十二話

 光りの先には原野が広がり、肉食馬に乗った騎兵達の影が蠢いているのが確認できた。

 闇の者共は夜に行動し昼には眠る。しかし、アカツキは目が良い方だが、夜目が利くわけでも無かった。幾ら闇の者とはいえ味方を斬りたくもなかったし、斬ればアムル・ソンリッサが黙っていないだろう。

「フフフッ、アカツキ将軍、お困りの様ですね。さぁ、この兜をお被りになって下さい。あなたの困りごとが解決しますよ」

 ガルムが馬を寄せてきて言った通り兜を渡してきた。

 暗くて形状までは良く見えないが変わった兜に思えた。

 アカツキは兜を無くしていたのもあり、止む無くそれを被った。そして驚いた。周りの風景が良く見えるのだ。まるで昼間の様だ。

「どうです? お気に召しましたか?」

 その問いにアカツキは応じなかった。

「アカツキ、ガルム殿、お待たせした」

 魔法陣からヴィルヘルムが馬を飛ばして到着した。

「ここはパストーネの野。我が軍の領地だがもうすぐ敵が来るだろう」

 ヴィルヘルムが言った。

「こちらは二万、相手は六万と言ったな? 勝つ気はあるのか?」

 アカツキが尋ねると大将のヴィルヘルムはこちらを真っ直ぐ見て答えた。兜から青い髪が覗いている。

「それはアカツキお前にかかっている」

「何だと?」

「そうだ。お前に五百の精鋭をつけてやる。俺は残りの兵を率いて敵の六万を引き付ける」

「俺に敵の脇腹から突っ込ませて大将を討ち取らせるつもりか?」

 アカツキが難を示しながら尋ねるとヴィルヘルムは言った。

「そうだ。有力な将の首を狙うのだろう? 悪い話では無いと思うが」

 その答えを聴きアカツキはヴィルヘルムを殴りつけたくなった。

「あの暗黒卿殿の腕を斬り落とした、お前の剣の腕前を信じている。それに死んだとしても戦場で死ねたのだ。戦士として名誉なことだろう?」

 ヴィルヘルムは琥珀色の瞳を真っ直ぐ向けて来て朗らかに微笑んだ。

 アカツキは舌打ちした。

「とりあえず東方向の草むらに五百を待機させてある。言わなくても分かるだろう、お前の隊だ。任せた」

 ヴィルヘルムが言い終わるとアカツキは魔族の若者の友好的な視線を避けて東へ馬を飛ばした。

 ふと振り返るとガルムが後に続いている。袖の広い導師服から覗く腕は細いくせに戦斧を片手に提げていた。

 アカツキは前を向く。駆けに駆けて兵達が待機している姿を見付けた。

 兵達は馬を降り身を伏せている。馬も伏せの状態だった。

 彼が到着すると兵達はヒソヒソと話し合っていた。

 アカツキは自分が本来なら相対する光側の人間のため、彼らは容易に言うことを聴いてくれないだろうと最初から考えていた。元より自分一人で戦をやるつもりだった。

「あなたがアカツキ将軍で?」

 一人が寄って来て尋ねて来た。

「そうだ」

「私はスウェアと申します。ヴィルヘルム様よりこの隊の副官に命じられました」

「そうか」

 アカツキはそれだけしか答えなかった。

「将軍、失礼しながら見くびらないで下さい。私達は精鋭中の精鋭、剣術、槍術、弓術などなど、暗黒卿様直々に伝授されました」

「そうか」

 アカツキが言うとスウェアは引き下がって行った。

 アカツキも馬を下り心許ない草むらに身を伏せた。ストームも伏せた。賢い馬だと思った。

 兵達は黙り込み前を向いていた。

 副官か。ラルフとグレイが懐かしいが、このスウェアという男を俺は信頼することができるだろうか。

 アカツキは片手剣カンダタを抜き、胸の内で呟いた。

 ダンカン分隊長。どうか俺に武運を。

 すると凄まじい馬蹄が木霊した。土煙を上げて前方から一気に迫って来る。その無数の蟻のような影が、同じく少数の蟻の影、ヴィルヘルム隊と衝突した。

 喧騒、剣戟の音、凶暴な肉食馬の鳴き声と思われる唸り声がこちらまで轟いた。

 命じる前にストームが立ち上がった。

 アカツキはその背に飛び乗った。

「魔族共、ついて来るも来ないも自由だ! 俺は行くぞ!」

 アカツキは馬腹を蹴った。

 ストームが駆ける。

「将軍の後に続け!」

 スウェアと思われる声が後方から轟き馬蹄が木霊した。

 ヴィルヘルム隊、約二万は善戦している。まだ包囲はされていない。

 俺としたことが、何故、奴の心配をする必要がある?

 アカツキは自分の気持ちを振り切る様に敵勢の中軍の横腹目掛けて突進した。

 ストームは足を止めなかった。アカツキの意を察したかのように猛然と速度を上げて敵に肉薄する。

「あ! 横から敵!」

 敵兵が声を上げた時にはアカツキは剣を薙いで二、三本の首を飛ばしていた。

 こいつらを斬って斬って斬りまくって大将首を取らねば!

 アカツキは剣を走らせ肉壁を崩し血煙の中を掻い潜って行った。

「そこ行く豪傑、我と勝負しろ!」

 敵将が雑兵を掻き分けて現れた。

 アカツキは剣を振り回し血糊を飛ばした。

「将軍、雑魚はお任せください!」

 スウェアと兵士達が周囲の雑兵と斬り合っていた。

 何故、敵対していた俺にお前は忠実のなのだ。

 ヴィルヘルムの朗らかな笑みを思い浮かべる。

 その笑顔をどうして俺に向けられる?

 何故だ。

「行くぞ!」

 敵将が槍を振り回し迫ってきた。

 アカツキもストームを駆けさせた。

 突き出された槍をかわす。ストームはアカツキの思う通りそのまま進んでいた。

 すれ違いざまに剣を振るい首を刎ねる。

 宙を舞う兜首をストームが首を伸ばして咥え、アカツキに差し出してきた。

「残念、有力な将ではありませんね」

 後ろでガルムが言った。

「何だと?」

「有力な十三の首には入りませんよ、それ」

「ちっ。お前達にくれてやる」

 アカツキは左右を斬り開く部下達の右側に向かって投げた。

 だが、誰も首に執着しなかった。兜首は虚しく地面を血の道を作って転がりやがて止まった。

 それをガルムが回収し、馬の鐙の脇に提げていた麻袋と思われる大きな袋に入れた。

「もっとだ! もっともっと押しまくれ! アカツキ将軍が敵の大将にたどり着けるように!」

 スウェアが叱咤激励した。

 アカツキは舌打ちし、向かってくる敵の騎兵の首を次々刎ねて再び敵勢の中を斬り進んだ。

「よくも、我が弟を!」

 再び敵将が現れた。片手剣を手にしている。

 兜は将らしく形が雑兵とは違っていた。

 今度こそは!

 アカツキは駆けた。

 そしてストームが首を下げると同時に刃を振るった。

 数合打ち合った末に、アカツキは敵の剣を弾き飛ばし、呆気に取られる敵将の首を刎ねた。

 今度も兜首をストームが口で取ってアカツキに渡した。

「こいつは?」

 アカツキはガルムに尋ねた。

「残念。またも凡将ですね」

 どこか嘲笑うようなその答えを聴き、首を捨てるために放ると、その首はガルムが広げた麻袋に吸い込まれていった。

「せっかくの手柄をみすみす御捨てになりませんように」

 ガルムが言った。

「俺は十三に値する首にしか興味はない」

「いけませんよ。そんなことではいつまでも末将のままです。私達を認めさせる働きを築き上げて出世していただきたいものです」

「出世だと? こんなところでは興味はない」

「フフッ、良いんですか? あなたの思うままの戦いがしたいのなら、大将になる必要がありますよ。ヴィルヘルム様のようにわざわざあなたを気遣うような人ばかりでもないのです」

「俺は俺の戦いをする」

「軍規に違反して罰を受けますよ」

「それがどうした。十三の首さえ取れれば――」

「罰則はあなたが反省しなければ意味がありません。あなたを反省させるには、そう、あなたを信じ待っている捕虜達にも及ぶかもしれませんね。それか、あの娘、リムリアか」

 矢が飛んで来たが、ガルムが軽々と戦斧を振るい弾き落とした。

 アカツキはガルムの道化の仮面と睨み合うと舌打ちし馬を飛ばした。

 何にせよ、急ぐ必要がある。敵が混乱している間こそ、大将首を上げる最初で最後の機会だ。

「将軍に続け!」

 スウェアの大音声が後に轟いた。

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