五十二話

 アカツキの跳躍した大上段の戦斧をググリニーグは受け止める。

 素早くアカツキは左手の剣を繰り出した。

「良いな。その獣のような叫び!」

 ググリニーグが仮面の下から露出している口元を不敵に歪ませ、両手剣を薙ぐ様に振るう。

 斧と剣、両方で受け止めなければ危いことはどことなく分かっていた。これまで戦ってきた敵将達と比肩する価値のある首ならば当然だ。

 両者は競り合った。

「我が熱き血潮も騒いでおるわ!」

 ググリニーグが突然消えた。

 虚を衝かれアカツキは周囲を見回した。

 兵達が戦っているが、肝心のググリニーグは――。

「上か!?」

「御名答!」

 アカツキが避けたところに鋭い剣閃が煌めいた。刀身が赤い。炎を纏っていた。

 魔術も使うのか。

 アカツキは舌打ちし、ググリニーグに向かって猛撃を仕掛けた。

 が、ググリニーグは消えては現れ、消えては現れの繰り返しで剣で打ち合おうとしはしない。

「逃げてばかりか、見てくれだけの腰抜けが!」

 アカツキが言うと、相手は姿を見せて言った。

「挑発には乗らんよ。俺はこの戦術を駆使してランガスター様、一の将となれたのだから、誰が何と言おうとこの戦い方に誇りを持っている」

 言った傍からググリニーグは消えた。

 アカツキは素早く周囲を振り返る。

 後ろに居た。紅蓮の炎で燃え盛る剣を振り下ろしていた。

 アカツキは、咄嗟に後ろに飛び退いて避け、反撃したが敵将も避けた。

「勘の鋭い奴だな。俺と戦った連中はここまでもたなかったぞ。ランガスター様以外にな」

 ググリニーグが言った。

「ランガスターと戦ったのか?」

 アカツキは思わず問う。

「ああ。俺は俺よりも強い者を求めていた。それがランガスター様だった。貴様らの様に軟弱な女君主に俺は腰を折ったりはしない。我が弟にも思い知らせてやらねばな、名を上げているようだが、それでも道を間違えたと言うことを!」

 鋭い突きが襲い、アカツキの胸甲を掠めた。

 アカツキが斬りかかると、敵将は再び姿を消した。

 ハッとして右を見る。そこには剣を突き出すググリニーグの姿があった。

 アカツキはまたもや辛うじて避けた。

 こう消えられては厄介だ。どうすれば良い。

 一転し、炎を纏った攻撃が襲い掛かって来る。黒竜の仮面を被った黒衣の敵将が攻め立てる。

 アカツキは斧で受け止め、弾き返していたが、斧の刃が炎の剣を受けて折れ曲がってしまった。

 どれほど高熱を纏っているというのだ。

 アカツキは斧を反対側に回して、新たな刃を向ける。

 打ち合っていても武器が溶けるだけだ。

 しかし、避けてばかりいては体力が底を尽く。

 そして相手は消える。

 勝機は無いのか!?

 アカツキは負けじと咆哮を上げて敵将向かって斧を薙いだ。

 ググリニーグは姿を消した。

 アカツキは左を見た。

 そこに敵将の姿があった。

「天性の勘か。俺の魔術について来れたのはランガスター様以外にお前だけだ。褒めてやろう」

 ググリニーグが含み笑いを漏らしながら言った。

 天性の勘。俺にそんなものがあるとは知らなかった。

「そらそら、我が剣の熱も最高潮に達した! 武器を溶かし、貴様を丸裸にしてくれるわ!」

 ググリニーグが刃を振るい素早い攻撃を仕掛けてきた。灼熱色の剣閃が走る。

 避けきれるものでは無かった。アカツキは斧で受け止め続け、ついに斧の刃が溶けた。

 棒に成り果てたそれを捨て、ダンカン分隊長の形見、片手剣カンダタを右に握り締めながら、アカツキは動揺する心を抑え、考えを巡らせた。

「アカツキ将軍! 戦線が持ちません!」

 副将スウェアの声が響く。

 そうだ、一騎討ちに勝っても戦で負ければ意味が無い。早急にこの黒竜の化身のような敵将を破る必要がある。

 天性の勘か。

 アカツキは声を上げてググリニーグに斬りかかった。

 ググリニーグは炎を持った剣で応戦しようとし、剣を振るったが、アカツキは後ろに跳んだ。ググリニーグの赤い剣が空を斬る。

 敵将の顔が焦りに染まるのを見届けた瞬間、アカツキは反撃に出た。

 この急な一撃をググリニーグは消えて避けるしかなかったが、アカツキは一瞬の迷いも無く背後を振り返り剣を突き出した。

「馬鹿……なっ」

 刃はググリニーグの首を貫いていた。

 首から血を飛散させ、よろめき突き立てた大剣に身を預け、吐血しながらググリニーグは言った。

「何という勘の鋭い奴だ。……俺の負けだ」

 そうして敵将は地面に倒れた。

 燃え盛っていた剣の炎は、持ち主の生命と共に徐々に薄くなり消えていった。

 強敵だった。降らせる呼びかけをする余裕すら無かった。いや、この男はきっと応じなかっただろう。己の信念を貫き通し、自分より強い者以外に従うとは思えなかった。

 残念だ。

 ググリニーグの首を刎ねるとガルムが寄って来て袋を広げた。

 アカツキは黒竜の仮面の着いたまま敵将の首を入れ、そして大剣を拾い上げそれをガルムに預けた。

「お見事でした、アカツキ将軍」

 ガルムが言った。そしてどこから取り出したのか新品の両刃の片手斧を差し出した。

「スウェア、状況は!?」

 そう言ったアカツキだったが、敵の兵力の前に戦線は後退し、自分とガルムが取り残されているだけだった。

 敵兵は二人を取り囲みながら、それでもググリニーグを討ったことを思ってか攻撃してくる気配が無かった。

 ひとまず隊と合流しなければ。

 幾重にも築かれた肉壁を斬り進む覚悟をアカツキは決めた。

「おや、揃ったようですね」

 ガルムが突如として片腕を左側に向けた。

 左手側より魔法陣が空間に現れ、騎兵が次々飛び出してきた。

「傭兵団、朧月見参!」

 凛とした勇ましいその声を聴いた瞬間、アカツキは驚いた。

 騎兵隊は、そのまま疾駆し敵兵を横殴りに斬り捨てながらこちらへ合流してきた。

「ダナダン!」

 アカツキが先頭を駆けていた戦士の名を呼ぶと、ダナダンは馬上から言った。

「借りを返しに来たぞ! アカツキ将軍!」

「よく来てくれた!」

 アカツキは思わずそう感激の声を上げ、武者震いしていた。

「我が朧月は総勢五百だが、その働きは千にも勝る。傭兵団朧月、我に続け! 突撃だ!」

 鬨の声を上げて傭兵の騎兵隊が突進してゆく。

 アカツキは慌てた。この波に自分だけ乗り遅れたくなかった。

「ストーム!」

 アカツキが呼ぶと愛馬は後方から疾駆して来た。

 アカツキはその背に跨った。

「アカツキ将軍、御忘れ物ですよ」

 傍らに馬を寄せ、ガルムが戟を差し出した。

 アカツキは剣と斧を収め、戟を受け取ると後方を振り返り武器を振り上げ叫んだ。

「聴け、我らも突撃するぞ! 続けえいっ!」

 鬨の声が上がり、大地が鳴動する中アカツキは駆けた。

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