五十四話

 アカツキの渾身の一撃をランガスターは剣で受けた。

 そして口元を綻ばせる。

「もっと打って来い。お前の器量を見せてみろ」

「何だと!?」

 アカツキは激昂し、斧を剣を振るうが、全て高笑いした相手の剣によって阻まれる。

 遊ばれている。

 その時だった。

 相手が目にも止まらぬ速さで反撃してきた。

 その一撃を受け、アカツキは跳ね飛ばされた。

 地面に仰向けに倒れ、止まった息を喘ぐ様にして吸う。そして立ち上がる。甲冑が割れていた。

「今の一撃が見えぬ以上、お前では役不足だろうな。最後の相手に相応しかろうと思ったが、とんだ期待外れだ。すぐにあの世に送ってやろう」

「アカツキ! 立てるか!?」

 シリニーグが駆け寄ろうとしたが、アカツキは素早く立ち上がると手で制した。

 剣が見えなかった。それだけは事実だ。

 すると不敵な笑みを浮かべて一歩一歩迫っていたランガスターが咳き込んだ。

 口からは尋常ではない量の緑色の血の奔流が溢れだした。

 今か。いや、しかし、これでは卑怯では無いか。

 アカツキが悩んでいる間に相手は立ち直った。

「不治の病だ。死も近い。その最期の相手に相応しい者を俺は探し求めている。だが、アカツキ、お前では役不足だったようだ。やはりシリニーグ、貴様が相手になれ。多少は箔が付く」

 ランガスターが口元を拭いながら言った。

 シリニーグが進み出ようとするが、アカツキは咆哮を上げてランガスターに迫った。

 斧を振るう、避けられ、鋭い刺突を受ける。打たれた部分の甲冑が割れ、吹き飛ぶ。

 再び地面に倒れる直前に一回転して立ち上がり、地を蹴りランガスターに向かう。

 アカツキは斧を薙いだ。

 ランガスターは真顔で受け止め、打ち返す。アカツキは半身を捻って追撃を剣で打ち落とした。

「今のは良かった。だが、それだけだ」

「ちいっ、なめるなよ!」

 アカツキは斧を振るい、剣を振るい、ランガスターに猛撃を仕掛けた。

 全てをランガスターは受け止めた。

「遅い!」

 斧と剣を弾かれ、ランガスターの重い斬撃をその身に受けた。凄まじい衝撃だった。砕かれた甲冑の破片が宙を舞う。体勢を立て直そうとしたが、第二撃がアカツキを襲った。

 アカツキは避けた。そして斧を振りかぶって反撃した。

 ランガスターは受け止めた。

 ふと、ランガスターが再び咳き込んだ。

 アカツキは再び躊躇した。

 ランガスターは笑った。

「律儀な奴だ。お前が俺を殺せる可能性はこの一瞬だった。それを逃すとは愚かとしか言いようがないな! 俺の方はいつでもお前を殺せるぞ!」

 瞬刃がアカツキの斧を打つ。新品の斧は半ばから圧し折れ飛んで行った。

「ちっ」

 アカツキは舌打ちしながらカンダタを右手に持ち替え、相手の剣と打ち合った。

 鉄の音が響き渡るが、火花までは見えなかった。敵の言う通り自分の実力不足だ。膂力で、腕力で押されているの感じる。

 相手が数歩離れた。

 胸骨に鈍い痛みを感じる。何本か折れたらしい。

「アカツキ、いや、悪鬼。これが貴様の最期だ」

 ランガスターが剣の切っ先を向け突進してきた。その姿が見えなかった。

 気付いたのは腹部に強烈な衝撃を受けた時だった。

 アカツキは己の状況を見た。 

甲冑が割れ、長い凶刃が腹部を突き貫いていた。

「アカツキ!」

 シリニーグが叫んだ。

 何という痛みだ。身体中が燃えるようだ。

 アカツキは一歩踏み出し、剣を振り上げ振り下ろした。

 全身全霊の一刀は引き抜かれた真っ赤な血の雨と共に易々と受け止められた。

「その根性だけは認めてやる。さぁ、一応はその首をいただくぞ、悪鬼よ!」

 剣が振るわれた。

 が、アカツキは誰かに掴まれ飛翔していた。

 そして地面に降り立った。

「アカツキ将軍、交代だ」

 くぐもった声が聴こえた。バイザーの下りた兜を被った暗黒卿がそこにいた。

「ガルムの急報を聴いて赴いてみれば、そうか、ランガスター、お前がいたのか」

 魔法陣が開いていた。

 ガルムが片腕を魔法陣に向けていた。

「アカツキ!」

 シリニーグが駆け寄りアカツキを抱き留めた。

「後は我に万事任せて置け」

 暗黒卿がランガスターの方に歩いて行くのをアカツキはシリニーグに支えられながら見守っていた。

 ガルムが魔術でアカツキの傷口の治療を試みている。その魔法の光りの色は白、聖なる光りだった。

 マゾルクとか言っていたか、ライラ将軍は。何者なのかは知らぬが、今はガルムだ。大切な仲間だ。それで良い。

「暗黒卿、来てくれたか。まさに我が生涯最後の相手に相応しい」

 吐血し、口元を手の甲で拭いながらランガスターが言った。

「ランガスター、お前ほどの戦士でも病には勝てなかったか」

「クックック、そのようだ」

 両者は向き合い動かなかった。

 途端に姿が消えた。

 鉄と鉄の打ち合う音が断続的に響き渡り火花がチラついた。

 俺では成し得なかったことだ。

 アカツキは咳き込みながらその様子を目に焼き付けようとする。

 両者が姿を見せた。

「ランガスター、さらばだ」

 暗黒卿が一気に間合いを詰めた。

 剣がぶつかり、ランガスターの剣は圧し折れ、その勢いのまま暗黒卿の一刀が甲冑を砕き敵を袈裟切りにした。

 血が傷口から盛大に吹き上がった。

「ああ、さらばだ、好敵手」

 ランガスターが言った。そして暗黒卿の剣、デモリッシュがその首を刎ねた。

 一瞬の静寂の後、兵士達が声を上げて称賛した。

 暗黒卿がこちらへ歩み寄って来る。そして止まった。

「アカツキ将軍の怪我は?」

「致命傷ですが、まぁ、どうにか大丈夫ですよ」

 ガルムが忍び笑いを漏らしながら答える。

「後は城攻めだな。城攻めは好かん。アムルの護衛に戻ろう」

 去って行く暗黒卿の背を見て、シリニーグに抱えられ、ガルムの治療を受けながらアカツキは言った。

「借りが出来たな」

「気にするな。更に強くなれ、アカツキ将軍」

 暗黒卿がそう言うと、ガルムが片手で魔法陣を開いた。

 暗黒卿はその中に飛び込んで行った。魔法陣は閉じた。

 俺ではまだまだ暗黒卿には及ばないな。アカツキは人知れず溜息を吐いた。

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