」
土田くんはそう言って微笑む。その表情に、私もなんだか目をそらされたことも忘れてしまって、にっこり笑った。
◆
「おはよう」
自分の陰口を言っている女子の集団に入っていって、こころはその中心になっている人物にそう声をかける。彼女は驚いた顔をしていた。こころはその顔を見て、なにも感じていないかのようににっこり笑って見せる。すぐにその集団に背を向け、教室を出た。
自分を追いかけてくる聴きなれた足音に、こころはそちらを振り返り、微笑む。泣きそうな笑顔になっていることを自分でわかっていても、こればかりはどうしようもなかった。
「颯大」
「こころっ……あの……っ」
自分を追いかけてきた颯大は、肩で息をしながら、目を逸らして俯いた。こころはそんな颯大が、自分を見るまでなにも言わずに待つ。颯大が泣きそうな顔でこちらを見ると、こころは短くなった自分の髪に触れて、ちょっと笑ってみせた。「どう、颯大。この髪」
「……っ」
「ねえ、……颯大」
なにも言えない様子の颯大に、こころは目を細める。そうして笑っていないと、いまにも大声で泣きだしてしまいそうなほどに、体が震えていた。「私、うまく笑えてたかな? ちゃんとおはようって、言えてた?」
こころの問いかけに、颯大は息を呑む。彼は稍々迷いを見せた後、彼もまた泣きそうに笑って、うん、と頷いた。
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