四十話

 志願兵を集めるのに苦労している。と、玉座の間に集結した中でヴィルヘルムがアムル・ソンリッサの問いに応じた。

「アムル様、やはり徴兵令を発するべきです。残る敵も限られてきました。ここは兵力でもって一気に敵を各個打ち破るのが上策と心得ます」

 一人の初老の将軍が言ったが、玉座のアムル・ソンリッサは応じなかった。

「民に命を強いるつもりはない」

 どうせこうなるだろうとアカツキは思っていた。不毛な話し合いに発展しないことを祈った。まだ新兵も到着していないと言うことは、自分の役目は無く、演習場に籠って身体を鍛えていれば良いだけのことだ。こんな会議など終わらせて早く剣を、斧を振るいたかった。

「今日の朝礼は終わりだ。各自、己の職務に就け」

 将軍達は揃って敬礼した。アカツキはここに身を置く間はアムル・ソンリッサを主君と認めたつもりではあったが、まだ敬礼まではできなかった。

 誰もアカツキを咎める者はいない。

「さて、今日も各地を回って来るか。お前は演習場で鍛錬か?」

 玉座の間の外に出るとヴィルヘルムが声を掛けて来た。

「そのつもりだ」

 アカツキが応じるとヴィルヘルムは溜息を吐いた。

「やっぱりな」

「それぐらいしかやることがない」

 するとヴィルヘルムが言った。

「まぁ、そうだよな。でも、時々で良い、城を巡回してくれないか。特に陛下が行きそうなところを」

「どういうことだ?」

「俺の考えすぎかもしれないが、万が一のためにさ。陛下あっての我が国だからな。俺がお前なら陛下のためにその日を、その命を喜んで捧げるぞ。だから頼んだぞ、アカツキ」

 そう言って若い将軍は流麗に去って行った。

「巡回か」

 アカツキはどうするか思案した。実際アムル・ソンリッサの守りはどうなっているのだろうか。

 アカツキはその場で立ち止まったままアムル・ソンリッサが出て来るのをとりあえず待ってみることにした。

 程なくして玉座の間が開いた。

 アムル・ソンリッサが出て来る。暗黒卿とサルバトールが一緒だった。

 これなら問題無いだろう。

 アカツキは声を掛けられる前に演習場へと歩んで行った。



 二


 同じく暇を持て余しているブロッソと演習場で互いに鍛錬に励み、模擬戦もした。

「俺では今一歩、アカツキには及ばぬな。この今一歩を埋めるべく日々精進しているつもりだが、思ったよりも差があるようだ」

 立ち上がるとブロッソはそう言った。

 アカツキも肩を上下させ激しく息を切らしながら答えた。

「いや、さほど差は感じない。俺が一日でも鍛錬をサボればお前の方が俺を抜くだろう」

 感じたままのことを言ったが、ブロッソは笑って頭を左右に振った。

「強い奴に挑めることも俺の喜びの一つだ。アカツキ、いつまでも強くいてくれよ」

 ブロッソは引き上げて行った。

 時刻はどれぐらいだろうか。真夜中はとうに過ぎているはずだ。

 アカツキは練習用の片手斧と片手剣を片付ける。

 このまま一人武芸に励んでも良かったが、去り際のヴィルヘルムの言葉が引っかかった。

 暗黒卿とサルバトールも特に任を与えられていない。奴らはずっとアムル・ソンリッサに付き添っていてくれているのだろうか。

 深く考え、あの二人が客将であることを思い出した。客将が護衛を任されるだろうか。

 アカツキは溜息を吐いた。

 行こう、アムル・ソンリッサを探しに。

 アカツキは歩き出した。

 城は四階建てだった。

 演習場は一階だ。

 ならば、仕方がない、一階から順繰りに見て行って四階の玉座を目指すか。

 夜、闇の者達にとって活発な時間帯であったため、巡回や警備の兵も多かった。

 そうか。アカツキはヴィルヘルムの懸念を察した。刺客だ。

 あのお坊ちゃんは暗殺者が送り込まれてくるのでは無いかと心配しているのだ。

 来るなら手薄でアムル・ソンリッサ自身も寝ている昼を狙うだろう。

 だが、まぁ、お坊ちゃんに義理立てしてその杞憂を晴らしてやるとしよう。

 アカツキは歩み始めた。

 警備兵がそこら中に居り、巡回する兵の姿もあった。

 主君専用の湯殿を通り過ぎようとしたとき、念のため中を覗いたが、その姿は無かった。

 結局広い城内の三階までを隅々まで回り、四階に行く。

 玉座の間の前には兵が二人いた。

「アムル・ソンリッサはいるか?」

「いえ、今は居られません」

 アカツキが疑っているのを察したように警備兵二人は玉座の間の扉を開いた。

 ガランとした部屋、段が続き玉座があるがそこには誰も居なかった。

「邪魔したな」

 アカツキは兵に詫びた。

「将軍閣下、女王陛下をお探しですか?」

 兵が声を掛けて来た。

「ああ」

「それでしたら、陛下は政務を執務室で行っておられるでしょう」

 考えればわかることだった。

 アカツキは礼を述べ、同じく四階にある執務室の前に来た。

 二人の兵が扉を挟んで立っていた。

「これはアカツキ将軍。陛下に御用でしょうか?」

「そうだ」

 扉を開けようとしたが兵士が言った。

「陛下でしたら将軍と入れ違いで湯殿に行かれました」

「一人でか?」

「いえ、三人ほど警備の兵を連れております」

「そうか」

 アカツキは内心面倒くさく思いながらもまずは階段を目指し一階まで下りて行った。

 気付けば窓の向こうからは朝靄が立ち込めていた。夜勤の巡回と警備の兵達が役目を終える時間だ。

 各所に居た兵達もその姿が見受けられなかった。

 アカツキは湯殿へ向かい回廊を歩んだ。

 ふと、回廊の先に倒れている者の姿を見付けた。

 アカツキはまさかと思い駆け寄ると、二人の兵は首を斬られ事切れていた。そして浴室から聴こえる剣の打ち合う鉄の音を聴きアカツキは飛び込んだ。

 風呂の中にアムル・ソンリッサと、傷ついた兵が一人いる。兵は剣を持っていた。

 それに迫るのは黒装束の短剣を手にした者が五名だ。

 ヴィルヘルム、冴えてたな、お前の勘は!

「アカツキ!」

 兵の後ろに守られたアムル・ソンリッサの姿があった。

 暗殺者達がこちらを振り返る。その足元で敵二人が血の中に沈んでいた。

 アカツキは浴室へ足を踏み入れると、斧と剣を抜いた。

 暗殺者達が狙いを変えてこちらに襲い掛かって来た。

「将軍、そいつらは手強いです!」

 兵士が声を上げた。

 鋭い、熟練した一撃だが、アカツキの目はその軌道を読み斧と剣を振るった。

 暗殺者が二人、血を噴き上げて倒れた。

 アカツキが無言で残る暗殺者を睨むと、今度は三方から襲い掛かって来た。

 だが、アカツキは次々斬り捨てた。一人だけ片腕を失い、後退する者がいた。

 アカツキが歩んで行くと、そいつは懐に手をやり何か小さな物を取り出すと口に放り込んだ。そして倒れた。

「将軍!」

 兵士が声を掛けて来た。

 毒を呷った。アカツキは最後の一人の死因を確かめると、二人に目を向けた。

「一人でよく踏ん張ったな」

 アカツキは満身創痍の兵士を褒めた。

「はっ、それでも将軍が来なければ危かったです」

「名は?」

「グラン・ローと申します。シリニーグ将軍配下の者です」

「お前達!」

 突如忘れかけていたアムル・ソンリッサが声を出した。濁り湯の中に肩まで沈みながら彼女は声を上げた。

「もう賊は討ち果たした。私はあられもない姿をこれ以上、お前達に晒すつもりは無い! 出て行ってくれ!」

「し、しかし、何があるかわかりません。アンデット化して再度起動し、襲い掛かる危険性もあります!」

 血塗れのグラン・ローが言うと、アムル・ソンリッサは再び声を上げた。

「だったら死体を始末せよ! 早急にだ!」

「はっ!」

 兵士グラン・ローは怪我を負いながらも物ともせずに湯の中を歩み廊下に飛び出て大声で救援を呼んだ。

 程なくしてぞろぞろと警備兵が訪れ、自分達の不覚を悟った。

「賊の侵入を許すとは! 申し訳ありません、陛下!」

 浴室内で警備兵達が揃って床に膝をついて謝罪した。

「良いから、死体を片付けよ!」

 肩まで湯に浸かりながら、熱かあるいは羞恥で上気した顔でアムル・ソンリッサは言った。

 そうして死体が片付けられ、アムル・ソンリッサは着替えて出てきた。

「アカツキ、よく来てくれたな。礼だけは述べて置く。危く命を落とすところだったのは確かだ」

 警備兵達に聴こえないようにアムル・ソンリッサが側で囁いた。

「偶然だ。だが、今度からは暗黒卿辺りに身辺警護を任せた方が良いだろう」

 アカツキが言うとアムル・ソンリッサは応じた。

「そうしよう。このような事態になったのだ、暗黒卿も私の警護をするのを嫌とは言うまい。いや、言わせまい」

 アカツキはいつぞや、アムル・ソンリッサが暗黒卿に告白していたところを思い出した。暗黒卿はそれを振った。

 余計な事をした気分になったが、隣でアムル・ソンリッサが暗黒卿の名を何度もブツブツ呟いているのを見て、苦笑した。まだまだ未練があるらしい。暗黒卿には本当に余計なことをしたかもしれない。

 それから程なくして宮中ではアムル・ソンリッサの一歩後ろを続く暗黒卿の姿が見られるようになったのだった。

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