十八話

「あ、アカツキ将軍!」

 厩舎を訪れると仕事中のリムリアがこちらを見て手を振った。

 見れば他の馬は出払っていてストームともう一頭だけが残されていた。

 厩舎はこの地区のいたるところにある。デルフィン討伐のためにそれら全てが空の状態に違いない。

 兜を被り視界が良好になるとアカツキは奥歯を噛み締めた。

 防衛だと!?

 アムル・ソンリッサの命令に未だに不満を持っている自分がいる。

「アカツキ将軍、怒ってるの?」

 いつの間にかリムリアが近付いて来て言ってきた。

 ガルムのよこした眼鏡を掛け、上から下まで真っ青な作業着を着ている。帽子も被っている。藁の屑が服に付着していた。

「怒ってなどいない」

 アカツキが応じるとリムリアはジッとこちらを見詰めて言った。

「嘘、怒ってるよ」

「せっかく忘れようとしてるんだ、蒸し返すな」

 アカツキは語気を抑え気味にして応じた。

「アカツキ将軍。怒りや不満に任せて一人で先走ったりしないでね」

 分かっていると声を上げようとしたが、リムリアの目が心配気に見えたのでアカツキは言葉を引っ込めた。

 アカツキはそのまま無言でストームの元に近付いた。

「はい、これ」

 リムリアがくらと鐙を差し出す。

 アカツキはそれをストームの背に乗せ設置する。

「アカツキ将軍、急ぎますよ」

 騎乗したガルムが言った。

「あ、ガルム様も御出陣なんだ」

 リムリアが嬉しそうに言った。

「ええ、このライトニングを借りますよ」

「うん」

 リムリアが言った。

 アカツキもストームに跨った。肉食馬は赤い目を向けてきて、長い首を捻り頭を差し出した。

「撫でてって言ってるよ」

 リムリアが言った。アカツキは言われた通り、仕方なくその頭を撫でてやった。

 肉食馬は満足げに目を細め喉を鳴らした。

「そら、行くぞ、駄馬め」

 アカツキは手綱を握った。ストームが歩み始める。と、ガルムの馬が先に出て行ってしまったのを気にしたのか急に駆け出した。

「ちっ!」

 アカツキは舌打ちし、馬を操った。

「アカツキ将軍、いってらっしゃい!」

 リムリアの声が背に聴こえた。

 


 二



 城下の外、街道と広い原野の続くこの場所で、ガルムは魔法陣を開いた。

「さぁ、将軍行きますよ」

 ガルムが先に魔法陣に飛び込む。

 アカツキも舌打ちし、ストームを後に続かせた。

 そうして魔法陣の向こう側はまたも原野だった。

 背後に石造りの立派な砦がある。

 ここに籠れということか。

 アカツキは溜息を吐いた。

「将軍、屍兵をとりあえず五万召喚しますよ」

 アカツキは興味もなく応じなかった。

 ガルムが笑顔の仮面の下で何やら唱えると大地が鳴動、激震し、見渡す限り無数の骨の腕が大地から突き出て来た。

 骨の腕は右左、顔と順繰りに姿を現した。

 そして地面から身体を這い出しながら、死者の虚しく低い叫び声を漏らしていた。

 その不揃いの合唱と来たらたまったものでは無かった。

 それにこの悪臭。奴らの鎧の下の腐った肉体から発せられているようだ。

 だが、アカツキは思った。理由があることも悟った。だがあえて問う。

「今回の作戦通り、初めからこれだけ召喚しておいて、その分の兵力を攻め落としたい奴に向ければ良かったんじゃないか? 何故、今までそれをしなかった?」

 するとガルムの仮面が眩く光り、次に現れた仮面には悲し気な表情が描かれていた。

「この者達は、かつてこの戦場で散って行った兵達です。冥府へ赴き、ハザマの世界を謳歌している彼らの魂を無理やり呼びつけこうして死に別れた無残な腐った亡骸に定着させているのです。死者を冒涜する行為は、禁忌です。それがこの闇の世界では暗黙のルールでした」

「そうまでしなければ今回は勝てなかったわけか」

「その通りです。デルフィンはおそらく斃せますが、このことはコルテスから全ての勢力に伝達され、禁忌を破った勢力として包囲網はより団結し厳しくなるでしょう」

 望むところだ。何せ自分には関係ないことだ。包囲網が厳しくなろうが十二の首級を上げて捕虜達を連れてただ国へ帰るだけだ。この国に何の義理も未練も無い。

 そう思ったが、脳裏を微笑むヴィルヘルムが、二刀流を披露するシリニーグが、タオル一枚だけ身体に巻き羞恥心に染まるアムル・ソンリッサの顔が過ぎって行く。

 アカツキは舌打ちし、それらを振り払った。

 それにしてもこの腐臭が嫌だった。

「俺は偵察に出る」

 アカツキは言った。来ない敵をガルムと二人で待っていても面白くも無い。ならば、野を駆け、この賢い駄馬にアカツキの呼吸を教え込む方が暇つぶしにもなる。

「フフッ、良いですが、敵の斥候と鉢合わせても、深追いしないで下さいね。捕虜とリムリアの命があなたの双肩に掛かっているのですから」

 アカツキは答えずに馬を走らせた。

 蘇りその場に立ち尽くし、声にもならない憐れな呻きを上げる死者達を避けて通って行った。

 そうしてアカツキはグングン砦から離れてゆく。

 風になった気分だ。脚で力強くストームの両脇腹を挟むと、手綱を放して両手にそれぞれ武器を取った。

 馬上での二刀流。ストームは察したように首を低くした。

 アカツキは武器を振るった。風を切る重々しい音と、軽快な馬蹄が重なり合う。

 と、目を疑った。

 前方に十騎程の影が見えたのだ。

 あれは斥候だな。よし、未熟な二刀流を磨くついでに奴らの首を天へ捧げるとしよう。

 その思いが伝わった様にストームは敵影目掛けて全力で疾走した。

 敵と肉薄する。その速度に敵は馬上で慌てて剣を抜いていた。

 アカツキは斧をめいいっぱい右側に構え、思い切り薙ぎ払った。

 剣と首が飛び、血煙を上げた胴体が馬上から転がり落ちる。

「おのれ!」

 新たな敵が馬を寄せて来るが剣を弾き飛ばし、次々、その首を奪っていった。

 左右から敵が迫るも、これも両手の武器を感の赴くままに振るい馬上から叩き落す。逃れようとするその肩口に容赦なく斧を深々と叩き込み絶命させた。

 血が滴り落ちる斧を、剣を振るい、残る三騎まで追い詰めた。

「人馬一体。馬上での二刀流とはやるようだな」

 体格の良い魔族が言った。

「お前達はこの事を大将に報告しろ。敵は禁忌を犯し屍兵を召喚したとな」

 そして二人の部下が背を向けた時、悠然と目の前に赤装束が現れて手にしている斧で瞬く間に斬り伏せた。

「フフッ、なるべく屍兵のことは知られたくありませんのでね」

 ガルムが言った。

「俺を斃せば何も無かったことになるだろうが、果たしてやれるかな?」

 魔族が言った。

「コルテス配下の猛将ブロッソ。アカツキ将軍、首を取る良い機会ですよ」

 その声を聴きアカツキは武者震いした。まさか斥候の中に十二の首に相応しい者がいるとは思わなかった。

「アカツキというのか、確かデルフィンめの配下グデルを討った悪鬼か。既に紹介は済んだが我が名はブロッソ。お前達の首を我が主君への手土産とさせて貰おう! 参る!」

 ブロッソが脇から鉄製の太い棍棒を掴み取り振り上げた。

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