四十一話

 ヴィルヘルムが領内を駆け回り、新兵を二千人弱集めてきた。彼らの多くが旧グレアー、ハッキネンの領地の者だった。

 コルテスのように暴政を行ったわけでも無いが、グレアーもハッキネンも君主としての一手に欠けていたようだ。そこに現れた最大勢力のアムル・ソンリッサ。異色の女王であり、何より民に戦いを強いる様な真似はしない。それが逆に志願兵達の魂に火を点けた様だ。

 兵舎の前、屋外演習場には新兵達が勢揃いしていた。

 兵士を調練するにあたり、出仕後の朝礼でアカツキとブロッソはアムル・ソンリッサに言われたことがあった。

「兵の景品に私を出すのを止めろ」

 と。

 新兵対将軍二人。多対二のアカツキ、ブロッソ組から一番槍を上げた者をアムル・ソンリッサの夫とすると以前まで兵達に約束していたが、それがバレたらしい。

「新しい士気の上げ方を考えねばなるまいな」

 朝礼後、回廊を共に歩きながらブロッソが難しい顔でそう言った。

「俺達をやれれば将軍位を与えるという方は別に何も言われなかった。それだけでも兵達にとっては充分な景品だ」

 アカツキが応じた。

「いや、物足りん。一番槍は男子足るものの憧れだ」

 武人ブロッソが力説する。

「ならどうするつもりだ?」

「専用の馬を与えるというのはどうだ?」

「馬か」

 アカツキは思案した。そして意地悪く思い付いたことがあった。

「暗黒卿の剣は特別製だったな?」

 アカツキが問うとブロッソが頷いた

「ああ、確かデモリッシュという。お主まさか?」

「ああ、一番槍の景品はそれにしよう」

 というわけで決まったのだった。

 夜、屋外演習場に集まった新兵二千人弱を前に見回す。緊張感を持っている者もいるが、己を過信し野望を燃やす者、あるいは、こちらを舐め腐っているような態度の者も見受けられた。その方が都合が良かったのも事実だ。

 ブロッソの緑色の血判と、アカツキの真っ赤な血判を見せ、新兵全員で自分達二人から一本取った者は将軍位を授けること、一番槍を上げた者は暗黒卿の剣デモリッシュを渡すことを血判状に誓約した。

 新兵達の目の色が変わった。

 アカツキはブロッソと目配せし合った。

 こうして多対二の模擬戦が始められたが、終わってみれば、アカツキ、ブロッソ組の圧勝だった。

 兵か、傭兵出身の者もいたようで、剣閃が違ったが、特に光る者は見受けられなかった。

「まぁ、良い。お前達を立派な兵卒にしてやるからな! 覚悟しておけ!」

 倒れている兵達に向かってブロッソの豪快な笑い声が轟いたのであった。



 二



 与えられた任務である兵の調練を終え、その後、日勤の責任者シリニーグが登城してくると稽古をつけてもらう。

「グラン・ローとかいう兵を知っているか?」

「ああ、俺の部下だからな」

 シリニーグは応じた。

「傷の方はどうなんだ?」

「左腕の損傷が酷かったが、今は治療を受けていて良くなっている」

 シリニーグが言った。

「なら良かった」

 アカツキは素直にそう吐露した。

「お前は優秀な部下を持ったな。俺が今度、打ち合いたいと言っていたと伝えて置いてくれ」

「ハハハッ、分かった。アイツは俺の部下の中でも出世株だからな。兵達の間では壁のグランと呼ばれているらしい。もしかしたらがあるかもしれん。お前との勝負が楽しみだ」

 シリニーグは笑い声を上げると任務に就くため去って行った。

 シリニーグには優秀な部下がいる。

 ラルフとグレイが恋しいか? アカツキは胸の内で自問した。

 良く分からなかった。自分の周りを回り、隣であれこれ尋ねて来るラルフ。もう一方では控えめに応じるグレイ。良い部下、いや、弟子達だった。

 と、アカツキの前を何者かが横切った。

 それは彼の周囲をグルグル回った。

 そして、右手を取った。

「アカツキ将軍、お疲れ様!」

 リムリアだった。

「アカツキ将軍がお稽古終わるの待ってたんだ。一緒に食堂に行こう?」

 リムリアの屈託ない笑みにアカツキは思わず兜越しに微笑み返していた。

「待たせたか」

「ううん、あたしも少し御仕事終わるの遅かったからちょうど良いかなって」

 二人は歩き始めた。

「新しく入った兵隊さん達、どう?」

「鍛え甲斐がありそうだ」

 アカツキは応じた。

「そうなんだ。こっちも新しいお馬さん達が仲間に入ったんだよ。千頭」

「世話も大変だろうな」

「まぁね。でも、お馬さん達好きだから苦しくはないよ」

 アカツキは気付けばリムリアの頭を撫でていた。

 自分でも驚いた。リムリアの方はアカツキの止まった手を取って無理やり動かして頭を撫でている。

 俺も変わったのかもしれない。それがやがて約束を終えて帰還する故郷にとって良いことなのか悪いことなのかは知らないが、少なくとも今の自分がアカツキは好きだった。

「リムリア」

「なぁに?」

 未だにアカツキの手を取り自分の頭を撫でながらリムリアが見上げて来る。

「お前は国に帰りたいか?」

「あたしは、ここの方が好きかな」

 リムリアが応じた。

「ううん、何と言えばいいのかな、アカツキ将軍と一緒に居られるならどんなところでも好きだよ」

「そうか」

 アカツキは応じた。

「アカツキ将軍はどう思ってるの?」

「俺は……」

 言葉に窮していると食堂に辿り着いてしまった。

「おばちゃん! アカツキ将軍の分は大盛りね!」

 アカツキの手を離し、リムリアが駆け出して行く。

 リムリアの活き活きしている姿を見て自分を振り返った。

 正直になろう。

 俺はここが好きだ。俺はここの連中を愛している。

 だからこそ、戦が長引けばと思った。残る首は八つ。たったの八つだ。それを終えれば俺は捕虜を引き連れて帰る。

「アカツキ将軍、早く早く! ご飯冷めちゃうよ!」

 リムリアが手を振って呼んだ。

「ああ」

 アカツキは歩み出した。

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