三十話
新兵の調練という役割を与えられたため、アカツキは忙しく時を過ごした。
素振り、ランニング、腕立て伏せなどの筋力トレーニング、陣形の組み方に、模擬戦。殆どはブロッソが指示を出し、アカツキはそれに従い兵達を追い立てる役割となった。まさに悪鬼にはピッタリだろう。
模擬戦で半分ずつに分かれてぶつかったときに、アカツキの軍勢はブロッソの軍勢に負けていた。個人的な力ではアカツキの方が僅かに秀でているが、用兵はブロッソの方が上手いらしい。新兵達はその場その場の訓練の後、どちらに助言を仰ぐか分かってきたようだった。
今日も夜が明け始め、調練は終わりを迎えた。
将軍位は授かったものの、未だに屋敷の無いアカツキとブロッソは共に城に部屋が用意され、そこで寝泊まりしていた。
二人は城内で別れ、アカツキは自室の前に来る。
そこで隣の部屋の扉に目をやった。
最近、厩舎に行く暇もなくリムリアに会っていなかった。
あいつのことだ。元気にやっているだろう。
アカツキは自室の扉を開いた。
今日もよく働いた。新兵達の成長ぶりは見てて嬉しいものだった。
と、アカツキのベッドの毛布が膨れ上がっていた。
初めは驚いたが、何と無く察しがつき、溜息を吐いた。
「ばあっ!」
毛布を勢いよく跳ね上げリムリアが姿を現わした。
「ビックリした?」
「お前は何をやっているんだ。ここは俺の部屋だぞ」
アカツキが呆れ、疲れ果てながら言うと、少女の様な彼女は笑って述べた。
「ここあたしの部屋だよ」
「そんなはずは……」
と、アカツキは机の上に花がいけてあるのを見た。
本当に勘違いしてしまったらしい。
「悪い」
アカツキはそう言いながら部屋を後にし、後ろ手に扉を閉めた。
そして左右の閉められた扉を見ながら考える。左手にあるのがアカツキの部屋で右にあるのがリムリアの部屋だった。自分が出て来たのは左の部屋だ。
騙された。
アカツキは再び自室の扉を開いた。
「おい、ここは俺の部屋で間違いないだろうが!」
そう言うとベッドに腰かけていたリムリアがクスクスと笑った。
「やーい、騙された」
「お前のおふざけに付き合っている暇は無い」
アカツキが本当に呆れて言うと、リムリアが応じた。
「アカツキ将軍、お風呂まだでしょ? 早く入って来なよ。一緒にご飯食べようと思って待ってたんだ」
わざわざ花を持って来て騙してまでか?
するとリムリアは微笑んで言った。
「あたし、最近、アカツキ将軍と会えてなくて寂しかったんだ」
「そうは見えないが」
アカツキが応じると不意にリムリアが涙を流した。
「本当だよ。あたしの言うこと信じられないの?」
「うっ、な、泣くな」
アカツキは驚き、呆れ、慌てた。
「アカツキ将軍、早くお風呂に入って来て。そして一緒にご飯食べて眠ろう?」
涙目で見上げられ、アカツキは罪悪感にかられた。少女みたいな身体と顔だから、本当に子供を泣かせたような複雑な心境に陥ってしまった。おまけに正真正銘の女性だ。
「分かったから、泣き止め」
「本当に分かったの?」
涙を流しながらリムリアがこちらを見上げて問いかけて来る。
「ああ」
「早くお風呂に入って来てくれる?」
「ああ」
「一緒にご飯食べてくれる」
「ああ」
「その後、一緒に寝てくれる?」
「ああ。……いや、それは却下だ」
「噓吐き」
リムリアが顔を俯かせた。
アカツキは再び罪悪感にかられた。
俺とこいつには何も無い。ただ一緒に寝てやるぐらいなら問題は無いだろう。
馬鹿を言え、そいつは華奢で小さい身体だが、成人している。立派な大人だ。一緒に寝るという意味がどういうことか分かっているのか!?
「とりあえず、お風呂入って来て。でも嫌なら嫌でいいよ。あたしアカツキ将軍のにおい好きだから」
顔を俯かせて手で覆っている。未だに泣いているのだろう。
「本当に子供の様な奴だ」
アカツキはそう言うと鎧兜を脱ぎ、斧と剣を置いた。
そして風呂へと向かった。
そこでブロッソと鉢合わせになり、お互いの背中を洗いながら、調練のことを軽く話し合う。
アイツが待っている。さっさと上がるか。
「おう、アカツキ将軍、もう出るのか?」
「ああ。ちょっと厄介事を抱えていてな」
アカツキは風呂を出ると自室へ向かった。
アカツキが迎えに行くとリムリアはニッコリして待っていた。
「さぁ、アカツキ将軍、あたしを食堂までエスコートしてくださいな」
「面倒な奴だ」
アカツキはそう言うと伸ばされた腕を掴み食堂まで行った。
その途中、登城してきた日勤の責任者シリニーグと出会った。
「手を繋いでどこへ行くのだ?」
「食堂だよ。アカツキ将軍があたしをエスコートしたいって言って聞かないの」
リムリアが言った。
「それは逆だろうが、お前が俺に」
と、言いかけたところでシリニーグの朗らかな笑い声に阻まれた。
「まぁ、仲良く飯を食うと良いさ。アカツキ将軍が兵の調練の仕事を与えられてから、お互いなかなか会えなかっただろうしな。リムリアも寂しかったんだろう」
「うん、そうなの。さっすがシリニーグ将軍! 妻帯者なことだけあるね!」
泣いて要望してきたのはどこのどいつだ。
アカツキはまたもやリムリアの態度に呆れた。
「じゃあな、二人とも」
そう言ってシリニーグは去って行った。
食堂に着くとリムリアは料理をたくさん注文した。
「そんなに食べられるのか?」
「ズバリ、アカツキ将軍が食べるんでしょう!」
リムリアがアカツキを指差してニコリとした。
はぁ、振り回されてるな俺は。
アカツキは言い返さず無言で料理を食べ始めた。
「はい、アカツキ将軍、あーんして」
リムリアがフォークに刺した焼いた肉を差し出してきた。
「誰がするか」
するとリムリアは表情を暗くさせた。
「分かった……。食わせろ」
ちょうど他に客もいなかったのでアカツキはあっと言う間に根負けして言った。
「はい、あーんして」
リムリアが表情をパッと輝かせフォークを運んだ。
アカツキは仕方なく食らう。
「美味しい?」
「いつもの味だ」
アカツキはそう応じた。
「今日はスープにキノコ入ってるね。あと炒め物にもナスがある。アカツキ将軍、キノコとナス嫌いなんでしょう?」
その通りだった。アカツキはどうしてもキノコとナスは苦手だった。顔色から察せられたらしくリムリアは言った。
「あたしが食べてあげるね」
そう言ってリムリアはアカツキのスープと炒め物に自分のスプーンを、あるいはフォークを差し込んで、さっさと食べてしまった。
結局「あーん」は一度だけだった。アカツキは安堵していた。あんな恥ずかしいところを誰かに見られでもしたらと考えると羞恥が身を襲ってくる。
そしてアカツキとリムリアは自室へ向かった。
アカツキはいよいよと身構え、応じた。
「一緒に寝るのは無理だ」
リムリアがどんな顔をするのか考えたくも無かったが、相手はあっさり引き下がった。
「うん、分かった」
そしてリムリアは微笑んで言葉を続けた。
「アカツキ将軍、色々付き合ってくれてありがとう。でも、アカツキ将軍と会えなくなって寂しかったのは本当だよ」
「そうか」
「うん。でも、アカツキ成分を充分補充したからまたしばらくは頑張れそう。じゃあね、アカツキ将軍、おやすみなさい」
リムリアは自室へ戻って行った。
アカツキはようやく解放されたと言わんばかりに盛大に溜息を吐いた。
しかし、妙な気分だった。
奴といると多少疲れるが、賑やかで、楽しい……のか?
アカツキは机の上にいけられた花を見た。ピンク色の花だ。
今日はもう良いだろう。明日、返しに行くとしよう。
アカツキはベッドに横になった。
眠気はすぐに迫ってきた。
彼は全てを解放しまどろみに身を任せたのだった。
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