十三話

 混乱する兵達を沈静させる声が聴こえる。

 何処だ? 何処から聴こえる!?

 アカツキは剣を振り回し統制の戻りつつある敵兵を斃して先へ先へと進む。

 左右から凶刃が迫ると、それらを電光石火の如く弾き飛ばした。

「どけどけ! 雑魚に用は無い!」

「アカツキ将軍、ストームは賢い馬です。あなたが手綱を操らなくともその意を察することができるでしょう」

 ガルムが言った。

「何が言いたい?」

 馬上で血の雨を降らせながらアカツキは横目で尋ねた。

 するとガルムは手にしていた戦斧を投げてよこした。なかなかの重量のある斧だ。

「これであなたの手数は増えました」

 二刀流か。アジーム教官ほどではないが。俺にだってできる。

 ストームは首を下げたままだった。まるで存分に薙ぎ払ってくれと言わんばかりだ。

 アカツキは咆哮を上げて剣を、斧を薙いだ。

 千切れた腕が、武器が、首が流血と共に宙を舞い続けた。その下をアカツキは突き進んで行く。

「落ち着け! 飛び込んできた敵は寡勢だ! 挟み込んで攻めれば良い!」

 居た!

 深紅の外套を振り乱し、剛槍を振り回して混乱の収拾に努めている。

「その首貰った!」

 アカツキは声を張り上げ武器を振るい血風を巻き起こして疾走した。

「ん!? お前か別動隊の指揮官は!?」

 敵将がこちらに気付いた。

「デルフィン配下の猛将グデルですね」

 ガルムが言った。

「アカツキ将軍、敵の乱れが戻りつつあります! 急いで!」

 スウェアが声を上げる。

「分かっている! 駆けろストーム!」

 ストームは疾駆した。

「我が槍の贄となれいっ!」

 敵将グデルも馬を走らせた。

 両者は打ち合った。火花が散った。

 力だけはある。それがアカツキの感想だった。

「これでも喰らえ!」

 グデルが槍を高速に幾度も突き出したが、アカツキは全てを見切って両手の刃を合わせて受け止めた。

「ぬうっ!?」

 グデルが呻く。

 アカツキは素早く馬を寄せて両手の剣と斧とを頭上から振るった。

 グデルは二つの刃を槍で受け止めると、ニヤリと口元を歪ませた。

「貴様の力は俺に遠く及ばぬわ!」

 グデルが大音声と共に槍を薙ぐ。

 アカツキは二つの刃で受け止めた。片腕では正直、競り負けてしまうだろう。

 慣れ親しんだ両手剣さえあれば……。

 いや、俺はこれからはダンカン分隊長のこの剣を使って行くことに決めたのだ。

 猛烈な一撃をアカツキは避けると、間合いが広がった。

 グデルの槍の最大の間合いだった。

 勝つには再び接近しなければなるまい。

 カカカカッ、と哄笑するクデルを前にストームが突進した。

 そうだ、それで良いぞ! 我が駄馬よ! そうするしかないのだからな!

「死ねえいっ!」

 槍が突き出される。

 アカツキは二つの刃でそれを受け止めると力いっぱい押し上げた。

 石突きのめいいっぱいを握っていたグデルの槍が不安定に力を失い軌道を逸れる。

 一瞬だった。

 ストームが駆け、斧が煌めく。大きく目を見開いたグデルの兜首が宙を舞った。

 血を散らし舞い落ちるグデルの兜首をストームが首を伸ばして咥えた。

 アカツキはそれを受け取りガルムを振り返った。

「この程度の男だが、十三の首には入るか?」

 そう尋ねるとガルムは道化の仮面の下で軽く笑った。

「おめでとうございます。入りますよ」

「そうか」

 すると周囲の敵勢が俄かに慌ただしくなった。

「聴け、貴様らの大将グデルの首は我らがアカツキ将軍が頂戴したぞ!」

 その大きな声で副将スウェアが叫んだ。

 アカツキの兵達が鬨の声を唱和する。

 すると敵兵の主に後方、三分の一が戦意を失い逃走しはじめた。もう三分の一は踏み止まるべきか逡巡しているようで、もう三分の一はこの状況を知らず今もヴィルヘルム隊と死闘を繰り広げていた。

 しかし、恐怖と戦意の喪失は瞬く間に伝染する物だった。逡巡していた者達も逃げ始め、戦っていた者達も背後の異変、状況、自分達の立場に気付いたようだった。

「アカツキ将軍!」

 スウェアが言った。

 アカツキは舌打ちし声を上げた。

「逃げる奴は放って置け! 俺達はヴィルヘルム隊を救うぞ!」

「おおっ!」

 魔族の精兵達が声を揃えて応じた。

 そして文字度通り、アカツキを先頭として肉壁の中を突き進んだ。

 アカツキは剣と斧とを夢中になって振るっていた。

「悪鬼だ! きっと奴が暗黒卿だ!」

 敵兵達が震えて道をあけて逃亡する。立ち向かう勇気のある者もいたがアカツキの手によって、あるいはアカツキ隊の精鋭達の手によって葬られた。

「押せ押せ!」

 ようやくヴィルヘルムの声が聴こえるところまで来た。

 戦っていた残り僅かの敵兵は投降した。 

 原野には屍と血溜まり、身体の一部や、乗り手を失い放浪する馬の姿があった。

「アカツキ」

 ヴィルヘルムが馬を寄せて来た。

「真っすぐ俺を助けに来てくれるとは思わなかったよ」

 ヴィルヘルムが言った。

「お前が死ねば俺の功が無くなる」

「そうか、手柄を上げる気になったか」

 ヴィルヘルムは嬉しそうに言った。

「しかし、お前の有り様は凄いな、全身血塗れで、敵兵が悪鬼だと騒いでいたのが良く分かるよ」

 アカツキは応じなかった。背後を振り返り、ガルムに血の滴る斧を差し出した。

「いえいえ、それはアカツキ将軍がお使いになられて下さい。悪鬼アカツキ、あなたに良く似合いますよ」

 ガルムは道化の仮面の下で忍び笑いをもらした。

 確かにこの斧はアカツキが振り回すには丁度良い斧だった。

 兵達が捕虜を魔法陣の向こうに連行するのを見守っていると朝日が上り始めた。

「太陽か。ちょうど眠くなって来たな」

 伸びをしながらヴィルヘルムが言った。

 その言葉を無視しアカツキは副官を振り返った。

「隊の死傷者は?」

「死人は無し。重傷者が六十八名です、将軍」

「重傷者には国から補償は出るのか?」

「出ますよ。復帰するまでの間なら」

 アカツキは耳を疑った。

「復帰?」

「ああ、アカツキ将軍は御存じないかもしれませんが、我々魔族は例えば腕を失ってもある程度の時間はかかりますが、また生えてくるんですよ。足もですがね」

「生える?」

「ええ、ですから将軍の首を飛ばす戦い方は正解です。さすがに首までは再生しませんからね」

 スウェアが笑いながら言った。

「しかし、将軍お優しいですね。部下の事をしっかり気に掛けてくれるんですから」

 スウェアが言うと、アカツキは照れるのを抑えてそっぽを向いて言った。

「お前達はよく戦ってくれたからな。その点を認めただけだ」

 ヴィルヘルムとガルムが顔を見合わせ、笑い声を漏らし、アカツキは舌打ちした。

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