十九話
凄まじい風の唸りを上げ鋼鉄の棍棒が振り下ろされる。
アカツキはそれを斧で受け止めた。
ブロッソは右腕で棍棒を振るい、左手で手綱を操っていた。
両者とも間合いのある武器でないため馬を寄せての打ち合いとなった。
ブロッソの膂力は大したものだった。斧越しに受け続け、アカツキは胸が躍るのを感じた。
ブロッソも厳めしい面構えを微笑ませている。
「悪鬼よ、貴様に、こいつを受けきれるか!?」
ブロッソが大上段に棍棒を振り上げ下ろした。
アカツキは斧でやり過ごす。と、渾身の一撃は立て続けに襲ってきた。
その凄まじさに斧の片側の刃が圧し折れた。
満面の笑みを浮かべる相手に対して、アカツキは左の剣を突き出す。
狙いが逸れ剣は鎧に弾かれた。
そこを逃す敵将では無かった。
棍棒が剣を打ち、アカツキは思わず取り落とす。
と、思った瞬間、下げていた首をストームが起して剣を口で咥えてアカツキに渡した。ストームはまた首を下ろした。
「馬に助けられたな」
ブロッソが豪快に笑うと、鉄棍の乱撃を繰り出してきた。
アカツキは斧と剣を振るい、全てを捌く。だが、二つの刃の間を突きが掻い潜り、アカツキの胴を打った。
その衝撃に心臓が一瞬止まりかけた。そしてアカツキは落馬した。
馬上から敵の追撃が襲うがアカツキは剣を振るい受け止め、素早く体勢を直しつつこれでもかと言わんばかりに斧を振るった。
斧の刃は敵将の鎧を割り、腕を分断した。
鮮血が宙を舞う。
「不覚!? だが!」
敵将ブロッソは馬上から飛び降り、左手に鉄棍を握っていた。
「血を流し過ぎる前に決着をつける!」
ブロッソが襲い掛かって来た。
アカツキも斧と剣で応戦した。
ブロッソは左も剛力だが、利き腕では無いようだった。受け止め、アカツキはそう感じると、こちらの番とばかりに剣を斧を薙いだ。
ブロッソは昆棒で受け止めたが、アカツキの渾身の二撃を受け棍棒はその手から弾かれた。
「降参しますか?」
瞠目する敵将に止めを刺そうとしたアカツキだったが、ガルムが口を挟んできた。
「降参して何になる。我が首を速やかに刎ねよ!」
ブロッソはどっかりと地面に腰を下ろしてアカツキを睨み付けた。
「あなたは負けを認めました。それはアカツキ将軍に首を取られたも同様です。我が主君、アムル・ソンリッサは争い事を無くすために、大陸を統一しようという志の持ち主です。その先にあるのは平和です。アムル・ソンリッサは民が穏やかに過ごせる世界を築き上げたいと願っているのです」
ガルムの言葉にブロッソは応じた。
「我が主君コルテスは利に聡く、驕り高ぶり、民に刃を突き付け重税を振り絞り続けている。しかし、そんな男でも我が主君には変わりは無いのだ。私は忠節を全うするのみ」
その言葉がアカツキの胸に不思議な熱を帯びさせた。
馬鹿な、こいつの心意気に感動しているというのか俺は。
そう思った時には斧と剣を地面に突き立て、屈み込み、ブロッソの左手を両手で包み込むようにして握っていた。
俺は何をしようとしているんだ?
アカツキは己の感情に疑念と動揺を抱きつつ、口ではこう言っていた。
「ブロッソ殿、その意思、見事だ」
ブロッソは目を丸くし、そして自信無さげに言った。
「俺がコルテスを止められれば良いが、重臣は皆、コルテスのおこぼれにあずかり、諫めようとはしない。生活が苦しくなった民は脱走を試みるが、コルテスは逃さず、見せしめとしてあるいは戯れとして皆殺しにし、恐怖で国を治めている。……アムル・ソンリッサはコルテスを討ち、民を幸せにできるのか?」
新参のアカツキは言葉に詰まったが代わりにガルムが言った。
「できますよ。お約束いたしましょう」
するとブロッソは頷いた。
「我が首はこの悪鬼に取られた。そして生まれ変わった私はコルテス打倒のためにアムル・ソンリッサに手を貸そう」
アカツキは自分でも知らないが嬉しくなった。
「では、腕を治しましょう」
ガルムがブロッソの右腕に触れると、光りが輝き、ブロッソの腕が元に戻った。
「これは!? ここまで高位の魔術を使える者を見たのは初めてだ。この闇の勢力でもおそらく貴殿一人だろう」
ブロッソが驚きながら言った。
「では引き上げましょう。アカツキ将軍、ブロッソ殿」
ガルムが言った。
アカツキは馬に乗った。
「よろしく頼む」
騎乗するとブロッソが横に並んで言った。
「俺も新参だ」
そしてアカツキは兜を脱いで見せた。
「光の者!?」
「アカツキ将軍は訳があって我が勢力に力を貸してくれています」
ガルムが軽く説明した。
「そうだったのか。光の者と轡を並べる時が来るとは思わなかった」
ブロッソが言った。
アカツキが兜を被ると馬蹄が響き渡って来た。
「任せてくれ」
ブロッソが馬を進めた。
「ブロッソ将軍御無事でしたか! ん? そちらの方々は?」
騎兵は二十人ほどだった。その中で兜に特徴のある一人が隊長のようで代表して喋っていた。
「マルス。よく聴いてくれ。このブロッソ、主君を鞍替えすることに相成った。我が新たな主君はアムル・ソンリッサ」
「何ですと!?」
「最後まで聴け。これは我が国の民達を思ってのことだ。マルス分隊長、長年私の側に仕えてくれていたお主の心が清いことを私は熟知している。今のコルテスの悪逆たる惨状を改めたいとは思わないか?」
「思いますとも!」
マルス分隊長は即座に応じた。
「ならば、今しばらく辛抱してくれ。必ずや民衆を解放する戦をしよう」
「しかし、アムル・ソンリッサを信用できるのですか?」
「できる。だからこそ、来るべき時のためにお主には同志を募って欲しい。そして戦場に我が声が轟いた時、お主は集めた同志らと共に呼応してくれ」
「ブロッソ様がそこまでおっしゃるのなら私に言うことは何もありません。私は、いえ、我々はブロッソ様こそ我が主と仰いできたのですから」
マルス分隊長はそう応じた。
「本来なら私直々に同志を募りたいところだが、その前にアムル・ソンリッサを信用させるべく武功を重ねねばならぬ。私はあえなく討ち死にしたことにしておいてくれ」
ブロッソが言うとマルス分隊長は大きく頷き敬礼した。他の兵達もそれに倣った。
「アカツキ将軍、これはあなたの働きによる功績です。猛将ブロッソを帰属させた」
ガルムが言った。
「俺は何もしてない」
「しましたよ。あなたの武人としての心がブロッソ殿の忠烈な心を溶かしたのです。このことはアムル様に報告しておきましょう。必ず首一つ分にはしてみせますから、期待していて下さい」
いつになく自信たっぷりにガルムが言った。
アカツキは舌打ちした。
だが、不思議だった。ガルムの言う通りブロッソの頑なな忠実な精神に自分は感動したのだ。こんなことは今まで一度も無かった。
しかし、それもそうだった。光と闇は相容れない。殺す殺され、そんな戦いしか知らないからだ。
いや、と心の中で頭を振る。
アムル・ソンリッサは捕虜を殺さず、最低限、生きながらえさせていた。そして風呂に散髪の約束にも応じてくれた。
アカツキは悩んだ。
光と闇は本当に相容れないのだろうか。
「アカツキ将軍、行きますよ」
ガルムとブロッソが馬を進めていた。
「ああ」
アカツキは考えるのを止めて後を追った。
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