#1-2

 旭ちゃんと私は、幼馴染というやつだと思う。小学生の頃からおなじ学校で、中学、高校と一緒、クラスは何度かばらばらになったものの、いまではいつも隣にいるせいで、すっかりセットで扱われるようにすらなっていた。

 私はそれでいいと思っていた。旭ちゃんも、きっとそうだ。私たちはセットで、いつもおんなじ。それでいい。それがいいんだ。

 ――でも、旭ちゃんは、この頃ちょっと様子がおかしい。

 私と並んで帰り道を歩きながら、「こころには騎士がいるんだよ」と言うのだ。私は実をいうとその言葉の意味がよくわからないのだけれど、それに説明を求めても、旭ちゃんはにんまり笑うだけでなにも答えない。騎士ってなに? いや、意味というか、その名詞自体はわかるのだけれど……どういう意味なのだろう。私に騎士?

 空田こころ、十五歳。高校一年生になったばかりの下校時間、私と旭ちゃんはふたりきりで、笑いながら、旭ちゃんは私が書き込んでいるところの学級日誌を見つめている。私がなぜ日誌を書いているのかというと、単に今日が出席番号とおなじ日付だったからだ。

 冗談を言って、言われて、笑い飛ばして……旭ちゃんとの時間は、本当に楽しい。

 私にこういう友達は、旭ちゃんひとりしかいない。昔は数人、ほかにも友達がいたけれど、いつの間にか独りぼっちになってしまうのが常だったから、私はもう、旭ちゃん以外友達はいらないと心に決めていた。

 茶髪のショートボブは、中学一年生のときに旭ちゃんに似合うよと言われたから、ずっとこの髪型を維持している。赤い色のネクタイに、水色のベストを着て、学校指定の赤いスカート。鞄は白のバックパックだ。外ポケットの中心にでかでかと、興味のないブランドのロゴが入っているやつ。なんでこれを買ったのか、そういえばよく覚えていないけれど、たしかこのバックパックが、お店のなかで一番かわいく見えたんだっけ。

 旭ちゃんは、私よりも背が高くてカッコよくて、ちょっと太めの眉がきりりとその眉尻を上げている。髪型はショートヘアの自然な黒髪で、もちろん染めたことはなかったはず。すらりとした体格の、きれいな女の子だ。制服はおなじ赤のネクタイに赤のスカート、これはふたつとも学校指定。そして唯一指定じゃないベストと鞄は、ベストが紺色で、鞄が黒の男性もののバックパックだった。私みたいに女の子用じゃないところが、なんだか旭ちゃんらしいなあと思ってしまう。

 私が学級日誌をあらかた書き終えたのを見て、旭ちゃんは鞄から一枚の紙を取り出した。掲げるようにして私に見せびらかして、にんまり笑う。私はちょっと首を傾げた。

「ねえ、こころ。これなーんだ」

「? 入部届?」

「そ。ここにね、こうして……」

 さらさらと、旭ちゃんは白紙のその紙になにかを書きこむ。それを覗き込んで、私は驚いてすっとんきょうな声を出した。「あ、旭ちゃん!? 何してるの!?」

「空田こころ……っと。よし、よし。親御さんのサインもてきとうに書いちゃって……」

 にっといたずらっぽく笑い、旭ちゃんはそれをひらりと持ち上げてさっそうと席を立った。呆然とそれを見ていた私は、自分の腕に下敷きにされた学級日誌のページが、ぐしゃりと潰れてしまっていることに気が付き眉尻を下げる。旭ちゃんと日誌を交互に見て――

「旭ちゃんっ! 待って!」

 思い切り日誌を閉じて、がたんと私も席を勢いよく立つ。机の横に下げていた通学カバンを肩にかけるのもそこそこに、慌ててその女の子にしてはすらりと背の高い姿を追いかけた。

 旭ちゃんは、足が速い。加えて私は足が遅いというか、運動全般苦手だから、彼女の速度に追いつけない。途中で二人ほどの先生に、廊下を走るな! と怒鳴られて、そのうちの一人に私は情けなくも捕まってしまった。お説教を食らってるうちに、旭ちゃんの姿はもう見えない。――どこにいったのだろう! ああ、そんなの決まってる。有言実行の彼女のこと、きっともう職員室だ。

 ――あの入部届、出しちゃう気なの!?

 何部への入部届だったんだろう、ああもうそんなことすら、まったくたずねる暇さえなかった。今更なにに恨み言を吐けば……いや、旭ちゃんに吐こう。めっちゃくちゃに、思いっきり恨んでやるんだから!

 涙目になりながら、ばたばたと東階段を下りる。そこから左に曲がり、職員室の並ぶ棟へ。運悪く、というかやはりもうすでに、というのか、旭ちゃんはにやにやとしながら私の入部届を持って職員室の扉のそばに立っていた。「話は通してあるからね、こころ」

「やだ! 旭ちゃんがなんていっても、絶対それは出さないからね!」

「先生。空田きました!」

「おっ、きたか、空田。えっと、空田こころだったな。マネージャー希望のやつがいなくて困ってたんだ、ありがとうなあ」

「えっ……! え、えと」

 ――ま、マネージャー? 何の?

 意外な先生の一言に驚いてしまって、私は頭を真っ白にする。そうこうしているうちに、気が付くと先生はいつの間にか旭ちゃんが持っていたはずの入部届を持って、ちょっと呆れたように私を見ながら笑った。「次、こういうのを出すときは、自分で出すんだぞ、いいか?」

「えっ! はい」

「よし。じゃあ、よろしくな、空田」

 反射で答えた後に、はっと自分の口を押えても、もう遅い。

 まんまるの目で、旭ちゃんを振り返ると、旭ちゃんはにやにやと笑っている……。

「あ、旭ちゃん! ひどいっ!」

「ほらほら、こころ、ここ職員室の前だからね」

 涙を浮かべる私の顔を見て、旭ちゃんは一瞬真顔になり、それからまたにんまりと笑う。「まあ、まあ。ごめんねえこころ。でもさ、やっぱ騎士はいるのよ、あんたには」

「何の話……いまその話、関係ないでしょ……」

 ――言い返しながら、まさか、とその可能性に背筋がすうっと凍っていく。

「剣道部のマネ、がんばってね、こころ。私がいたらあんた絶対私にべったりだろうから、一人で頑張るんだよ。大丈夫、行竹ゆきたけ先生もだしさ、土田つちだくんも良い奴だから」

「土田くんって、誰?」

 私が恐る恐る返すと、一瞬旭ちゃんはきょとんとしてから、まじか、と呟いた。まじか? まじかって、なに?

「土田くん知らない? すごく有名なんだけど……まあいいか」

 そこがこころの良いところだもんね、と言った旭ちゃんの背中を思い切り叩くと、旭ちゃんがちょっとだけ、うっ、と低くうなった。

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