六話
戦後処理の後、まず初めに手を付けたことは、この平城の周囲に堀を巡らすことからだった。
かつて支配していたオーク達が堀を作らなかった理由は闇の者でありながら彼らとも光の者とも違う彼らならではの武人気質であった。卑怯な手は使わない。弓も攻城兵器も使わない。堂々と剣で勝負を決めようという強固な意志の賜物の現れの一つであった。
そして次に支配した魔族勢が何故、堀を設けなかったか、それは掘らせる暇を与えずこちら側が幾度も侵攻したためである。包囲し激しく攻め立て、暗黒卿率いる援軍が現れると途端に戦況はひっくり返る。その繰り返しだった。
今度はこちら側が城を取った。こうなるとかつてのことをやり返されるかもしれなかった。
つまりは堀に手を付ける前に城を取り戻そうという動きがあるかもしれない。
斥候部隊が絶えず闇の者達の進路を探り、腕に覚えのある諜報員が敵地に紛れ込み、情報収集をして帰ってくる。
だが、その前に既に太守バルバトス・ノヴァーは堀を掘ることを命じたのだった。
何せ広い城塞都市である。兵士達は総動員され、将軍達も指揮する傍ら、自ら参加し兵を激励した。
数日後、アカツキも土まみれになりながらスコップを突き立て土を掻き出していた。
頭上から紐につらされた天秤の皿の様な物が下りて来る。それに掻き出した土を入れると、上で引っ張り上げて土を排除する。それの繰り返しだった。
「みんな、頑張れ! 地道な作業だが、近い将来ここをヴァンピーアのような俺達の都にするためにはこの地道な積み重ねが必要不可欠だ!」
アカツキは作業に従事する兵達を励ました。
何せどこかの箇所では太守であるバルバトス・ノヴァーも老体に鞭打って自らスコップを手にしているという話を聴いた。アカツキはそれだけでも鼓舞される思いだった。教官アジームに畏敬の念を抱くのと同じようにバルバトスにも感心した。そしてまた別の箇所ではサグデン伯爵もスコップを振るっているという。サグデン伯爵も昔は猛将であり猛者だったが、今ではバルバトス太守以上の老齢だった。
年寄り達が必死に若者達を励ましているのだ。負けてはいられない。口には出さなかったがアカツキの心は感動で燃え盛った。
二
明朝、目覚めると出仕の用意を自分で済ませ、朝食の前に玉座の間に向かう。
玉座にはバルバトス・ノヴァーが座り、疎らに将が左右に佇立していた。
「アカツキ将軍、おはよう」
バルバトスが美声で言うとアカツキは一礼した。
「おはようございます、太守殿」
そして左側の列に入った。隣にはファルクスがいて大欠伸をしていた。
「俺の方が起きるの早かったみたいだな」
「寝るのは遅かったようだがな」
そして将が揃うのを待つ。
さほど時間も掛からず将達が勢揃いした。
「今日もまた皆の顔を見れて何よりだ」
バルバトスが言った。
「全くですな」
最高齢のサグデン伯爵が背筋を伸ばした姿勢を保ちつつ頷いた。
「さて、まずは諜報員の方から報告があった。闇の群雄達は反アムル・ソンリッサ同盟を結んだそうだ」
それを聴いて声を上げる者が幾人かいた。
「おい、つまり、どういうことだ?」
小声でファルクスがアカツキに尋ねて来た。
「アムル・ソンリッサは四方、いや、八方に交戦的な敵国を抱えたということだ」
「んで?」
「我らを攻めに来るほど兵を割けぬわけだ」
「ああ、じゃあ、スコップで掘ってても邪魔が入らないわけか!」
ファルクスが言うと、アカツキは苦い顔をした。声が大きい。
そこにバルバトス・ノヴァーとサグデン伯爵が笑いを上げた。
「ファルクス将軍が申した通りだ。我々は我々の作業に没頭できると言うことだ」
太守バルバトス・ノヴァーが言った。
「念のため新しい国境付近にはライラ将軍とグシオン将軍の五万が牽制に出ている。アムル・ソンリッサがこちらを大事と見るかは分からぬが、ひとまずは猶予が出来た。この機会に城の防備を重点的にしよう。諸将には、今日も土にまみれてもらうからな」
バルバトスが言うと、アカツキも諸将も頭を下げた。
まだ安全が確保されていないため兵士以外の姿は無かった。
料理人もいるわけでも無く、アカツキは兵糧の乾燥肉とビスケットのようなパンをかじり、粗末な朝食を終える。
深紅の外套も泥だらけだが、洗ってくれる者もいない。
アカツキは几帳面な父の姿を思い浮かべた。
使ったものの手入れや清掃は常にしていた。
父と言えば――。アカツキは腰の剣を抜いた。父の形見は刀身の半ばから圧し折れている。暗黒卿にやられたのだ。
いい加減、俺も間に合わせの剣を探さなきゃな。
アカツキは部屋を出て回廊を進み、城の出口へ来た。
ここへ来るとついつい思い出す。ダンカン分隊長の死んだときのことを。
「では、誰が奴を止めるのです!?」
「俺に任せてくれ」
あの時のやり取りが思い出される。
クソッ、俺が生意気にも余計なことを言わなければ、ダンカン分隊長は名乗り出る必要も無かったのだ!
クソッ、クソッ!
不意に朝の陽光が何かを煌めかせた。砂金などでは無い、もっと大きく反射している。
アカツキは何だと思い、足を進めた。
それは一振りの剣だった。片手持ちの剣だ。それが石畳に転がっていた。
刀身は汚れているが鍔が綺麗だったのでそこに反射していたようだ。
この剣は――。
アカツキの脳裏をダンカン分隊長の温和な顔が過ぎり感動が身を震わせた。
「カンダタ。お前、カンダタか!?」
忘れもしないダンカン分隊長の愛用の剣だった。あれから何十年とここに放置されていたのだろう。
ふと、肩に手を置かれた。
穏やかで生真面目そうな顔の壮年の男が立っていて頷いた。
「ダンカン分隊長!?」
アカツキは驚いて振り返ったがその姿は既に無かった。
剣に幻想を見せられた。
それにしてもとアカツキは悩んだ。これをどうするべきだろうか。父の形見としてラルフに打ち明けて渡すべきだろうか。
「使ってあげなよ、アカツキ将軍」
柔らかな女の声が言った。
見れば甲冑に身を包んだ少女とも言えるほどの風貌の女が立っていた。
女は微笑んでいた。
「お前は?」
アカツキが尋ねると女は悪戯っぽく笑って応じた。
「あたし? あたしは剣の妖精」
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