第28話:こうと赤鼻のおじさん
僕は松本駅の前にいた。切符無くても上手く行くんだ。でもこれからどうしよう。新宿にはお母さんはいない。八王子に行っても詩とは居られない。僕はひとりぼっちだ。とりあえず車で見た景色を思い出した。お城綺麗だった。そう思ってお城に向かって歩いた。前来た時よりなんだか広くて遠くて怖かった。
松本城のお堀のベンチに座ってお城を眺めていた。
「どうしよう…。」涙が出そうだ。
「どうしたん?迷子?」膝を抱え下を向いているとおじさんが話しかけてきた。赤い鼻のおじさん。
「ちがう…。」
「1人できたん?」
「うん。」
「どこから?」
ぐっと黙っているとおじさんはカバンからパンの耳を出てきた。
「鯉は好き?」
「こ、い?」
おじさんはお堀を指さしていた。
「この魚は鯉って言うんよ。」
「こい。」
「そうよ。」そう言うとおじさんはパンの耳をお堀に投げ入れた。
「わあ!」
「ははは!元気じゃろ?本当はお堀汚れるから餌あげちゃいけんことになっとるから秘密にせんといけんよ。」
「ひみつ?」
「そう、秘密。」
そうおじさんはニカッと笑った。
おじさんは僕が帰る場所がないことを分かったのか家においでと言ってくれた。でも知らない人にはついていったらいけないし、どうしよう。
「もう夕方じゃけぇ手がかじかんできたの。これなら寒うなるよ。」
「うん。」
「おじさんの家が嫌なら警察行こう。」
「それはだめ!」
「なんで?」
「ぼく、にげてきたの。」
「どこから?」
「はちおうじ。」
「八王子…東京?1人で?」
「うん。」
「親御さん今頃心配しよるよ!」
「おやはいないの。しんだんだって。いっしょにすんでたおねえちゃんがいたけどね、ほんとうのおねえちゃんじゃないからもういっしょにいられないんだって。」
「そうなんか…。」
「おねえちゃんとはなれてね、ぼくね、たくさんこどもがいるところにいったの。みんなこわくて、たたいてくるし、せんせいもおこるし、ほいくえんもたのしくない。」
「そうなん…。」
思い出すと悲しくて涙が止まらなくなった。
「おじさんも親がおらんかったんよ。」
「おじさんも?」
「そう。おじさんはね、広島ってところに住んどったんよ。だけどおじさんが子供の時はね、戦争しててね、ある日突然家族みんな死んじゃったんじゃ。」
「みんな?」
「ほうよ。おじさんはたまたまひとりぼっちになってしまって、あんたのように子供が沢山いるところに入れられたんよ。ほんまに寂しかった。」
「おじさんはずっとそこにいたの?」
「ほうよ。で、ちょっと大きくなったら働きに出てね、生きるのに精一杯じゃった。」
「そうなんだ。」
「今親のいない子は珍しい平和な世の中になっとるけど、いつの時代も親のおらん子は苦労するの。」
「おじさんはずっとひとりだったの?」
「そうじゃないんよ。働きに出て縁あって奥さんと出会って婿養子にしてもろうて、松本に越してきたんじゃ。変わったんよ。でも奥さんはもう亡くなって今はまたひとりじゃ。」
「いまひとりなんだ。…ぼくおじさんのいえにいってもいい?」
「ええぞ。夜は寒いけえ、暖まろう。」
おじさんの家は沢山写真があった。おじさんは僕がお風呂に入っている間にご飯を作ってくれた。
「松本のええところはご飯が美味しいところじゃのう。」
「うん。おいしい。ごちそうさまでした。」
歯を磨いて布団に入る。凄く疲れた。僕はすぐ眠った。
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