十一話
「アカツキ将軍!」
最初、彼女はこちらに駆けてきて、胸に飛び込んで泣くものばかりだと思っていたが、実際は明るい笑みを浮かべてゆっくり歩んできただけだった。見たところ目立った外傷はない。アカツキは内心安堵していた。
「どうして俺の後を追ってきた?」
アカツキは今更ながらとは思ったがリムリアに尋ねた。
「あたしには敵の考えていることが分かったから。ラルフ副将軍も、グレイ副将軍もそうだったみたい。偶然あたしがアカツキ将軍を追う役目になっただけだよ」
ラルフにグレイ。その名が酷く懐かしく思えた。
二人は回廊にいた。アカツキはヴィルヘルムに部屋に案内されているところだった。
「後は道すがら話してくれ」
ヴィルヘルムが言った。緑色の肌をし琥珀色の瞳をした青い髪の端正な顔を持つ若い男だった。そうしてヴィルヘルムの後を結局二人は黙ってついてゆくことになった。
部屋は豪華絢爛というわけでは無かった。机に椅子、ベッドが詰め込まれた少々窮屈な部屋だった。だが、アカツキは別段文句は言わなかった。最低限の物が置かれているだけで充分だ。窓もあるが、外は暗かった。
「君もついておいで。隣の部屋だけどね」
ヴィルヘルムが言うとリムリアは魔族の後に続き自分の部屋を見てニッコリしていた。
「アカツキ将軍と同じよ」
リムリアがこちらを見て言った。
アカツキは応じず、ヴィルヘルムに尋ねた。
「部屋は分かった。俺の剣を返して欲しい」
「お前の剣か。悪くないな」
背後からくぐもった声がし、振り返ると、暗黒卿が立っていた。手にダンカン分隊長の形見の片手剣カンダタを手にしていた。
それを差し出されるとアカツキは引っ手繰る様に受け取った。そして気付いた。鞘に収まっている。
「武器庫に丁度いい良い鞘があった」
「余計な事を」
「フフ、そうだな」
暗黒卿はそう言うとヴィルヘルムに目を向けた。
「デルフィンめが国境を侵して来たらしい」
「またですか」
「それを合図に各方面から侵略が開始された」
「すぐに出陣せねば! 陛下は何と?」
「ヴィルヘルム、お前はこのアカツキを伴ってデルフィンの侵攻を食い止めよとのことだ」
「そうですか、ではさっそく。うわっ!?」
若い魔族はそう言うと驚きの声を上げた。
「ウフフフッ」
女の様な声が聴こえ、見ると、新たに赤い人物が立っていた。
赤いフードを被り丈の長い赤い導師服を着ている。顔には道化の様な笑った目と口が描かれた仮面を被っていた。
「あ、ガルム様」
驚いたことにリムリアがそう声を上げた。
「アカツキ将軍、この方があたしを治療してくれたのよ」
だからと言って礼など言わぬ。元々彼女をおそらく俺にやったように痛い目に合わせたのは魔族共だからだ。
「何かあったか?」
暗黒卿が静かにガルムに尋ねた。
「陛下よりアカツキ将軍の目付け役に任じられましたもので」
ガルムは道化の仮面下から女の声を上げて嬉しそうに笑っていた。
「アカツキ将軍、これからよろしくお願いしますね」
そう言われアカツキは舌打ちを返した。
「そうですか、ならばさっそく魔法陣へ向かいましょう」
ヴィルヘルムが言った。
二
魔法陣とやらに向かう前にヴィルヘルムに案内されて厩舎へ寄った。
首が長く犬歯が覗く赤い目の肉食馬達が並んでいた。
「アカツキ、一頭選べ。大急ぎでな」
ヴィルヘルムが言った。
どれも立派な身体をしている。
と、リムリアが一目散に厩舎の中に駆け出し、一頭の馬を指差して微笑んだ。
「アカツキ将軍にはこの子が良いと思うの」
アカツキは歩んで行こうとしたが、ヴィルヘルムに急き立てられ仕方なく駆け出した。
これも立派な体格をしていた。
「何故、これが俺に良いと思うんだ?」
「アカツキ将軍のにおいを嗅いで、気に入ったんだって言ってるよ。ねぇストーム」
リムリアが馬に微笑み掛けた。
「ストーム?」
「このお馬さんの名前だよ」
するとヴィルヘルムが言った。
「驚いたな。確かにこいつの名はストームだ。前の乗り手も随分可愛がっていたが戦死した」
「前の乗り手なんぞ関係ない。精々扱き使ってやるぞ、肉食の駄馬め」
アカツキが言うと馬は狼のような遠吠えを上げた。
結局アカツキはストームに乗ることに決めた。そうして城外まで行くと、魔族の騎兵が勢揃いしていた。
「二万の兵だ。敵はきっと六万は越えているだろう」
「怖いのか?」
アカツキは魔族の若き将に尋ねた。
「いや、絶望的な戦なら何度でも経験した。今更怖くはないさ。それよりも」
ヴィルヘルムが振り返るとリムリアが一頭の肉食馬に乗っていた。
「彼女も同行させるのか?」
その問いにアカツキは溜息を吐き、リムリアに言った。
「お前は留守番だ!」
「あたしだってアカツキの将軍のお役に立ちたいんだもん!」
リムリアが応じた。
「邪魔なだけだ。絶対に来るな! 将軍としてお前に命じる!」
「アカツキ将軍のケチんぼ!」
リムリアはそう言うと馬を返して城下へ去って行った。
「健気じゃないか。それに可愛いし」
ヴィルヘルムが言った。
「戦はどうした? こんなことをしている間にもお前達の民の命が脅かされているのだぞ」
アカツキは無視してそう言うとヴィルヘルムは頷いた。
「そうだな。ガルム殿、魔法陣を!」
「分かりました」
どこから現れたのか、道化の面が頷くと、突如闇夜の空間に妙な紋様が描かれた赤く円く大きな光りが現れた。
アカツキが驚いていると、ヴィルヘルムが声を上げた。
「出陣!」
その声に合わせて次々騎兵達が光りの中へ飛び込み、姿を消してゆく。
「アカツキ、怖がらなくて大丈夫だ。さぁ、あれに向かって飛び込め」
ヴィルヘルムの言葉に逆に頭に血が上ったアカツキはやけっぱちになって愛馬となったストームを魔法陣目掛けて駆けさせ、跳び込んだ。
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