二十九話

 兵は集まりつつある。

 玉座でヴィルヘルムがそう報告した。

「そうか。だが、それを鍛えて精兵にまで仕上げなければならん。まだまだ時が必要だな」

 アムル・ソンリッサが言った。そして下座に佇立する将軍一同に目を向ける。

「ブロッソ将軍、アカツキ将軍」

 急に名を告げられ、アカツキは何だとばかりに遠くに座る相手を見た。

「両名に新兵の調練を任せる」

「はっ!」

 ブロッソは任せろと言わんばかりに声を上げた。

 アカツキは応じた。

「何故、俺なんだ?」

 するとアムル・ソンリッサは応じた。

「ヴィルヘルムは広報を、シリニーグは日勤の責任者だ。そうなると実力がある者の中で残っているのはブロッソ将軍とお前だけだ。だから任せた」

 普段なら舌打ちするがアカツキは気になって尋ねた。

「俺はお前達と敵対する者だぞ? 古巣のために手を抜いた調練をするかもしれんぞ?」

「お前がそうしたいならすれば良い。だが、アカツキ、我らが敗北すればお前の大切な捕虜達もただでは済まされんだろう」

 そういうことか。アカツキは納得した。舌打ちはしなかった。アムル・ソンリッサが世辞抜きで、そう述べたことに、アカツキは逆に微笑み、やる気が漲って来た。要望通りせいぜい魔族の兵どもを扱いてやろうではないか。

 アカツキが頷くとアムル・ソンリッサは解散を告げた。



 二



 兵舎は城の東側にあった。熟練の兵達は既にここを巣立ち、各地の防衛上の要所で寝泊まりしている。

 出仕のせいで時間は少し遅れたがアカツキはブロッソと共に広大な広場に並ぶ新兵約三千人を前にしていた。

 兵士達は若い者から中年の者もいた。その目を見て、やる気に満ち溢れているのが分かった。

 デルフィンとコルテスを討ちその領土を手中に治めただけで、アムル・ソンリッサへの信望は絶大なものへとなったのであろう。

 だが、アカツキとブロッソ、彼らはもともとは敵対勢力の将だった。そのためこんな声が聴こえた。

「俺達は暗黒卿様に鍛えて貰えると思ったのに、降った名ばかりの将軍達に教鞭を取られるのか」

 兵士達はヒソヒソと囁き合っていた。

「背筋を伸ばせ!」

 ブロッソが声を張り上げた。

 だが、先程のやる気のある目はどこへやら、明らかに兵達は落胆の色を見せている。

「これは難儀だな、アカツキ将軍」

「そうだな」

 アカツキは応じた。

「まずは我らの実力を見せねば彼らは納得せぬだろう」

「それが手っ取り早い……か」

 ブロッソは鉄の棍棒を脇から抜き、アカツキは刃の潰れた両刃の片手斧を引き抜いた。

 兵達がこちらを見た。

「時間をやる。真剣に交換して来い」

 ブロッソが言った。

 兵達は訝しんでいるようで動かなかった。

「その剣で我らの首を刎ねた者を将軍に取り立てよう。諸君らが憧れる暗黒卿ともお近づきになれるし、贅沢な暮らしもできるようになる。……アカツキ将軍、これに血判を」

 ブロッソはどうやら自分達が降将であることを兵達に舐められるとあらかじめ予測してきたらしい。彼が述べた言葉そのままが記された証文をアカツキに差し出した。

 アカツキはブロッソから小刀を借り自分の片手の親指をやや強く傷つけた。

 血が溢れてくる。アカツキはブロッソの生乾きの緑色の血判の横に親指の傷を押し付けた。

「アカツキ将軍も連名した! さぁ、野心ある者は真剣を持ち出して来い! 我らは歓迎するぞ!」

 そう言うと一部の兵が先に駆け出し、それにつられて次々兵達が兵舎目指して駆け去って行った。

「アカツキ将軍、くれぐれも首を取られるなよ」

 ブロッソが冗談交じりに言ってきたのでアカツキは鼻で嘲った。

 程なくして兵士達が戻って来る。だが、整列はしなかった。ブロッソとアカツキのことを取り囲んでいる。

 ある者は野心を剥き出しにギラギラした目つきをし、ある者は冷静に襲い掛かるタイミングを推し量ろうとしている。

 だが、結局それだけだった。

「もっとやる気を出させなければならんか。アカツキ将軍、貴公から何か策は無いか?」

 ブロッソが言った。アカツキは鼻で嘲り声を張り上げた。

「一番槍を突き刺すことができた者にはアムル・ソンリッサをくれてやる!」

「何とも大胆な」

 ブロッソが驚いたように言った。

 兵達も驚いていたが、アムル・ソンリッサの美貌は巷に溢れた噂になっている上に彼女をものとすれば自分は国王だ。一気に彼らの目の色が変わった。

「約束だぞ!」

 兵達が声を上げる。

「まぁ、言ってしまったものは仕方が無い。約束だ!」

 ブロッソが応じた瞬間、新兵達は声を上げて勇躍し周囲から襲い掛かって来た。

 この響き渡る声、戦場を思い起させる。

「ウオオオオオオッ!」

 アカツキは血がうずくままに吼え肉薄してくる新兵達を次々薙ぎ払った。

 刃は潰れているが手加減はしていない。当たりどころが悪く気絶する者もいた。しかし、中には元が傭兵だったのか、なかなか歯応えのある相手もいた。そうなれば力だけでは押すことはできない。技量で対峙する。どんどんアカツキは雰囲気に呑み込まれていった。

「アカツキ将軍。アカツキ将軍!」

 ブロッソの声が耳に入りアカツキは我に返った。

「終わった。我らの勝ちだ」

「……当然だろう」

 アカツキは肩で息をしながら応じた。そしてブロッソと拳を突き合わせた。

 三千人の新兵達は全て倒れ起き上がろうとしなかった。

「いつまで寝ているか! 今日はそのまま各自真剣で良い。整列して素振りをしろ!」

 ブロッソが叱りつけると兵達は即座に起き上がった。

 そして列を整える。

「私に続いて素振りをしろ! まずは百回だ。途中で気を抜いた者には巡回するアカツキ将軍の斧が容赦なく頭を打つからな!」

 そう言われ、アカツキは思わせぶりに斧を振るい、仕方なく巡回することにした。

 ブロッソの声が響き渡り、兵達がバラバラに剣を振るう。

 自分も昔はこうだった。アジーム教官に僚友と共に扱かれ、ダンカン分隊長にも世話になり、こうして今の自分がいる。

 立派になれよ。

 アカツキは思わず魔族の新兵達に向けてそう心の中で述べていた。

 調練後、兵達がアカツキとブロッソの元へ駆け寄ってきた。

 彼らは二人を侮ったことを口々に謝罪し、今後は従順になると誓った。

 ブロッソは豪快に笑ってその言葉を受け入れ、アカツキは特に頷くことも無く、自分に向けられる眩しい双眸の群れを見渡していた。

「アカツキ将軍、兵達が言っていたぞ」

 城に戻りながらブロッソが言った。

「あれは地獄の悪鬼だとな。またも悪鬼の名を頂戴するとは偶然とは思えん。お主、本当は地獄から来たのではないか?」

「馬鹿を言え」

 アカツキが応じるとブロッソは笑い声を上げた。

 アカツキも自然と微笑んでいた。

「明日からも励もうぞ、アカツキ将軍」

「そうだな」

 二人は互いの手を叩き合わせて城門を潜ったのであった。

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