#3-3
――土田くんが言っていた、「近山くんが自分を認めてくれた」って、いったいどういう意味なのだろう。一人で揺られるバスのなかで、そんなことを考える。土田くんは誰にでも認められていて、自分に自信がある人なんだと、なんとなく私はずっと思っていたのだ。
認められているから副部長で、認められているから旭ちゃんが「騎士にしたい」といって私をマネージャーにして、認められているから土田くんを好きな女の子が泣いたりして……でも、それは全部、認められているということではなかったのだろうか。
私は土田くんのことも、近山くんのことも、まだよく知らないから、どう私が考え込んでも、なにもわからないのだけれど、それでもなんだかずっとおなじことを考えてしまう。
「認めてくれたから」。その言葉が、なんだかとても悲しいものであるような気がするのだ。なんでそう思うんだろう。もしかしたら――ああそうだ、私自身が、誰にも……旭ちゃん以外の誰にも、認められていないからかもしれない。
「可愛い」って、言ってくれる人はいた。でも誰も、私の中身なんて見てくれなかった。友達になってくれる人はいた。でもみんな――気が付いたら、そばから離れていってしまった。認められたい、認めてくれた、って、すごく悲しいことだと思う……私がそうだから……土田くんにも、だからって当てはめてしまうのも、どうだろうとは思うけれど。
「私にとっての、旭ちゃん……」
――それ、なのかも……。土田くんにとって、近山くんは旭ちゃんのような存在なのかもしれない。初めて自分を認めてくれて、自分を心配してくれて、そのためになにかをしてくれる人。友達なんだろう。だから信頼していて、でもきっとそれ以上でもあって……
――土田くんは、本当に「剣道部を辞めたい」と思ったのだろうか?
――近山くんは、本当に「簡単に」部長を辞めると言ったのだろうか?
バスを降りて、歩きながらそんな疑問を思いつく。そうだ、それがどうしても、私には引っかかっていたのだ。ふたりがそんな簡単に、それぞれのことを諦めてしまう人には、どうしても見えないんだ。なのに簡単に、辞めたいと言ったから……だから、私もつっかかってしまったのだ。
「なにを考えてるのか、ちっともわかんない」
呟いて、ため息をつく。ちっともわからないんだけど、なぜか私は、二人のことをもっと知りたいと思っていた。
瀬里先輩を私が初めて見たのは、それから二~三日あとのことだった。いつもの通り道場へいくと、まだウォーミングアップを始めだしたくらいの時間なのに、なぜか竹刀を打ち合っている音がきこえてきたのだ。私が慌てて道場を覗くと、そこにいたのは近山くんと……、土田くんでも、沖島くんでもなさそうな、細いけれど土田くんや沖島くんより体の出来上がっている男子だった。彼はばしばしと機械のように、向かい合う近山くんを追い込んでいく。気付くとばしんと強く近山くんの胴を彼が撃って、近山くんがぺこりと頭を下げる。面を取って笑った表情は、なんだかちょっとだけ情けない感じの、眉を八の字にした顔だった。
「瀬里先輩、やっぱり強いですね」
「お前が弱すぎるんじゃないか?」
そういって、対戦相手のほうも面を取る。一瞬ちょっとまじまじ見てしまうような、きれいな顔の人だ。その人は汗の張り付いた前髪をかきあげて、ちょっと息をついたあと、こちらをぱっと見た。私は瞬間、なんだか見ていたことがばれてしまったみたいに感じて、気まずく目をそらす。
「あんたは部員? 近山、剣道部に女子なんていたのか?」
「ああ、空田さんはマネージャーです」
「ああ、なるほど。俺は瀬里。あんたの名前は空田?」
近山くんが私のことを簡単に彼――瀬里先輩に教えて、私は一歩前に出る。「空田こころです」
「ふうん……なあ、空田さん。ちょっとききたいことあるんだけど」
「はい?」
「俺と近山、どっちが部長に相応しいと思う?」
突然の質問の内容に、一瞬あっけにとられる。なんでこの人は、突然こんなところでそんなことをきくのだろう。しかも近山くんの目の前で、自分とどっちが部長にふさわしいか、だなんて……
――近山くんの「ふさわしさ」って、なんだったのだろう。
私が昨日、家に帰ってからもぐるぐる考えてた問題だ。土田くんがあんなにも「部長でいてほしい」と思う理由。自分を認めてくれたから。その言葉の意味があまりにもあいまいで、よくわからない。でもそういうのも、私は「筋が通っている」と思うんだ。でもそれは、「私が近山くんに部長でいてほしい理由」にはならない。なら、私はなんと答えればいい?
数秒、間があったのだろう。「ねえ、答えてくれない?」と瀬里先輩が意地悪く目を細めて言いつのってくる。私はその目に視線を合わせて言った。「私は、近山くんが良いと思います」
近山くんが息をのむ。その反応はちょっと予想できていた。――そうだ。「そうだ」と、私は思う。
「近山くんは、土田くんに本当に信頼されていて、部長でいてほしいって思われていて……そういうのって、他の人に簡単に真似できないと思うんです。信頼される理由が、近山くんにはあると思う」
「……空田さんってさ」
私の答えを静かにきいて、低い声で瀬里先輩がささやく。「もしかして、空気が読めない?」
そうかもしれない、と思う。でもそれでも、私は本気で思うんだ。近山くんに部長でいてほしいって。土田くんのためとか、そういう同情かもしれないけれど、でも……本気で、本当に、土田くんがあんなにも信頼して、頑張るくらいの理由が、近山くんにあったんだと思っている。だから、そういう理由を持てるだけの力がある近山くんこそ、きっと「本当にふさわしい」のだ。
「空田さんさ、ちょっと面白いね?」
そう呟いて、瀬里先輩は笑う。その顔がすごく、なんというのか――怖い。
「からかい甲斐がありそう」
――この人、たぶん、私のこと嫌いだと思ってる。
そう思ったのは、なぜだろう。表情とか、声の感じとかだろうか。ひんやりとした、なんだか背筋が凍りそうな顔をする人だ、と思った。ぞくりと冷や汗が流れる。
「やめろよ」
そんな私の後ろから、知った声がかかる。私がそちらを見ると、そこにいた姿にほっと安心した。――土田くんだ。でも、場の雰囲気はますます凍っていく。瀬里先輩は土田くんの口調に、すこし腹が立ったらしく、ちょっと首を傾げるような仕草をして、ますます冷たい声でいう。「口に気をつけろよ、一年生」
「すみません。でも、先輩ももう少し考えて話したらいいと思います」
「お前、喧嘩売ってるの? こんな奴だったんだな、傘なんて入れてやらなければよかった」
傘? と近山くんがちょっと不思議そうな顔をする。私もおなじような顔をしていたと思う。土田くんはそんな私たちに気が付かず、ああ、と頷いて、「あのときは、ありがとうございました。でもここまで最低だって知ってたら、俺も入れてもらわなかったんですけど」
「……怪我しててよかったな」
「お互い様でしょ」
だんだん激しくなっていく言い合いに、止めようと口を開いた私に、空田さん、と近山くんが口元に指を立ててなにも言わなくて良いとジェスチャーする。私は近山くんを見たり言い合う二人を見たり、困って視線があちらこちらへといってしまう。止めないと……また前みたいに、土田くんが殴られるようなことになったら……!
大丈夫、と近山くんの唇が動いた。近山くんは苦笑して、なんだか困った顔のまま、土田くんと瀬里先輩を見ている。そのまま二人の言い合いがヒートアップしても、結局どちらも手は出さず、そのうち瀬里先輩は行ってしまった。
「ねえ、よかったの? また大変なことになったら」
「大丈夫。瀬里先輩はそんなタイプじゃないから」
休憩時間に、近山くんは私にそう言った。土田くんはそのそばで、いまだにちょっとだけ機嫌悪く立っている。近山くんは笑って、「口が悪いだけなんだよ、瀬里先輩は……でも、空田さん、気分が悪かったよな。それは、ごめん。瀬里先輩の代わりに謝る」
「どう見たって嫌な奴だろ、あいつ」
「土田とは合わないのかもな……いや、誰にでもあんな感じでもあるな。でも、本当に悪い人じゃないんだ」
その近山くんの顔をちらりと見て、土田くんは目をそらす。鼻から息を吐いて、「空田。ありがとうな」
「え?」
「……こいつがなんで部長だったのか、本人よりわかってるよなあ……」
「そうかな、なんか私も正直、まだ、よく……」
「いや。わかってるよ。なあ、近山」
「えっ? 俺か?」
話を振られて、近山くんが目を丸くする。土田くんは真面目な口調で、「お前、まだわかってないのか? そんなことないよな。俺がなんで剣道部にはいったのかとか、そんなのは分かんなくて良いけどさ、とにかくなんで自分が部長なのかくらい、分かれ。俺がまぬけになるだろ」
「まぬけ?」
きょとんとおうむ返しする近山くんに、土田くんは「まあ、もうすこし待つけどさ」と唇を尖らせた。
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