十話

「起きろ! 起きないか!」

 暗闇の中に声が轟き、顔を叩かれた。

 アカツキは自分が寝入っていたことに気付き、慌てて目を開けた。

 薄暗い空間だったように思えたが、壁に掛けてる幾つもの紫色の炎が煌々と燃え盛り、辺りを照らし出していた。

「俺は!?」

 アカツキは混乱しながら頭の中を整理し始めた。ツッチー将軍と敵を迎え撃って、自分は単騎になり網を被せられて……。

 捕縛された。

 アカツキは小さく息を吐いた。手を動かそうとしたが、後ろ手に縛られていた。

「もがくだけ無駄な事だ」

 聞き覚えのある声が言った。

 右を見ればそこには若き魔族の将が立っていた。

「ヴィルヘルム!」

 アカツキは声を上げたが、どうにもならなかった。

「静粛に。陛下のお出ましである」

 ヴィルヘルムはそう言うと跪いた。

 正面に段があり高い位置に玉座と思われる大きく立派な椅子があった。

 玉座の一段下には燕尾服を着た見覚えのある者がいた。

「サルバトール!」

 忘れもしない。若い時に、ダンカン分隊長の元にいたときに出会ったヴァンパイアだ。

 そして対になる様な位置にいたのはこれも目に焼き付いている魔族の最強の将、顔から足先まで甲冑や鉄の防具で隙なく覆われた暗黒卿が立っていた。

「殺すなら殺せ!」

 魔族達の本拠地へ連行されたのだと分かり、アカツキは覚悟を決めて叫んだ。

「それはお前の返答次第だ」

 凛とした声が響き、魔族の三人の将が跪いた。

 アカツキの隣を何者かが通り過ぎ段を上がって玉座に腰かけた。

「アムル・ソンリッサ!?」

 薄暗くもあり少々遠く正確には見えなかったが、長い髪を揺らして細身の身体を着席させる姿は女だった。魔族の女の君主と言えばアムル・ソンリッサしかなかった。

「お前がアカツキか?」

 アムル・ソンリッサが女性ながら威厳のある声で問い質してきた。

「黙秘する。殺すならさっさと殺せ。俺は死を恐れぬ」

 アカツキはそう応じた。

「なるほど。オークのような心意気を持った男のようだな」

 アムル・ソンリッサはそう言った。

「闇の一族と一緒にするな!」

 アカツキは怒鳴った。

「まぁ、良い。お前を生かすも殺すも返答次第だ」

 アムル・ソンリッサが言葉を続けた。

「暗黒卿の腕を斬り落としたのはお前か?」

 それはアカツキがやったことだが、魔族との答弁に嫌悪し黙秘した。

「間違いない。こ奴だ」

 暗黒卿が言った。

「そうか。ならば、腕は信用に値するな」

 アムル・ソンリッサが言い、アカツキは反論した。

「腕だと? 俺は魔族の手先にはならぬぞ! 殺せ、今すぐ殺せ!」

「ヴィルヘルム、案内してやれ。きっと気が変わるはずだ」

「はっ、陛下」

 隣でヴィルヘルムが驚くことに人間達と同じ敬礼をすると、アカツキに言った。

「立て」

「今すぐ殺せ!」

「良いから立たぬか! 将軍なのだろう? ならばお前には責任がある。それを見せてやろうと言うのだ! 聴け、ここで死んではあの女まで殺さなければならなくなるぞ」

 ヴィルヘルムは怒鳴った後、諭すように小声で囁いた。

 あの女?

 そうしてアカツキは思い出した。自分が罠に掛かった時、すぐ背後にリムリアの声があったことを。

 アカツキは立ち上がった。

 魔族の衛兵が五人ほど駆けて来て回りを固めた。



 二



 紫色の燭台が煌々と照らす長い回廊を歩き、アカツキは先頭を行く衛兵の後に続いた。

 そして見えて来たのは鉄格子、牢獄だった。

「中を見てみろ」

 ヴィルヘルムに言われアカツキは覗いた。

 中には人影があった。

 ヴィルヘルムが指を鳴らすと牢獄の中の壁に紫色の光りが点いた。

 人が十人ほどいる。

「ああ、あなたは間違い無い、アカツキ将軍!」

 牢獄の中からゆっくりゆっくり人影達が足の重りを引きずりながら正面に来た。

 誰も彼もが髪も髭も伸び放題だった。

「我々は諜報員です。隣の牢には戦闘中に捕虜になった兵士達がいます」

 一人が言った。

「アカツキ将軍だって!?」

 隣から声が聴こえた。

 アカツキは隣の牢へ駆けた。

 同じく牢の向こう側では足に重りをつけられた髪も髭も伸び放題の人間達がいた。

「アカツキ将軍、助けて下さい!」

 一人がそう言うと牢屋という牢屋から懇願しアカツキの名を呼ぶ声が聴こえた。

 一体何十人がこうして捕虜となっているのだろうか。ふと、アカツキはリムリアのことを思い出した。

「俺と共に捕まった女はどうなった?」

 するとヴィルヘルムが微笑んだ。

「乱暴なことはしていないだろうな!?」

 アカツキは頭突きを喰らわす勢いで若い魔族の将に迫った。

「安心しろ。彼女なら別室で丁寧に治療されている」

 アカツキは安堵したがその表情は見せなかった。各牢屋からはアカツキに助けを懇願する声が届いていた。

「もしや、アカツキ将軍、我々を裏切ったのではありませんか!?」

「違う! 断じてそれは違う!」

 アカツキはそう言い返すとアムル・ソンリッサが何を条件にしたいのかが分かった。

「必ずお前達を助け出し国に連れ帰る故、今しばらく辛抱してくれ」

「理解した顔だな。玉座へ戻るぞ」

 アカツキは再び連行された。背後からはアカツキの名を呼ぶ声が無数に木霊していた。

 玉座へ戻ると、アムル・ソンリッサが椅子に座りながら尋ねた。

「状況が分かったか?」

「彼らの命を保証する代わりに俺に何を望む? 情報か?」

 アカツキは尋ね返した。

「違うな。私はこの暗黒卿に深手を負わせたお前の腕を買いたいと言っているのだ」

「魔族の尖兵になれというのか!?」

「そういうことだ」

「俺は断じて人間とは戦わぬぞ! 例え捕虜達の命が失われてもな!」

「お前が相手にするのは我々と同じ闇の者どもだ。それなら問題あるまい」

 アカツキは黙した。魔族共の覇権争いに加われということだ。

「だが、我々にも誇りがある。いつまでもお前に頼ろうとは思わない。お前に与える条件は捕虜とお前の命と解放とを引き換えに敵国の有力な将の首を十三個奪って来てほしい。それだけだ。承諾するなら、臨時に下級の将軍位を設けお前を任命する他、一つだけ可能な望みを聴いてやろう」

 有力武将の首を十三個か。できないこともない。しかし、一つだけ叶えてくれる望みはどうする。

 アカツキは少し悩んだ末に言った。

「俺と共に捕まった女を自由にして欲しい」

 彼女を牢獄には入れたくなかった。その大きく無垢な青い瞳を淀ませたくは無かった。

「良いだろう。ただ逃げれば殺すがな。では、お前を臨時の最下級の将軍に任命する」

 アムル・ソンリッサが言った。

 と、ヴィルヘルムがアカツキの手を縛っていた縄を切った。

「よろしくな、アカツキ」

 若き魔族の将が気安く言ったが、アカツキは黙し、そして思い出したように声を上げた。

「俺の剣はどうなった?」

「あの剣ならちゃんと持って来てある。お前と一緒に捕まえた女が厳しく言ったのでな」

 ヴィルヘルムがそう言った。

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