#4-2

 部活の準備を終えて、道場に向かっていると、道場の前に立って誰かを待っている様子の颯大に会った。ひとりだけまったく違う制服のせいか、颯大は嫌に目立っていて、ちらちらとほかの生徒も颯大のほうを見ている。私は慌てて彼にかけよって、「颯大、本当にきたんだね」

「なんでこころが俺がくるって知ってたの」

「なんでって、旭ちゃんが言ってたんだよ」

「本当に口が軽いな、あいつ」

 私の返事に、颯大は口をすぼめ、呆れて呟く。私はちょっと笑って、「で、なんの用事? 見学かなにか?」

「見学、みたいなもんかも」

 そう話している私と颯大の間に、私がよく知っている声が割り込んできた。「なにしてんの、どこの学校?」

 私と颯大は声の方を見る。割り込んだ声の彼は、道場からこちらの様子をうかがっていたようで、窓から顔を出している。私は、あ、と目を丸くし、颯大はちょっと不機嫌そうに眉をひそめた。「誰? こころ」

「沖島くん」

 私が彼――沖島くんの名を呼ぶと、沖島くんはうなじを掻きながら、ちょっと嫌な顔をする。「こころ?」と沖島くんは颯大の言い方を真似すると、私に、「空田ちゃん、こいつ、誰?」

泉川いずみかわ颯大。旭ちゃんの弟なの」

「旭ちゃん……ああ、アサヒチャン、泉川っていうんだ」

 その沖島くんの言葉に、私は、そういえばいつも「旭ちゃん」で話が通じていたから、剣道部の皆に苗字を伝えてなかったことに今更気がつく。知ってる人もいるようだから、特別言わなくても良いかなと思っていたのもあるんだけど――と考えてるうちに、沖島くんがなぜか苛々しているのに気がつき、彼がじっと見ている、颯太のほうを私も見た。颯大も沖島くんのように、いやそれよりも不愉快そうな顔をしている。

「あんたさ。剣道部?」

「……そうだけど」

 あんた、と呼ばれて、沖島くんが眉を上げる。それでもひるむことなく、颯大は言葉を続けた――「あんた、剣道弱そう」

「――っ」

「そうたっ……」

 沖島くんと私が、同時に言葉に詰まる。沖島くんは一瞬顔を青くしたと思ったら、それは真っ赤に染まっていった。すばやく彼は道場の中を振り返る。なかにいたらしい瀬里先輩が、ぶんぶんと首を横に振っているのが見えた。

「こころ、いこう」

「ちょ、颯大……!」

 沖島くんが口を開け閉めしている間に、颯大は私の腕を強く引いた。ろくな抵抗もできずにずるずる引っ張られながら、私は沖島くんのほうを振り返る。沖島くんは颯大向かってなにか言いたがっていたけれど、結局彼はこちらを見つめているだけで、なにも言葉が出てこない様子だった。

「颯大、待って、めちゃくちゃ失礼なことを……」

「こころ、土田三月つちだみつきはどこ?」

 昇降口に出て、やっと颯大はこちらを振り向く。私はちょっと考えて、「土田みつき……土田くんのこと? 剣道部の……」

「そうだよ。何組?」

「えっと……いまならもう剣道部にいるんじゃないかな。行き違いになっちゃう」

「そっか、じゃあ戻ろう」

 そういってまた私の腕を引っ張った颯大に、今度は踏ん張って抵抗する。それを感じたのか、颯大がこちらを振り向いた。ちょっと、むっとしてるような……?

「なに? こころ、いかないの」

「なんで引っ張るの? 痛いよ」

 私の言葉に、颯大はあっ、と、やっと自分が私をぐいぐい引いていたことに気が付いたらしい。というか気付いてなかったの? と颯大の顔を不機嫌に覗き込むと、颯大はぱっと顔をそらした。なんだかまた赤くなってる気がする。

「颯大、大丈夫? なんか、緊張してるみたい」

「緊張はしてない」

「そう? 知らない学校だから、緊張してたのかと思ったんだけど……」

「あ、そういうことか……」

 もごもご呟いて、それから颯大は息を吐き、「まあね」と小さくこぼした。

 やっぱり緊張してたんだ、と私は肩の力を抜いた。颯大の様子がおかしいのも、沖島くんに変なことを言ったのも、全部緊張していたからなのだろうか。それでも……ちゃんと言っておかないと。「ねえ、颯大」

「なに」

「沖島くんに、あとでちゃんと謝って。突然あんなこと言ったら、失礼だよ」

「……ああ。あのタラシ」

「タラシって、なんでそんなこというの」

「旭ちゃんとか、……こころのこと、空田ちゃんとか言ってたし。タラシじゃんか」

「旭ちゃんは、私がそう呼ぶからだと思うよ。空田ちゃんは、まあ最初はびっくりしたけど、いまは全然気にしてないし……」

 ぼそぼそと、颯大は口のなかで呟く。「こころちゃんだったら、ぶん殴ってた」

「なに?」

「なんでもない。土田のとこいこう、こころ」

 そういって剣道部へ、来た道を戻る颯大の後を、よくわからないまま追いかける。ずんずん先行く背中に、「土田くんに何の用事なの」とたずねると、颯大は真剣な目をしてこちらを見た。

「こころの騎士なんだろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る