三十九話

 グレアー、ハッキネンの連合軍を破った数日後の夜だった。魔族達が起き出す時間帯だ。その日はアカツキとブロッソが鍛えた新兵達が事実上の兵卒と認められ、兵舎を旅立ち各所に配属される時だった。

 兵舎の前にある広い演習場の中で、巣立つ兵達を前に、設けられた段の上に立ちアムル・ソンリッサ自らが一人一人の名を呼び配属先を告げた。

 アカツキとブロッソ、そして将軍達はアムル・ソンリッサの左右に並んだ。

 兵卒達は先の戦も経験し良い顔つきになっていた。

 だが、中には感極まって泣き出す者もいた。

 アカツキも感慨深い思いをし、教え子達の卒業する様を見守った。

 アカツキも同輩達とアジーム教官に教えられ、卒業する際は太守バルバトス・ノヴァーが自ら一人一人の名を呼び配属先を告げた。

 アジーム教官もこんな思いで俺達を送り出したのかもしれないな。

 真夜中、卒業式を終え、アムル・ソンリッサと将軍達が室外演習場を後にすると、兵卒達はアカツキとブロッソを取り囲んで感激して口々に礼を述べた。

「お前達が自分自身の努力と根性で掴み取った証だ。これからも頑張れよ」

 ブロッソが言った。アカツキも同じ思いだった。

 その後、兵卒達は思い思いに仲間達と共に城下へ赴いて行った。それぞれ卒業祝いをするのだろう。アカツキとブロッソも誘われたが、教官である自分達がいても要らぬ水を差すだけだとも思い断った。

「少しの間、寂しくなるな」

 ブロッソが言った。

「そうだな」

 アカツキは応じた。

 演習場を見渡す。外周を兵達と駆け、並んで素振りをしたのも良い思い出だった。物思いに耽っていたが、現在志願兵を募り領内各地を駆け回っているヴィルヘルムが帰還すればまた忙しくなるだろう。新たな兵達を送り出すために再び鍛えるのだ。

「アカツキは何個目の首を取ったんだ?」

 そう問われ、アカツキは思い出しながら数えた。デルフィン軍の猛将グデルに、今は目の前の僚友かつてのコルテス配下のブロッソを降し、コルテス配下の豪傑ガンシュウと、主君コルテス、そしてグレアー軍の部将キューンハイト。

「五つだ」

「そうか。あの時、処刑を止めなければもう一つだったな。だが、あの烈士をよく助けた。主君を裏切った俺が言えることでは無いかもしれぬが、あの有無を言わさぬ忠誠心、俺も見ていて心を打たれた。ダナダンとか言ったな、今は何処にいるのか」

 ブロッソが晴れた夜空を見上げて言った。

「ブロッソ、お前はコルテスを裏切ったことを未だに恥じているようだが、お前は民にとって忠勇の士だった。コルテスの暴政から民を助けるために俺達に降ったんだろう。お前も立派な忠義の士だ」

 アカツキが言うとブロッソは頷いた。

「そういわれると救われる」

 光の者達が治める国はアカツキが生まれる遥か昔に一つに統一されていた。だから光の者同士の戦争など無縁だった。

 そんなアカツキが戦乱真っ盛りの闇の国へ足を踏み入れて心打たれたのは、忠義の心だった。

 清廉潔白な将を見ていると、自分がもどかしく思えた。アカツキは時折ふと悩んでいたのだ。このまま闇の者達と共に手を携えるのも悪くはない無いと。しかし、捕虜達を解放する責任がある。

 俺が光側に戻った時、闇の軍勢をまともに相手にできるだろうか。くつわを並べた気心知れた僚友、自分達と共に戦場へ赴き心を一つにして戦った兵士達。彼らを斬れるだろうか。傷つけられるだろうか。命を奪えるだろうか。だが、辛いを思いをしている捕虜達を助けることが先決だ。つまりは自分は帰るべきところへ帰らなければならない。

「光と闇はどうして相容れないのか……」

 アカツキは一人そう呟いた。



 二



 新兵が到着しないため、アカツキは役目を与えられずにいた。

 魔族の活動は夜からだ。アカツキも夕暮れに起床し、出仕する。

 しかしアムル・ソンリッサからは暇を言い渡されただけだった。

 アカツキは厩舎に顔を出すことにした。

「これは、アカツキ将軍、ストームですかな?」

「ああ」

 厩舎の管理人ウォズ老に頷くと、作業中だったリムリアがこちらを振り返った。

「あ! アカツキ将軍! 来てくれたんだ!」

 いつもの様に闇を照らす陽光の煌めきのような笑顔を浮かべて彼女は言った。そして手を振って来た。アカツキはしばし悩んで遠慮がちに手を振って応じた。

 アカツキが歩んで行くと、作業中の者達が手を止めて頭を下げる。

「気にせず続けてくれ」

 アカツキは応じて、ストームの前に来た。

 愛馬は長い舌を伸ばしアカツキの顔中を舐め回した。

「ストーム、喜んでるね」

 リムリアが傍らに来て言った。

「そうだな」

 アカツキは今度は逆襲とばかりにストームの顔を両手で撫でまわした。

 愛馬は喉を慣らし、そして遠吠えを上げた。

「走りたいって言ってるのかな、ウォズさん?」

 リムリアが問うとウォズ老が頷いた。

「そのようだな。アカツキ将軍、お時間があるようならストームを少し走らせて来てみてはいかがです?」

 アカツキは軽く思案し答えた。

「そうする」

 思えば戦場以外でストームを駆けさせた覚えがなかった。兵の調練もあり、残りの少ない時間で自らも鍛えていたからだ。

「はい、これ」

 リムリアがくらと鐙を渡す。

 アカツキは受け取りストームの背に装着した。

「では、行って来る」

「いってらっしゃい、アカツキ将軍」

 リムリアが手を振って見送った。

 アカツキは厩舎を出るとストームの背に跨り、低速で貴族街を抜け、同じ速度で城下の大通りを外目指して駆けさせた。

 行き交う民衆が道を開けた。中にはアカツキの名を呼ぶ声もあった。

 門番に事情を話し、アカツキは外へ飛び出した。

「いくぞ、ストーム! 遠慮なく駆けろ!」

 ストームは遠吠えを上げるや、力強い走りを見せた。

 風を感じる。いや、風になったみたいだ。

 アカツキはニヤリとしそのまま街道を疾駆した。

 ストームも御機嫌な様子だった。

 そうして夜中近くまで駆けた。飯を持って来るべきだったな。

 アカツキは今になってそう思った。

 そして街道脇の草原に寝転び、ストームを自由にしてやった。

 眠くはなかった。

 ただぼんやりとしている。リムリアの顔を思い浮かべ、ここで知り合ったアムル・ソンリッサや暗黒卿、同僚達の顔を思い浮かべる。

 俺はこここそが俺の居場所だと思いたいのか。

 ラルフにグレイ、ファルクス、ツッチー将軍、バルバトス・ノヴァー太守にアジーム教官達、そして一人置いて来た母。それらをはかりにかけても闇の方へと傾く。

 ふと、人の気配を感じ、アカツキは身を起こした。

 そこには輝かしい綺麗な身形をした美しい女性が立っていた。

「人の子、暁よ。お聴きなさい。あなたは間違った道へ進もうとしています」

 女性は透き通った声で言った。

「誰だ?」

 そう言いつつアカツキは占い師か預言者かと思った。

「あなたは光の意思の下に進まなければなりません。決して道を違えぬ様に」

 女性はそう言うとゆっくり霧が晴れる様に消えていった。

「何だ今のは?」

「何です? 幽霊でも見たようなお顔ですよ」

 突然傍らから声が上がり、アカツキは驚いて腰の斧に手を掛けた。

「私ですよ」

 赤装束が言った。そういえばこいつは目付け役だ。ガルムは笑顔の道化の仮面の下で忍び笑いを漏らした。

「見たか?」

「何をです?」

 ガルムが問う。

「……いや、何でも無い。それより貴様に見張られているのを忘れていた。本当に幽鬼のような奴だ」

「お褒めいただいて光栄です」

 ガルムは応じた。

 アカツキは溜息を吐いた。せっかくの遠乗りもこうして見張られているのだ。

 腹も減ったし戻るとしよう。

「ストーム!」

 呼ぶと、愛馬はすぐさま駆け寄って来た。

「俺は帰るぞ」

 アカツキはガルムを振り返ったが、既にその姿は無かった。

「本当に幽鬼のような奴だ」

 そう言うとアカツキはストームを走らせたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る