#3-4
「なんですか?」
「なんですかじゃない。なんでそんなところを歩くんだよ」
二人とも嫌そうな様子で話しているのを眺めながら、ちらりと近山くんのほうを見る。近山くんはそんな二人――土田くんと瀬里先輩の様子を私と同じように遠くから伺いながら、な、と私に向かって微笑んだ。「大丈夫そうだろ?」
「瀬里先輩は、不思議な人だね……」
なんと言えば良いのかわからなくなって、私はそんな風に瀬里先輩のことを言う。土田くんが松葉杖をつきながら、向かってくる自転車を避けようとして仕方なく歩道の端、道路側を歩こうとしていると、そんな土田くんを見かけたらしい瀬里先輩が近寄ってきて――最初の会話に戻る。
土田くんはなんというか、本気でなんで瀬里先輩が自分の世話を焼いてくれているのかわからなさそうにしていて、それを遠くから眺めている私もそうだった。口喧嘩した相手の、多分印象も最悪だったろう土田くんの面倒を見ている瀬里先輩がよくわからない。でもそこには何の裏もなさそうで、それがますます不思議なのだ。……もしかして、瀬里先輩って。
「いい人なんだよ、本当に。だから剣道部に入ってもらえたら、もっと部が良くなるんじゃないかと思ったんだ」
「そういうこと……もしかして、だから――」
言いかけて、口をつぐむ。……だから、部長を辞めてでも入ってもらおうとしたの? でもそれにしては「部長を辞める」って、大それたことに思える。だからか、近山くんにそれをたずねることができなかった。
近山くんはなにかをごまかすようにちょっと笑って、「土田は誰にも頼らないところがあるから、ああいう世話を見てくれる相手がいてもいいよな」
「そうだね……」
私が頷くと、私の隣を歩いていた旭ちゃんがさくっという。「でも、だからって部長を辞めるってのはやりすぎだと思うな」
びっくりして旭ちゃんを見た私の視線に気が付いているだろうに、旭ちゃんはあっけらかんとしている。近山くんは旭ちゃんに苦笑した。「まあ……そうだな」
「でも、そうじゃなくて……それももちろんあるんだけど、俺は、そうだな……剣道部で、試合に出たいんだ。ほら、土田も沖島も、剣道部のために喧嘩までしてくれただろ。だから、そんな剣道部が、三年間一度も試合に出られなかった、ただのお遊戯でしたで終わる、って想像して、こわくなるんだよな。結局俺のためなのかもしれないけど、でも、瀬里先輩が入ってくれて、戦力になってくれて、そんでみんなが試合に出れるような部に近づくなら、俺もなにかできることがしたいって思ったんだよな……」
まじまじと近山くんの顔を見てしまう。近山くんはとても優しい顔をしていて、その言葉のひとつひとつが本音なのだと思えた。そうか……近山くんは近山くんなりにやっぱり考えがあって、それが「譲れないこと」より上だったのだ。試合に出られる部にするためにできることなら、自分もしたい。そういうのは、筋が通ってるって、言えるんじゃないかなと思った。
――近山くんは、簡単に部長を辞めるといったわけじゃなかったのだ。
それがわかって、私はますます――「私は、近山くんに部長でいてほしいな」
「……空田さん」
「だって、そんな風にみんなのこと考えられるの、リーダーって感じがする。そういう人が部長でいるって、すごいことだと思う……なんだろう、うまく言えないけど。でも、剣道が強いとか、うまいとか、すごいとか……そういうことより、いま言った近山くんの気持ちの方が、部長として大事なことなんじゃないかなって、思う」
「私もこころと同意見」
そういってにんまり笑う旭ちゃんと顔を見合わせて、私もなんだか笑ってしまう。近山くんはそんな私たちを見比べるように見て、照れたようにちょっと頬を赤くした。「そうかな……」
「そういうことだったのかな。なんか、土田がこだわってることとは、また違う気もするけど。でもそう言ってくれる人がいるなら、俺も簡単に部長を辞めますなんて言っちゃいけないってのは、わかるよ」
「土田くんは、近山くんに認めてもらえたから剣道部にはいったって言ってた。だからそういうのを、近山くんに全く通じてなかったのが、って」
「認めた、か」
俺はいつでもあいつを認めてたんだけどなあ、と呟く近山くんに、私は、そうだよね、と思う。でも、それが土田くんにとってすごく特別なことだったんだ、きっと。それはなんだかわかるんだ。私も、旭ちゃんに私を認めてもらえたとき、友達になれたとき……すごく、嬉しかったのを覚えているから。
――もしかしたら、土田くんを認めることって、近山くんにとって当たり前のことだったのだろうか。当たり前に人を認められるって、ちょっとすごい。本当に、リーダーになる人なんだなって、……思うよ。
「近山くんに、やっぱり部長でいてほしいな」
「……! おう、ありがと、空田さん」
私の言葉にちょっと驚いたあと、近山くんも顔全体をくしゃくしゃにして笑ってくれる。そして、近山くんはちらりと呟いた。「ごめんな」
「うん?」
「さ、あとはどうやって、瀬里先輩に納得してもらうかな」
夕空向かって伸びをしながら、近山くんは笑って言う。その言葉がなんだか頼もしく聴こえたのは、たぶん気のせいではなかった。
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