番外編一

「トリックオアトリート!」

 元気な声と共に部屋の扉が開かれる。

 ベッドで寝ていたアカツキは不意なことにさすがに驚き、立て掛けてあった両刃の斧に飛び付いていた。

 目を向ければ、そこには金色の長い髪をし、青い大きな瞳を持つ少女のような女性がいた。

「何のつもりだ?」

 アカツキが問うとリムリアは満面の笑みを崩さず両手を広げて差し出した。

「お菓子くれないといたずらしちゃうぞ!」

「お前のおふざけに付き合っている暇は無い」

 外を見ればまだ明るかった。闇の世界は今が皆寝静まっている時だった。せっかく昼夜逆転の生活に慣れ、深い眠りにもつける様になったのだが、それを妨げられ、アカツキは少々苛立っていた。

「アカツキ将軍、トリックオアトリート!」

「菓子など無い」

「じゃあ、いたずらしちゃうね」

 リムリアはダンカン分隊長の形見、片手剣カンダタを手に取った。

「それに触るな!」

 アカツキが言うとリムリアは言った。

「返してほしかったら、いたずらしない代わりにあたしに付き合って」

「ちっ」

 廊下に駆けて行きこちらを見るリムリアを見てアカツキは舌打ちした。


 二


「トリックオアトリート!」

「お菓子をくれないとぉ」

「いたずらしちゃうぞ!」

 リムリアに続き相手がノリノリで言ったのでアカツキは少々面食らった。

 静まり返った城を歩んでいると日勤の責任者であるシリニーグに出くわしたのだ。

 竜をかたどった兜を被り、黒い外套を纏っている。いつもの格好だ。

「アカツキ将軍、お前も菓子が欲しいのか?」

「そんなわけあるか」

 アカツキは嫌々そう応じた。

 シリニーグは腰の巾着から何かを取り出しリムリアに渡した。

「あ、お菓子だ! ありがとうシリニーグ将軍!」

「家に戻ったら子供にもやられるだろうと思ってな、ちょうど持っていた」

「じゃあ、シリニーグ将軍にはいたずらしないからね。バイバイ! 行くよ、アカツキ将軍!」

 リムリアがアカツキの手を掴み引いた。

「頑張れよ、アカツキ」

 目と口元だけが見える兜の下で双剣の達人シリニーグは愉快そうにそう言った。



 三



「トリックオアトリート! お菓子くれないといたずらしちゃうぞ!」

 次に出くわしたのは幽鬼の様に回廊を彷徨う赤装束だった。

「フフッ、さすがは光の方々は今を照らす太陽のようにお元気ですね」

 笑顔の仮面を被ったガルムはアカツキを見てそう皮肉を言った。

 アカツキは舌打ちした。

「そうそう、そんなお二人に朗報ですよ。ちょうど都合よくキャンディなんか持ってたりするんですよ」

 ガルムは懐から巾着袋を取り出した。

「いたずらされたらかないませんからね。差し上げますよ。お二人で仲良く分けるんですよ」

 そう言って一瞬目を離したすきにガルムの姿は消えていた。

「はい。アカツキ将軍、あたしについてきて良かったね」

 リムリアが丸いキャンディを差し出してきた。

「俺はいらん」

 アカツキが言うとリムリアがジャンプし、アカツキの口の中に無理やりキャンディを捻じ込んだ。

 甘い。甘いがすっきりとした甘さだった。



 四



「トリックオアトリート! お菓子くれないといたずらしちゃうぞ!」

 ひっそりとした城内の演習場で一人汗を流しているのはブロッソだった。

「おお、アカツキ将軍か。女人連れで逢引きでもしてる最中か?」

「誰がそんなことをするか」

 アカツキは不機嫌に応じた。

 ブロッソは声を上げて豪快に笑うと、腰の巾着から何かを取り出した。

「リムリア、口に合うかは分からんが、煎餅なら持っているぞ。腹が減っては稽古ができんからな」

「わぁ、ありがとうブロッソ将軍!」

 そしてリムリアは煎餅をパキリと半分に割り、アカツキに片方を差し出した。

「いらん」

 アカツキが言うと、リムリアはジャンプして無理やり煎餅をアカツキの口に突っ込んだ。

 てっきり塩の味がするかと思ったが甘い煎餅だった。

「じゃあ、バイバイ、ブロッソ将軍!」

 咀嚼していると手を引っ張られアカツキは再び連れ出された。

「良い戦果を願っているぞ!」

 ブロッソの声が聴こえた。



 五



「トリックオアトリート! お菓子くれないと……あれ?」

 誰の部屋に押し入ったのかはアカツキは分からなかった。だが、この無差別攻撃に加担されていると誤解されるのが苦痛だった。彼は渋面をしながらリムリアと共にカーテンの引かれた真っ暗な部屋の片隅にある棺桶を見付けた。

 リムリアはズカズカと棺桶の前に来ると三回ノックして言った。

「トリックオアトリート!」

「ええい、我が眠りを妨げるのは誰ぞ!?」

 棺桶の蓋が持ち上げられ吸血鬼サルバトールが姿を見せた。

「アカツキ将軍、貴様か」

「俺では無い」

 アカツキは舌打ちして応じた。

「フン。それで何用だ娘」

「トリックオアトリートだよ、サルバトール様」

「何だそれは? 新しい魔術か?」

「違うよ、お菓子くれないといたずらしちゃうよ」

「つまり菓子をねだっているわけだな。アカツキ将軍、貴様も小心者だな、菓子が欲しいならこんな娘に頼らず自らそう述べれば良い」

「何だと!?」

 アカツキはついカッとなって腰の脇に手を伸ばしたが、武器が無かった。斧は部屋だし、剣はリムリアに人質ならぬ物質に取られている。

「仕方あるまいカーテンを開かれては我が命は陽光に照らされ消え逝くからな」

 サルバトールは棺桶から足を出すと棚に歩み寄り巾着袋を手に取り、リムリアに差し出した。

「わぁ、クッキーだ! ありがとう、サルバトール様!」

「満足したならさっさと出て行け。私は眠りにつかねばならぬのだ」

 サルバトールは棺桶の中に収まり、内側につけてある取っ手を掴んで蓋をした。




 六



「トリックオアトリート! お菓子くれないといたずらしちゃうぞ!」

 またもや無差別に部屋に飛び込むとリムリアは元気な声を上げる。

「威勢が良いな、アカツキ将軍。嫌いではないぞ」

 ベッドに腰かけ剣を研いでいたのは全身鎧ずくめの暗黒卿だった。

「俺では無い!」

 アカツキは声を荒げて応じた。

「冗談だ」

 暗黒卿は立ち上がると腰から一振りの抜き身の短剣を差し出した。

「リムリアよ、これでどうだ?」

 リムリアは短剣を受け取るとしげしげと眺め、そして驚くことに切っ先に噛みついた。

「ばっ!」

 アカツキが驚いて止めようとしたとき、切っ先が圧し折れて、リムリアはモグモグと口を動かしていた。

 アカツキは頭がこんがらがりそうになった。どういうことだ?

「今、城下で流行っている食べられる菓子の短剣だ。興味本位で買ってみたが、甘いのは苦手でな。だが、アカツキ将軍の驚く様が見れて元は取れたのかもしれん」

 そう言われ、アカツキは舌打ちした。

「うん、おいひい」

「食うか喋るかのどっちかにしろ」

 アカツキは呆れ苛立ちそう言った。

「うん、暗黒卿様、ありがとう! あたしまだ任務があるからまたね!」

 そう言ってリムリアは外に出る。

「元気な娘だな。不思議と癒される。アカツキ将軍もそうではないか?」

 アカツキはその言葉に応じず無言で部屋を出て扉を八つ当たり気味に閉めた。



 七



「トリックオアトリート! お菓子くれないといたずらしちゃうぞ!」

「わぁ、いたずらはやめてくれ」

 そう笑いながら応じたのはヴィルヘルムであった。

「起きていたのか」

 アカツキが言うと相手はニコやかに応じた。

「ちょっと調べ物をね。この時間なら大書庫も混雑することも無いし、一人で悠々と書物と向き合えるからな」

 そしてヴィルヘルムは腰から巾着袋を渡した。

「どこから出た噂かは知らないけど、甘いものは頭に良いらしいよ」

「わぁ、クッキーだ! ありがとうヴィルヘルム様!」

「どういたしまして。それじゃ、リムリア、デート楽しんでおいで」

「うん!」

「デートではない!」

 アカツキは反論したがヴィルヘルムは笑って去って行った。



 八



「トリックオアトリート!」

 この女には遠慮や恐れが無いのだろうか。玉座の間の扉を力いっぱい押し開いて叫んだ。

「何事だ?」

 玉座にはアムル・ソンリッサが座っていた。

「トリックオアトリートだよ! アムル様、お菓子くれないといたずらしちゃうぞ!」

「やれるものならやってみろ」

 アムル・ソンリッサが静かに言うと、リムリアは腰に剣を差し、両手を振り上げて指をモゾモゾと妖しく動かした。

「止せ。厄介そうなのはわかった。だがあいにく菓子は持っていない」

「じゃあ、どうするの?」

 リムリアが問う。

「後日改めて菓子を渡そう」

「うーん、まぁ、いっか」

 リムリアは頷いた。

「行こう、アカツキ将軍!」

 アカツキは手を引っ張られた。

「アムル様、ちゃんと寝なきゃだめだよ!」

 リムリアは最後にそう言った。

「トリックオアトリートか……」

 アムル・ソンリッサの呟きは二人の耳には届かなかった。



 九



「思ったより大収穫だったね、アカツキ将軍! あたし嬉しいな!」

 道々部屋に戻りながらリムリアが言った。

「いい加減、剣を返せ」

 アカツキが言うとリムリアは剣を渡した。

 そして部屋の前に着くとニコリと微笑んだ。

「付き合ってくれてありがとう、アカツキ将軍。これ半分あげる、報酬だよ!」

 そうしてお菓子の詰まった巾着袋を押し付けて来た。

 アカツキが受け取るのを確認するとリムリアは頷いた。

「それじゃあ、おやすみなさい、アカツキ将軍。ちゃんと寝なきゃ駄目だよ」

「お前が寝ているのを邪魔したのだろうが!」

 アカツキは思わず語気を荒げたが、どこ吹く風という様子でリムリアは微笑んで手を振り隣にある自室に入って行った。

 今から眠れるだろうか。

 アカツキは溜息を吐いたのだった。



 十



「ト、トリックオア、トリート!? だ!」

 アムル・ソンリッサは緊張しながら思いを込めて部屋の扉を押し開いた。

 しかし、部屋の主、彼女の思い人は不在だった。

 途端に彼女は不機嫌になった。

 いつもこうだ。

 彼は居て欲しい時に居てくれない。

 しかし、何度振られようが、私は決して屈しはしない。

 アムル・ソンリッサはそう誓い部屋を後にしたのだった。

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