五話

 光と闇は相容れない。すなわち降伏という文字は無い。

 城門を突破された闇の勢力は小勢ながら背水の陣で果敢に攻め立てていた。

 市街のあらゆるところで戦端が開かれていた。

 アカツキは疲労困憊の身体に鞭を打ち、夜明けの空の下、ゆらりゆらりと歩きながら、居合わせた戦場で加勢についた。

 そのうち兵達が次々合流し、急造のアカツキ兵団が完成した。

 こうなればアカツキは将として指示を飛ばすだけの役に徹した。戦士として今の状態の自分では返って部下達の足を引っ張りかねないと判断したためだ。

「掃討せよ! 後僅かだ! 僅かで我らの勝利は決まる!」

 叱咤激励し、士気を上げて後方で軍勢を指揮する。

 雄叫びに隠れながら地を駆ける足音が剣戟の交わる音が絶えず響き渡り、血が石畳を汚した。

「こちらはバーシバル軍団だ! そちらを指揮する将よ! 既に敵総大将は我らの手に落ちた!」

 齢六十間近か越えているだろうか。不思議と亡きダンカン分隊長を思い出させる男の声だった。

 アカツキ軍とバーシバル軍とは敵勢を前と後ろから挟み撃ちにしている格好だった。

 不意にバーシバルが驚くべきことを大音声で述べた。

「闇の勢力よ! 速やかに降伏いたせ、そうすればお前達を逃がすと我らが総大将はお考えだ!」

 降伏?

 アカツキもだったが、当然残った少数の闇の兵達も驚いた。

「どういうことです、バーシバル将軍!?」

 別段、降伏を認めることに異論はなかったが、何故そのような決断が下されたのかが当然将として気になった。

「おおっ、そっちはアカツキだったか!」

 軍勢が道を開きバーシバルが進み出て来た。

「実は先の戦での我が軍の捕虜達が見つかったのだ! 闇の勢力は捕虜を厚遇したらしい! だからこその総大将、バルバトス・ノヴァー殿の決定だ!」

 信じられないことだった。疑念が湧き、アカツキは声を鋭くして尋ねた。

「もしや、捕虜達はヴァンパイア化しているのでは!?」

「その痕跡は無いとのことだ!」

 バーシバルが返答する。

「そういうわけだ。アカツキ、道を開けろ、相手が手向かいせぬ限り、我らは必要分の糧秣を持たせて彼らが去るのを見送ることにする」

 アカツキは闇の者達を見た。

 疲れ切ってはいるが、まだ彼らから戦う意思が感じられた。

「ならば彼らを安心させる必要があります!」

 アカツキが声を上げると、バーシバルが声を張り上げた。

「闇の者達よ聴け! 降伏は既に認められている。城将ヴィルヘルムも既に釈放され、お前達、生き残っている者達の最後の一人が来るまで外で待っているだろう!」

「ヴィルヘルム様が!?」

 闇の者達が驚きの声を上げた。

「そうだ! お前達の大将がお前達を待っている! 武器は取り上げはせん、そのまま外へと向かうのだ!」

 バーシバルが畳みかける様に声を上げた。

 闇の者達の表情が変わった。悔しさか、命があったことに安堵したのか、もしかすればこちら側の寛大な処置に胸を打たれたのかは分からない。涙を流す者も幾人かいた。

 アカツキは心が痛んだ。

 複雑な心境だった。こんなことがあるとは思わなかった。

「道を開けよ!」

 アカツキは兵達に命じる。

 隊列が左右に分かれると、闇の者達は肩を落としながらその間を歩んでゆく。

 その背を見送ると、バーシバルが近付いて来た。

 温和そうで生真面目な顔は、老境に差し掛かったとはいえ、やはり亡きダンカン分隊長と被った。

「アカツキ、聴いたぞ、お前の大活躍を! その功が報われると良いな!」

 バーシバルは気さくにアカツキの背を叩いて笑った。



 二



 回廊の燭台に点る蝋燭の炎が紫では無く赤なのは光りの勢力がこの城を制圧した証だった。

 かつてはオーク達が支配し、その後をアムル・ソンリッサの軍勢が継いだが、今、この城の玉座の間にはこの戦を生き抜いた人間の将達が勢揃いしていた。

 玉座には総大将バルバトス・ノヴァーが座っていた。齢七十を過ぎても壮健で若者よりも男らしく逞しい。そして枯れることない美声の持ち主だった。

「諸将、御苦労だったな。念願叶ってこの城を手に入れることができた」

 バルバトスはそう言うと、言葉を続けた。

「論功行賞だが、第一の功を一番乗りを果たしたファルクス将軍とする」

 諸将と拍手を送りながらも、もともとアカツキは功などに興味は無かったが、今の彼の興味は末席に連なる自分の部下二人に向けられていた。

「第二の功は敵総大将を捕えたライラ将軍」

「はっ」

 うら若い女性が威厳ある声を上げて応じた。流れる長い金色の髪は一つに束ねられていた。相変わらず美しかった。アカツキは彼女を十六歳の兵卒時代から知っている。あの頃から一つも色あせぬ外見はエルフの血でも混じっているのだろうか。

「第三の功だが」

 バルバトスの優し気な目が、端に控え、片膝を付き、こうべを垂れている兵卒二人に向けられた。

「アカツキ将軍の配下ラルフとグレイとする。彼ら二人は協力して城内から門を開け放った。二人は今後は準将軍の位となり、アカツキ将軍の副将となることを命ずる」

「はっ! ありがたき幸せ!」

 二人が若い声を揃えて言った。

 こうして論功行賞は終わった。

「アカツキ!」

 兵の統制、兵糧の運び入れ、遺体の回収に埋葬、やることはたくさんあった。そんな戦後処理に向かう他の諸将に交じりながら、玉座の外へ出ると、ファルクスが声を掛けて来た。

 ファルクスはアカツキよりも幾つか年上だが、彼の頼みで敬語抜きで付き合って欲しいと言われている。長らく対等の戦友として歩んできた。

「部下から聴いたが、お前が俺の部下を一番乗りにさせてくれたらしいな。サンキューな」

 ファルクスは剥き出しの逞しい左腕に竜の入れ墨をしている。左耳には本物の獅子の牙だという装飾品をぶらさげていた。

「いや、礼を言われることでは無い。俺は俺自身のために戦っただけだ」

 アカツキは正直に応じた。

「そう言うなよ。俺の気持ち、素直に受け取れって! なぁ、可愛くないぞ、アカツキちゃんよぉ!」

 頭をぐしゃぐしゃと撫でつけられ、アカツキはようやく苦笑した。

「分かった、受け取る」

「それで良いんだ」

 ファルクスは笑った。

 ファルクスは手を振って去って行った。

 アカツキは溜息を吐いた。ファルクスは良い奴だ。だが、時折、鬱陶しくも感じる時があった。しかし、それでも友には恵まれたと感じている。無論、部下にも。

 アカツキは後ろで佇立している二人の副将を振り返った。

「昇格できて良かったな」

 アカツキが言うと、ラルフの方は表情をほころばせて応じた。

「アカツキ将軍のおかげです! 戦の詳細を聴きました。将軍が敵勢を引き付けてくれたからこそ、私とグレイは門を開けることができたのです」

 グレイは冷静な瞳を向けるだけだったが、感謝の念をアカツキは感じた。

「どんな形であれ功を掴んだのはお前達自身の力だ。今後とも俺を支えてくれ」

「はっ!」

 一つは勢いのある声、もう一つは渋さを帯びた声、二つの声が威勢よく応じたのだった。

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