第29話:捜索
凛として、涼しくて、肺の奥、肺胞の細胞一つ一つにまで酸素が行き渡るように感じる。そうだ、これが変わらない松本の空気だ。息をゆっくり吸っている暇なんてない。問題はこうだ。
「詩。こうはたい焼き屋に行こうとしたんだよね?」
「分からない。でも私たちが行ったところはそれぐらい。縄手通りに向かうべきだと思う。」
こうと離れてから上手く世界が見えない気がして、景色が上手く認識できなかったのに、こうを見つけないとと思うと景色が鮮明に主張してくる。ああ、独りでどこに行ってしまったのだろう。
縄手通りはその日沢山の人の楽しそうな声が反射していた。でもそこに探しているこうの声はない。姿も見えない。
「詩、追い詰めすぎ。とりあえず休もう。」
「こうが松本に来たとしたら昨日。一晩過ごしているんだよ。独りで。あの日不安で怖かった時と同じように不安な夜を過ごしたかもしれないんだよ。今すぐにでも探し出したい。私はそう思う。」
響は苦い顔をした。ただ今はそれに触れる余裕はない。
「詩。詩!」
「なに?」
「ちょっと待って。」
「なんで?」
振り返ると響の指が目元に添えられる。響の大きな目は少し怒った色に変わっていた。
「落ち着きなよ。ここは充分探した。松本城に行こう。」
「うん。ごめん。」
私は昔からそうだった。守らなきゃとかしっかりしなきゃという想いが空回りする。
松本城をいくら歩いてもこうはいない。もしかして松本にはいないのかな。そう弱気になりそうだ。だけど周りにはこうぐらいの年齢の子が家族と楽しそうに鯉を見ている。そうだ。こうは今も独りなんだ。だから途方に暮れて泣いている場合じゃない。そう何度も奮起した。足は痛い。もう痛くてわけが分からない。だけど止まれなかった。止まるわけにはいかなかった。
子供の姿を目で追いかける。どこかにこうがいないかと。いろんな音が混ざってノイズになって気持ち悪い。
するとある声が耳を突き刺した。振り返るとこうぐらいの男の子がいる。
「こう!」
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