#3-5

「てことは、部長を譲ってくれるってことか?」

「それはできません。でも、瀬里先輩に入ってほしいんです」

 ぺこりと頭を下げる近山くんに、瀬里先輩はふうんと鼻を鳴らした。私たち、その他剣道部員たちはそれを廊下の隅から見守っている。近山くんは恐る恐る瀬里先輩を見上げた。

「その、先輩。ひとつきいていいですか?」

「なに」

「先輩は、なんで部長になりたいんですか」

 その近山くんの質問に、瀬里先輩は嫌そうに顔をしかめた。それから腰に手を当てて、「決まってるだろ。内申点」

 あまりにも意外な理由に、近山くんは目を点にする。「な、内申点?」

「俺ね、推薦でいきたい大学があるわけ。そのために、もう少し点数稼いどかないといけないんだよ。部長とか生徒会役員とかって、そういうののためにやるものだろ」

「それは……」

 ――そういうことか、とその場を遠くから見守っている剣道部全員が思ったのがわかった。土田くんは嫌な顔を隠しもせず、沖島くんは面白そうに。私は戸惑っている……

「――ぶ、部長を譲るなんて、言わなくてよかった……」

「どういう意味だよ」

「いや……俺、瀬里先輩なら良いかなって思ってたんですけど。ちょっとなあって」

 そういって困ったように笑う近山くんに、瀬里先輩は怒るかと思ったのだけれど、意外にも先輩は、いたずらしている子どものような顔をして、近山くんの頭を叩いた。近山くんが声をあげる。「いてっ」

「お前だから許すけどな、まあいいや。そこまではっきりくるなって言われると、逆にいきたくなる」

 瀬里先輩の言葉に、近山くんは目を丸くした。私たちも遠くでこっそりざわめく。「――へっ?」

「ただ、土田だっけか、あいつはどうにかしろ。あいつの口の悪さがどうにもならなかったら即辞めてやるから」

「瀬里先輩、それって」

 途端、目をきらきら輝かせた近山くんに、瀬里先輩はちょっとうっとうしそうな顔をしつつ、はっきり言った。「そうだよ。入ってやる。期間限定になるかもだけど、そこらへんはお前らの頑張り次第だからな」

「――ありがとうございます!」

 びっくりするほど大声でそうお礼を言った近山くんの頭を、もう一度、今度はもう少し強めに、瀬里先輩は「うるせ」と叩いた。

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