#4-3
颯大とふたりで剣道部に戻ると、やっぱり道場にはいつも通り、土田くんと近山くんの姿もあった。もちろん瀬里先輩と沖島くんもいて、瀬里先輩が含み笑いをしている横で、沖島くんが颯大にとても怖い顔をした。そんなふたりを見て、こちらに背を向けていた土田くんと近山くんも、颯大のほうを振り返る。土田くんに気が付いた颯大が、あっ、と声を出す。土田くんは誰なのか考えているような間があり、その隣の近山くんのほうがはやく、颯大に反応した。「颯大?」
「久しぶり、どうしてここに。お前、俺らより一個下だったろ?」
「久しぶりです、近山先輩。今日は土田先輩に稽古をつけてもらおうと思って」
颯大から名前を呼ばれて、土田くんが驚いた顔をする。「颯大って、泉川颯大?」
「覚えてくれてるんですね。剣道教室で一緒だったでしょ」
剣道教室? と首を傾げた私を察してくれたのか、颯大と近山くんが説明してくれたことによると、颯大と土田くん、近山くんの三人は、同じ、地域の剣道教室に、小学生の頃通っていたらしい。そこで土田くんは教室内で一番強く、なのに突然辞めてしまったのだとか。颯大はそれで土田くんのことを覚えていた……ということは、もしかして、とふと私は気が付く。
旭ちゃんが突然、土田くんを「騎士にしよう」と言い出したのは、もしかして昔の剣道教室で、旭ちゃんと土田くんが知り合いだったから、とか……? でも、それを本人にたずねるためには、騎士のくだりを話さないといけない。騎士という言葉を使わずになら、なんとなく旭ちゃんが話してる感じはあるけど、それを私の口から掘り返すのは、なんというか……やだなあ……。
脱線してしまった私を置いて、颯大が土田くんに握手するように手を伸ばした。「土田先輩。俺と一試合、戦ってくれませんか?」
「俺? いや、俺はあんまりなんだよな。近山のほうがうまいし、近山にやってもらったほうがいいと思う」
「俺は土田先輩とやりたいんです。見てみたいことがあって」
やんわり断る土田くんに、颯大は食らいつく。それをはたからみていた沖島くんが、ゆっくり手を挙げた。「じゃあ、俺とやらねえ? 中坊」
「――は?」
沖島くんの言葉に、颯大は思い切り眉を吊り上げる。それからにんまりと笑って、「いいですけど……じゃあ、準備運動にやります? タラシ先輩」
「いい度胸じゃん。棒切れなんてなしにやりたくなるな」
「思考回路まで猿なんですね。道具なしなんて、ただの動物だろ」
「面白いもんが始まりそうだな」と瀬里先輩が腕を組んで呟く。驚いてそちらを見ると、瀬里先輩はこほんとひとつ咳をした。颯大と沖島くんの雰囲気が、だんだん険悪になっていくのを、まわりは止めもせず見ていて、私は我慢できずに、なんとか止めてくれそうな土田くんに話しかけた。「ね、ねえ、止めなくて良いの?」
「いいんじゃねえの。沖島がどれだけできるのか、空田も見てなよ」
「どれだけって……そんな問題じゃ……」
「沖島にもいい機会だろ」
ぽつりと呟いた土田くんの言葉の意味をきこうとしている間に、颯大は更衣室に、沖島くんは胴着に着替えていた。あっ、と、私がいまから止めようと慌てても、もう遅い。颯大が胴着に着替えて戻ってくると、あれよあれよと試合が始まってしまった。
試合は、沖島くんがどんどん攻めていくけれど、そのすべてを颯大が防御してしまう。結局沖島くんは隙をつかれて、ばしんと胴に入る。それを皮切りに、颯大があっという間に勝ってしまった。負けた沖島くんは肩で息をしながら、面からもわかるほどに激しく颯大を睨んでいる。「……っ」
くそ、と沖島くんが呟いた声が、初めてきくほどに悔しそうで、なんだか――……
「土田先輩、やりましょう」
くるりと土田くんを振り返って、颯大が言う。颯大の方はほとんど息も乱れていない。――と、その瞬間、沖島くんが竹刀から手を離し、それはがらんと音を立てて床に落ちた。面を脱ぎ、汗を拭くように髪をかきあげながら、ずんずんと足音荒く、颯大たちに背を向けて道場を出ていく。「沖島くん?」
私は驚いて、慌ててその背中を追った。道場の裏まで彼を追いかけて、やっとその足が止まったところで、私は彼に恐る恐る声をかけた。「沖島くん、どうしたの……?」
「ひとりにしてくんない?」
その声が、ぴりりと張り詰めていて、私のほうがひるんでしまう。でも、沖島くんのほうも、声が思った以上に冷たくなってしまっただけだったらしく、ごめん、といつもの顔で笑ってくれた。……でも、それはやっぱり「いつもの」顔ではなくて、なんだか悔しいと泣きたいが混ざったような……情けない、と呟いて顔を背けてしまいそうな、そんな表情をしている。「おきじまく……」
「――ひとりにして、空田。ごめんな」
……うん、と頷いて、沖島くんの言葉通りにする以上に、どうすればいいのかわからなかった。
私が一人で道場に戻ると、竹刀の音は止んでいた。中では颯大と土田くんが試合をしたあとだったらしく、土田くんが防具をつけ、面をそばに置いて、壁際に座り水を飲んでいた。近山くんが颯大になにか話しかけていて、そんな颯大はこちらを見て、いつもの平常な笑顔を見せた。「こころ。土田先輩、やっぱり強いな」
「泉川がめちゃくちゃ強くなってて焦ったわ」
そう言って笑う土田くんに、私はたずねる。「土田くんが勝ったの?」
「いや。俺は負けた」
ん? と私が首を傾げると、颯大はちょっとふくれる。「……俺が大会でいいとこまでいってたの、知らないんだな、こころ」
「え、あっ! そ、そっか。そうだったね、旭ちゃん、あんまりそういう話しないから……ごめんね、颯大」
慌てて両手を顔の前で合わせてそうしどろもどろで謝ると、颯大はむくれたまま目をそらし、「まあ、いいけどさ」
そんな私たちに、なあ、と瀬里先輩が声をかける。「沖島は?」
「沖島くんは、道場裏にいると思います。一人にしてほしいって言われて」
「そう。俺いってくる」
瀬里先輩がそういって道場を出ようとした背中に、近山くんが慌てる。「え、沖島は一人にしてほしいって言ってるって……」
「俺の責任もあるから。お前らは練習再開しろ、いい加減時間なくなるぞ」
瀬里先輩が道場をでていったあと、土田くんと近山くんにお礼を言ってから、颯大は防具を脱ぎに更衣室へと行ってしまった。残された土田くん、近山くんと私、という三人で、すこし話す。「沖島くん、大丈夫かな」
「まあいいだろ。一回ちゃんと負けた方が」
土田くんが水をあおぐ。その横で近山くんは苦笑した。「それはそうだよなあ。これでいい加減、やる気も出るってもんだろうしな。これでだめになったら、それだけだったってことだしさ」
「沖島くん、もしかして、いままで練習に参加しなかったのって」
「そういうことだと思うよ。さ、俺らも練習再開するか」
近山くんがそう言葉を濁し、二人とも中断していた練習を再び始める。私はそれをそばで眺めながら、ずっと沖島くんのことを考えていた。
――沖島にもいい機会だろ。
――そういうことだと思うよ。
土田くんも、近山くんも……沖島くんが剣道ができないのを知っていて、だからこそ彼が練習をサボっていたということに気が付いていたのだろう。私ひとり、そんなことにも気が付けずに……。
沖島くんは、今回こんな風に、みんなの前で颯大に負けて……沖島くんは、いままで、みんなからきく限り、むしろほかの部のすごい人たちを打ち負かしていたらしい。そんな彼が誰かに負けることって、もしかしたら、すごくショックなんじゃないんだろうか。
――沖島くんが、剣道部を辞めてしまったら。
たしかに、沖島くんはあまり剣道部にはなじんでいなかったように思う。練習もほとんど参加してないようなものだったし、でも、彼が毎日きちんと部にきて、早退もせず、それどころか居残ってまでいたのも本当で。
……沖島くん、本当は、剣道がしたいんじゃないのかな。
「沖島くんが、辞めませんように……」
呟いた私の言葉は本音で、でも彼のことをそんな風に思ったのは、これが初めてだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます