五十三話
かつてアンドリュー・グレアーのもとで武芸に名を馳せ、忠烈の士だったダナダン率いる傭兵団朧月にアカツキは軍勢を並走させた。
そして立ち塞がる敵兵を戟で斬り、あるいは突いた。
しかし、敵ランガスターの軍勢は数に勝っていた。アカツキもダナダンも突撃の勢いを削がれその場で立ち尽くし馬上から叱咤激励して己も得物を振るった。
アカツキはふと隣を見る。
ダナダンの影が見える。長い弁髪が槍を振るう度に跳ねている。恐らく見事な顎髭も揺れているだろう。
「アカツキ将軍!」
伝令が走ってきた。
副将スウェアが兵を率いて前に出てアカツキを警護する。
「何だ?」
アカツキは伝令に尋ねた。
「総大将シリニーグ様よりです。援軍が到着次第、全軍突撃の号令をかけるそうです」
伝令は跪きながらそう言った。
「分かった」
伝令は一礼しすると去って行った。
「スウェア、御苦労だった。下がってくれ」
アカツキが言うと若い副将は人好きのするような愛嬌のある顔を頷かせて兵を引かせて後退した。
「ダナダン!」
「何だ!?」
「援軍が着き次第突撃だ!」
「分かった!」
アカツキは再び最前線で戟を振るった。
手が首が血を迸らせながら宙を飛んでゆく。
援軍は誰が来るのだろうか。
ヴィルヘルム? ブロッソ? サルバトール? 暗黒卿?
誰でも良かった。誰が来ても自分は嬉しい。アカツキは正直そう思った。
シリニーグ、グラン・ロー、ガルムにそしてダナダン。これだけでもアカツキは心強かったが、敵の勢いを盛り返すには援軍の到着が必要不可欠だ。
そのガルムも細腕一本で長柄の大斧を振り回し、アカツキの隣にいた。
「アカツキ将軍、左翼、傭兵団の隣に魔法陣が開きますよ」
ガルムが笑顔の道化の仮面の下で言った。
ガルムが左手を向ける。
その言葉通り未明の空に夕陽色をした魔法陣の大きな輪が浮かび上がり、解読不能な文字が同じく光りとして内側をゆっくり回っている。
騎兵が一騎、飛び出してきた。
「誰が来たんだ?」
アカツキはさすがにそこまでは見えずガルムに尋ねた。
「ヴィルヘルム卿です」
ヴィルヘルムか。もともと指揮官としての経験は豊富だ。そして冬の間、自己鍛錬を頑張った。もはやお坊ちゃんとは呼ばない。俺に次ぐ鬼として大いに暴れて貰いたい。
魔法陣からは次々騎兵隊が姿を見せる。
それがヴィルヘルムの号令と共に隊列を整えた。
「総勢三万の兵ですね。アカツキ将軍が説得した成果が出ましたね」
「そうか」
光の勢力に割かれていた兵力ということだ。
中央から声が上がった。
「突撃!」
「突撃!」
アカツキも息を大きく吸い込んで叫んだ。
「突撃!」
そしてストームの馬腹を蹴り、敵兵目掛けて先陣を切って向かって行った。
向かってくる槍の白刃など怖くない。アカツキは戟を振るい全てを弾き、斬り裂き、突き落とした。
「将軍に遅れるな!」
スウェアの声が後方から響いた。
アカツキの左右は味方の兵でいっぱいだった。大波のように進み、敵兵を斃し踏み拉いている。
時折立ちはだかる凡将を斬り捨て、アカツキは懸命に武器を振るった。
「退け、兵ども!」
風に乗って怒号の様な大音声が聴こえてきた。
敵勢は壊走したかのように逃げ去って行った。
「追え! 背を見せている時が好機だ!」
糸のように細い目を見開いてダナダンが叫ぶ。
騎兵だけで構成された傭兵団朧月は早かった。ぐんぐん徒歩の敵に追い付き、その背に槍を突き刺して行く。
アカツキも追おうとしたが、騎兵が一騎駆けて来た。
「アカツキ将軍へ、総大将より伝令!」
「シリニーグからか。何だ?」
「追撃の兵を副将に任せ、アカツキ将軍は単独で中央に合流されたし」
シリニーグが俺を呼んでいる。何だろうか。
「分かった、すぐ向かう。スウェア、兵の指揮を任せる」
「はっ! アカツキ隊は俺に続け!」
スウェアが兵を率いて去って行く。一番左翼だったヴィルヘルム隊もいない。右翼のグラン・ロー隊も追撃に移っているが、中央のシリニーグ隊だけが止まっていた。
とりあえず、行くか。
アカツキはストームを走らせた。
そして状況に驚いた。
一人の黒い鎧で身を覆った敵の前にシリニーグ隊が立ち往生していたのだ。
周囲にはこちらの兵の死体が血溜まりの中うず高く積まれていた。
「シリニーグ」
アカツキが馬上から下り、合流すると、シリニーグは竜を模した兜の下で露出した両眼を向けてきた。
「来たか、アカツキ」
「どうしたんだ、一体?」
「奴がランガスターだ。ラメラー・ランガスター」
まさか、総大将が一人残ったということか。
そして思い出す。あの強敵ググリニーグがその強さを認め従ったことを。
「どうした、アムル・ソンリッサの将軍、向かって来ぬのか?」
不敵な笑みを向けて相手は言った。
「取り囲んでしまいましょう」
兵が進言するがシリニーグは頭を振った。
「無駄に命を失うことになる」
かと言って、腕に自信はあれどシリニーグは総大将。つまりはそういうことか。
アカツキは自分が呼ばれた理由を察し、朝日の下、自ら進み出た。
「ほお、俺を恐れぬか。人間。そうか、貴様が悪鬼か」
アカツキは戟を置き、左手に斧を、右手に剣を取り出した。
ランガスターは波打った刃の両手持ちの大剣を見せ付けた。
「貴様、名は?」
ランガスターが問う。
「アカツキだ。ランガスター、その首貰うぞ」
「フフッ、見事取って見せよ」
両者は各々構え睨み合い、アカツキは咆哮と共に地を蹴った。
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