第25話:親と家族

「詩。」


「響…!」


「大丈夫。そばに居るから。」


 驚いた顔を隠せてないと思う。まだ春だと言うのに暑すぎるこの日に汗をかき取り乱す詩を見た。いつも大丈夫だって笑って、辛くても誤魔化して、頑張ることだけがとりえのような詩が、今すごく取り乱している。正直こうには嫉妬していた。久しぶりに会った詩は大人っぽくなっていて、でも頑張り屋で口は悪くても本当は優しい所は変わっていなかった。高校生になる頃には全てに全力を注ぐ詩を恋愛的に好きになっていた。それだけ俺の方がずっと好きであったのに。その詩はいつもこうを見ている。こうには自分には見せない顔を見せる。さみしかった。でも今は違う。上手くは言えないけど、詩が本当に好きだから、詩が辛いと思うことをさせたくない。




 前から幸せそうな夫婦の声が耳に入った。


「子供の名前何にしようか?」


「そうだね…名前付けるって親になった気分だね。」


「えー、パパになるんだからしっかりしてよー!」


「そうだよね。名前付けるってこの子の親になるってことだもんね。」


「親になる…。」


「詩…?どうしたの?」


「響…私、こうに名前つけた。」


「うん。」


「名前つけたのに、養護施設に渡しちゃった。」


「…うん。」しょうがないという言葉は飲み込んだ。なんとなく言いたいことは分かったから。


「こうは2回も捨てられたってことだよね。こうが居なくなったのは私のせい…?」


「違うよ!」


 響は気づいたら詩をきつく抱きしめていた。


「大丈夫だから。ちゃんと見つかるから。こう君は大丈夫だから。」俺自身もっといいこと言えよと思うが、それ以外の言葉は生まれてこず、ただ大丈夫と繰り返していたら大丈夫になる気がしていた。




「詩は疲れて寝てます。」


 電話口には警官の大和田さんという方がいる。


「横山さんもびっくりしただろうし、しっかり休んでくださいとお伝えください。」


「分かりました。」


 こうと面識あるってこともあって担当してくれているらしいおじさん警官は詩のこともすごく心配していた。あの時詩を抱きしめて大丈夫と繰り返すことしか出来ない俺と違って周りの人達はどんどん出来ることをしていく。俺は何にも出来ていない。大人気もなくこうに嫉妬していただけだ。こうなんて居なければと思った。どれだけ探しても見つからないためさっき帰ってきて詩に寝るように言った。


 カーテンを少し開け外を見る。月は見えず星だけが空で光っている。俺らが迷子になったのもこんなよる夜だった気がする。そういえばこうはちょうどこうぐらいの年か…怖い…だろうな。


「こう…。」


「詩…。」


「あ…響…。」


「大丈夫?」


「うん。」


「起こしてごめんね、寝ようか。」


「響、こうはまた夜に1人になってるんだよ。」


「また?」


「私がこうを拾った時ね、こうは1人で1晩街灯もない中いたんだよ。」


「そう…だったんだ。」


 夜中に…。


「夜は、怖いよ。1人でなんていたら、寂しくて怖いはずなんだ。だって、2人でも不安だったのに。」


「不安…?」もしかして…


「思い出した。2人で迷子になった時のこと。」


 あの時詩は強くて笑って大丈夫って…本当は怖かったの?


 あの時怖がってたのは自分だけで詩は強いから大丈夫だと思っていた。だけど怖いのに大丈夫だと言っていたんだ。なんで気づけなかったんだ俺。なんで自分は詩のこと全て分かっているつもりでいたんだろ。


「こうはもう怖い思いとかしなくていいんだよ。もう充分すぎるくらいしてきたんだから。」


「なんで詩はこう君を拾ったの?」


「これはね、誰にも言っていないんだけど、最初は可哀想だと思ったのもあるんだ。他にも、この子が怖い思いをしてたと思ったら、なんか自分がしっかりしなきゃと思ったんだよね。…なんて理由としてはかなり意味わからないよね?」


 詩は詩だった。紛れもなく詩だった。あの時不安な俺を見てしっかりしようと振舞っていた時も、目の前に自分が育てる必要のない子供を拾った時も、詩は詩だったんだ。


「ううん。すごく詩らしい。俺らの時と一緒だったんだね。」


「あっ…だからなのかな?こうの不安だった心細かったそんな負の感情が流れ込んでくる気がしたんだ。」


「詩、絶対こう君見つけようね。」


「うん。でも、響いいの?」


「何が?」


「響はこうのこと嫌じゃ…ないの?」


「なんで?」


「なんとなく、良くは思ってなさそうな時があったから…。」


 何でも分かっているのは詩の方だった。


「正直嫉妬してた。詩はこうばっかだから。…でも今日詩を見て詩の全てが好きだけど、詩は一生懸命こうと生きている時が1番いい顔してるって思った。そんな詩のことが好きだって。そしてさっき夜空を見てこうは怖い思いしてるんだなって思ったら、俺…。」


 腕を伸ばしてきた詩は俺のほほに手を添える。暖かい手で包まれた俺はその手を握った。


「響、ごめんね。大丈夫。もう分かったよ。響には寂しい思いさせちゃうんだね、私。」


「いいんだ。今日分かったから。詩には笑っていてほしい。」


「イケメンかよ…」


「そうだよ、俺イケメンだから。」と笑うとつられて詩も笑った。


「響、ごめんね。そしてありがとう。」


「そのさ…3人で暮らさないか?」


「3人で?」


「こうと詩も一緒にいる方がいいと思うんだ。それに俺は一緒に…3人で家族になりたい。」


「それは…私達は普通にはなれないよ。きっと普通の道を歩めないのはきっと辛いよ。」


「いいよ。詩の事が好きだ。手に入れるために俺は詩の寂しさにつけ込んだ。だけど、俺は詩に笑っていてほしい。君が笑っていてくれたらそれでいいよ。」


 詩は目を開き、涙が流れるのを見せないように俺の肩に顔を埋めた。

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