四話

 月光の下、白刃が輝き、絶えることなく断末魔の声が轟いた。

「侵入者だ!」

「一体どこから!?」

「西側だ! 西方から奴は来たぞ!」

 薄闇の中、情報が錯綜する。

 アカツキはそんな敵兵を斬って斬って斬り進んだ。

 途中で切れ味が悪くなった剣を捨て敵兵から戦斧を奪い、今はその重厚な武器を両手で握り締めて振るっていた。

 分厚く頑丈な刃は敵の鎧兜ごと断ち切ることができた。

 駆け回り、切り崩し、あるいは切り結び、アカツキは疲労を覚え呼吸を荒げて一息吐いた。

 こんなところで休んでいる暇は無い。早く門扉を開かなければ、戦は終わらない。

 そんなアカツキをグルりと囲んだ敵兵が一斉に襲い掛かって来た。

 アカツキは両腕に力を入れ斧を旋回させた。

 無数の首が転がった。周囲に立ち尽くしていた胴体は首から血煙の影を上げてよろめいて倒れた。

「たった一人でこれほどまでやるとは、貴様は人間だろう? 人間を非力と侮っていたわ」

 月明かりが一人の男を照らし出す。

「マシニッサ将軍、将軍、御自らが出る幕ではありません、ここは我々が!」

 魔族の兵達が次々集ってくる。

 と、背後から鬨の声が轟いた。

「アカツキ将軍! ご恩を返しに参上しました!」

 ヘンリーが幾つかの分隊を率いて合流してきた。西側の城壁はアカツキが一人で殲滅したため、邪魔する者もなく兵達も侵入できたのだろう。

 光と闇の軍勢、いや集団は睨み合った。

「貴様、将だったか。なるほど、ならばますますその首が欲しくなったわ! 我と一騎討ちをいたせ!」

 魔族の将マシニッサが言った。

 アカツキは呼吸を整えながら戦斧を担いだ。

「貴様に構っている暇は無い」

「暇は無くとも私は立ちはだかっている。斃さぬ限り通させぬぞ」

 敵将マシニッサが言った。

「なら目障りだ。死ねぇっ!」

 アカツキが雄叫びと共に地を蹴り戦斧を振るってマシニッサに躍り掛かった。

 大上段から振り下ろされる一刀両断を、マシニッサは重々しい槍の柄で受け止めた。そして一笑いの後、素早い突きが連続で繰り出される。

 アカツキはそれを辛うじて避け続け、相手の実力を知った。こいつは名ばかりの将ではない。

「行くぞ、光の者よ!」

 マシニッサが槍を薙ぎ、アカツキは沈む、それを刺さんとする続けざまの一撃を跳ねて後方に避けると、突きが襲ってきた。鋭い風切り音を上げ槍先がアカツキの右頬を掠めた。

「ほぉ、よく動くな」

 マシニッサが言った。

 アカツキは無言でジリジリ迫りながら相手の出方と隙を窺った。

 マシニッサも同様に見えた。

 周囲では巻き込まれぬよう空間を開けて兵達がぶつかっていた。

「このまま睨み合っていても詰まらぬ、行くぞ!」

 アカツキの背後から光側の援軍が来るのを焦ってか、マシニッサが槍を振り回しアカツキに迫って行った。

 風が唸る。

 アカツキはその槍を武器で受け止め、弾き飛ばすと、戦斧を敵目掛けて両腕で力の限り投擲した。

 斧はグルグル回転しマシニッサの鎧にぶつかった。

「何をトチ狂ったか、自ら得物を手放すとはな」

 その時には既にアカツキはマシニッサの槍を掴み取り、引っ張り上げていた。

「何だと!? 貴様、我が槍を奪うつもりでやったというのか!?」

 マシニッサと力比べが始まった。

 アカツキは全身全霊の力を身体中に入れ槍を引っ張る。マシニッサも奪われんとばかりに力いっぱい引いている。

 と、アカツキは手を離した。

 突然の事にマシニッサはよろめき倒れる。

「しまっ!?」

 その声がマシニッサの最期となった。

 疾駆し距離を一瞬で詰め、素早く斧を拾い上げたアカツキがその首目掛けて刃を振り下ろしたのだった。

「アカツキ将軍、やりましたね!」

 兵卒達が鬨の声を上げた。

 アカツキは斧の刃が血でベッタリなのを月明かりで確認すると放り捨て、今度こそマシニッサの槍をその手に収めた。

「我が道を阻む者は、尽くあの世へ行くと思え!」

 アカツキは未だ高揚する気持ちと共に吼え声を上げると槍を振るい敵兵に斬り込んで行った。

 突いては、刎ね、斬り裂いては、突きの繰り返しだった。

 武将マシニッサを斃したためか、城内にいる敵兵達がこぞってこちらに集中していた。

 あるいは、俺達がここで敵を引き付け他が手薄になれば、運よく侵入した誰かが城門を開けるやもしれん。

「俺の周囲には入るな! 夜ゆえ、姿が確認できん! 誰彼構わず首を刎ねるぞ!」

 アカツキは声を張り上げ、槍を振るった。

 アカツキは結局夜更けまで武器を振るっていた。

 マシニッサから奪い取った槍もずいぶんもったが血のりで鋭さが落ちたため、敵兵から奪い取った片手剣、手斧など順々に拾っては振るい、捨ての繰り返しで、今は両手持ちの剣を握っていた。

 父の形見よりも軽いが、やはり慣れ親しんだ両手剣がしっくり来る。

 いつの間にかアカツキを先頭に軍勢が形成されていた。

「アカツキ将軍に続け!」

 声が上がるも、未だ周囲は暗く、闇の者の目は利くが、人間の目では誰が敵で味方なのか判別が難しく、所々で問答する声が上がっていた。

 疲労も困憊だが、気力を振り絞り腕を振るう。

 その時だった。

 階下から鬨の声が上がった。

 どうやら時間は掛かったがアカツキの目論見通り、手薄になった場所から侵入した誰かが門扉を開いたのだ。

 足音が無数に木霊し、敵兵とぶつかったようだった。

「アカツキだな!?」

 やがて聞き覚えのある声が敵勢の向こう側から聴こえて来た。

「ツッチー殿か!?」

「おう、そうだ! 言ってやりたいことはあるが、まずは御苦労だった。今すぐ、この場を併呑して見せる故、そこで見ておれよ!」

 先輩武将の心強い言葉にようやくアカツキの中にあった鬼が消えた。代わりに疲労が全身を蝕み、アカツキは剣を突き立てて身体を預けた。

 敵は後方から来たツッチー将軍が言葉通り蹴散らした。

「アカツキ、お前の陣所が空なのを見て我々は驚いたぞ。ただ総大将はある程度予測はしていたらしいがな。だからきっとお前を叱責せぬだろう。なので俺が言うぞ。お前のやったことは将のすることではない!」

「分かっております。反省しております」

 アカツキは素直に述べた。

 するとヘンリー達、分隊が集まり口々にアカツキ将軍の活躍が無ければこうはならなかった。自分達はアカツキ将軍に命を助けられたのだと述べ始め、ツッチー将軍に寛大な処置を頼み込んでいた。

 ツッチー将軍はわざとらしく悩むふりを見せ、良いだろうと言った。

「俺が総大将に掛け合って、アカツキの責務を不問とすることを願い出てみよう」

 兵達が口々に礼を述べた。

「さぁ、戦はまだ終わっては無い。お前達も我らに続け」

 ツッチー将軍が兵を率いて闇の中に消えてゆく。アカツキは一人その場に取り残された。

 そして全身から力が抜け崩れ落ちた。

 荒々しい呼吸を整える。酷使したため肩が腕が激しく痛んだ。足も棒に成り果てていた。

 空を見上げる。

 満点の星が瞬いていた。しばし、その雄大で神秘的な景色に心を奪われた後、それに励まされたような気分になり、自分ももうひと踏ん張りする為、立ち上がり、闇の中へと歩んで行った。

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