十四話

 魔法陣に飛び込み、帰還を果たす。

 先程の敵、デルフィンの本城に攻め入りたいのはやまやまだが、兵が各地に分散していて纏まった兵力を整えることが難しいらしい。

 こうやって敵に回復の機会を与え、また攻め入らせ、半ば追い払う様に撃退する。それの繰り返しだ。しかし、そうしているからこそ、光側への攻勢が整えられず防備と兵力増強、あるいは精兵育成の時間を与えているのも事実だった。

「疲れたなアカツキ。陛下に報告したら風呂に行かないか?」

 ヴィルヘルムが気安く話しかけて来た。

 どこまで友好的なのだ。

 アカツキは半ば呆れて応じた。

「報告なら大将一人で十分だろう、お前が行け」

「まぁ、確かにな。で、風呂はどうだ?」

 確かに汗を流したくはあった。しかし、その前に戦場で活躍した甲冑、兜、剣に斧と、自分以上に労わってやらねばならぬものがある。父から、そしてダンカン分隊長から学んだことだった。

「風呂は後で良い」

「何でだよ? 俺と風呂に入るの嫌なのか?」

 正面から問い詰める魔族の若者に溜息しアカツキは仕方なく応じた。

「武器に防具に洗う必要がある」

「そんなもの部下にやらせれば良いだろう?」

「……お坊ちゃんめ」

 アカツキは思わずそう言った。そしてストームを引いてヴィルヘルムの前から去った。

 彼が向かったのは厩舎だった。

 城下では魔族なら寝始める朝だというのに人々が城へ一直線へ伸びる大通りの左右に立ち、帰還した兵達を祝福した。

 ヴァンピーアでオークや魔族を退けた際にこうやって市民に迎えられることはあった。だが、祝福の声はアカツキには届かなかった。単に興味が無かったのだ。

 王城前の貴族の屋敷が立ち並ぶ一角にある大きな厩舎に着くと、リムリアがいた。

「アカツキ将軍、お帰りなさい」

 先程、不機嫌な顔をしていた割にはにこやかだとアカツキは思った。

「どうだった、ストームは?」

 こいつは良い馬だった。

「まずまずだな」

 アカツキはつい意地になってそう言ってしまった。魔族の産物を良いものだと認めるわけにはいかなかったからだ。

「ストームはアカツキ将軍に出会えて良かったって言ってるよ」

 リムリアが肉食馬の長い首を撫でながら言った。

「お前はここで何をしているんだ?」

「あたしね、ただアカツキ将軍の帰りを待ってるだけなのもつまらないから、仕事もらったの。お馬さんのお世話だよ。掃除にご飯にブラッシング、お馬さんがたくさんいるから大変だけど、みんなと喋るの楽しいから苦にはならないわ」

 物好きな女だ。アカツキはそう思った。だが、お姫様よりはこう甲斐甲斐しく逞しく明るい女性の方がアカツキは好みだ。しかし、目の前の女はあまりにも少女の面影が残り過ぎる。

 背後で足音がした。

 振り返ると、魔族の老爺がいた。作業服だろうか、上下とも色の薄れた青一色の服を着ていた。

 老爺とは言ったが腰は曲がっていない。笑顔でこちらを見詰めている。

「あなたがアカツキ将軍ですな?」

「そうだ」

 すると老爺はゆっくりと跪いた。

「私はこの厩舎の管理人のウォズと申します」

「ウォズ殿か」

「殿だなんて、恐れ多い」

 年配だったため思わず敬称をつけてしまったが、ウォズ老が否定した。

「リムリアの言った通り、ストームめはアカツキ将軍のことを大変お気に入りの様子です」

「そうか」

「そうですとも。前の乗り手も――」

 話が長くなりそうだったのでアカツキは言葉を挟んだ。

「悪いがやらねばならぬことがある」

「そうでしたか、それはそれは」

 ウォズが申し訳なさそうに言うと、アカツキは老爺だけに聴こえる様にすれ違いざまに応じた。

「リムリアのことよろしく頼む」

「お任せください」

 ウォズ老も頷いた。

 アカツキは厩舎を出て城へ入った。

 警備の兵達が目を丸くした。

「えっと、アカツキ? アカツキ将軍! 大変申し訳ありませんがそのお姿ではお城に入れるわけには参りません」

「鎧を脱いで武器を渡せとでも言うのか?」

「そうではありません。血塗れのお姿では城内が汚れてしまいます」

「ならば、ちょうどいい。鎧の血を落とす故、洗い場へ案内してもらいたい」

「そんな、その様な事は配下の方々にお任せすれば――」

「俺はお坊ちゃんじゃない。洗い場へ案内してくれ」

「は、ではこちらへ」

 兵士に案内されたのは、城門の周囲を流れる小川だった。

 アカツキは石畳の上に座り、鎧に兜を脱ぎ、剣と斧を腰から抜いた。

 そして彼は鎧一式から洗い始めた。腰の巾着に入っている布切れを取り出し水で溶け出した血の痕を磨き始める。

 いつぞや、リムリアにお湯を持って来てもらったことを思い出した。その彼女とこうして魔族のために働いている。不思議な縁だ。

 城では皆心配しているだろうか。ラルフ、グレイ、ツッチー将軍にファルクス、バルバトス・ノヴァー太守。彼らが酷く懐かしく思えた。そして彼らが攻めて来たら、果たして自分はどちら側で戦うべきなのか。

 アカツキとしては捕虜達を連れ帰るまで、つまり十三の首級を上げるまで、彼らとの戦が起こらないで欲しいというのが願いだった。

 そのためにも急がなくては。

 時間がどんどん過ぎてゆく。昼近くになると辺りはすっかり静かになった。朝は戦から戻って来る将軍達がちらほら通ったようだが、今は無人だ。アカツキは斧の刃を常に携帯している砥石で磨き、今はダンカン分隊長の剣、カンダタに取り掛かっていた。

「こんなところか」

 真昼の太陽が大地を照らしている。アカツキは武器を左右の腰に差し、鎧兜を持って城へ入った。

 番をしている兵士は先程と同じ者だった。

「アカツキ将軍、どうぞお通り下さい」

 二人の兵士は道を開けた。

 彼は部屋へ向かった。

 馴染みのない回廊を行き、部屋へ辿り着く。

 開けると、ベッドの上でリムリアが眠っていた。

 アカツキは溜息を吐いた。

 こいつは何がしたいのだろうか。

 起こそうと思ったが、不意に感が過ぎり外に出た。

 そう、そこはリムリアの部屋でアカツキの部屋は隣だったのだ。

 紛らわしい内装が悪い。

 扉を静かに閉じ、アカツキは自室へ戻ったのだった。

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