二話

「我々はこれより敵援軍を討滅しに向かう!」

 攻城戦の片隅でアカツキが馬上で五万の軽騎兵達に向かって大音声で言った。

 兵達は静まり返っていたが、そんな中からヒソヒソと恐れおののく声が聴こえて来た。

「援軍というと暗黒卿だろう?」

「ここで城攻めしてた方がまだマシだ」

 幾度にも及ぶ戦闘で暗黒卿を前に敗退の連続だった。しかも暗黒卿に挑みかかって生きていた者は殆どいない。兵達の気持ちも痛いほどに分かるが、むざむざ援軍を合流させるわけにもいかない。アカツキは言った。

「恐れるな! 暗黒卿の相手はこの俺が責任を持って引き受ける。お前達は他の雑兵どもを滅していれば良い!」

 少しだが戦慄する空気が弱まった様に感じた。

「では行くぞ! 俺が道を切り開く! お前達には討ち漏らした敵の掃討を任せる!」

「おおっ!」

 ここでようやく鬨の声が上がった。アカツキは安堵した。だが、自分の発した言葉に偽りはない。敵援軍を自ら先頭を切って蹴散らし暗黒卿に一騎討ちを仕掛ける。そして残る一万九千幾百かの精兵は、こちらの約五万の兵で片付ける。精兵、そう、未だに闇の勢力は互いに勢力を凌ぎ合い、日々戦を続けている。兵は鍛えられていた。軟弱な人間の兵など小勢で十分なのだ。

 アカツキは馬腹を蹴った。

 背後から地鳴りが続いた。

 アムル・ソンリッサ。今、光の勢力の相手をしている闇の君主の名だが、姿は未だに見たことが無い。ただ知っているのは女だということだ。そのアムル・ソンリッサが最強の手駒、暗黒卿を人間達の側に配置するのは闇の勢力としての威厳の関係もあるだろう。暗黒卿がそこを離れる事態となったとき、必ずこちらは勝利するはずだ。

 攻城する味方勢を遠目に街道を駆けて行く。

 すると左右に騎馬が並んだ。

 右にラルフ、左にグレイがいた。

 ラルフは穏やかな顔を引き締め、気合漲る表情をしていた。母親譲りの両手剣その名もセーガを手にしている。

 グレイは平常通り、平静そのものの顔だが、眼光が鋭く、こちらは長柄の斧槍を提げていた。

「お前達は後ろへ下がっていろ」

 ラルフもグレイも死なせるわけにはいかなかった。だが、若武者達は下がる気配を見せず、ラルフが言った。

「グレイと競うんです。どちらが敵兵を多く斃せるかをです」

 アカツキは振り返る。グレイの目もそう言っていた。

 ラルフについては父親を自分のせいで死なせている。グレイは英雄バルバトス・ノヴァーの孫だ。それだけでもアカツキは責任を感じていた。その二人がわざわざ先頭で魔族の精兵に突っ込むのだという。アカツキは頭を振りそうになったが、この若武者はアカツキも手解きを受けた鬼教官のアジームが特に目をかけ育てた二人だった。アカツキも二人に厳しい稽古をつけている。それを乗り越えて来たのだ。

「良いだろう。だが、欲張るなよ。無理だと思ったら後ろへ流せ、手柄に飢えているのはお前達だけではないのだからな」

「はっ!」

 二人の若武者は揃って返事をした。

 この二人が先頭に立って敵陣を切り崩せば兵達も励まされることだろう。アカツキは左右を見て人知れず微笑んだ。



 二



 時刻は夜を過ぎ既に未明を回り夜明け前だった。

 前方からうっすらと騎影が見える。馬蹄が聴こえて来た。

 暗黒卿の援軍だ。

「行くぞ! 日頃の修練の成果をぶつけてやれ!」

 アカツキは声を上げた。

「おおっ!」

 鬨の声が連なり、そして敵の騎兵隊と肉薄する。

「うおおおっ!」

 アカツキは両手剣を振るいに振るった。

 暁光奮迅。 

 朝の光りが現れ、アカツキの側で剣と巻き上がる血煙と肉片を照らし出し、怒声と馬の嘶き、断末魔の声が薄い靄の中に響き渡った。

 アカツキは遮二無二斬り進んだ。

「暗黒卿はどこだ! 出て来い!」

 アカツキは叫びながら馬を走らせ、敵勢を蹴散らして行った。

 幾百の兵を切り開いてゆくと、こちら目掛けて猛然と大きな肉食馬を走らせる影があった。

「いた! 暗黒卿、今日こそ、その首をもらうぞ!」

 アカツキは剣を振るい行く手を遮る敵兵を斬り捨てた。

「若造が、なかなかやるようだな。望み通り相手をしてやる!」

 暗黒卿が両手剣を振り上げてアカツキに突進してきた。

 両者の距離が縮まる。甲冑姿で暗黒卿は隙の無い防備に身を固めている。それを引っぺがし、打ち壊してからが本番だ。

「喰らえ!」

 アカツキの怒りの一撃を暗黒卿は剣で受け止めた。馬も巨大なら敵も壁のように大きかった。

「これがお前の限界なら、三合であの世へ送ってくれるわ」

 暗黒卿が言い膂力のある一撃を放った。アカツキはそれらを受け止めた。とりあえず三合で討たれることは無かったが、こちらは防戦一方だった。これでは暗黒卿を討つことなどできやしない。

 アカツキは放たれる一撃一撃を剣で受け止め、歯噛みした。

 その時だった。

「暗黒卿! その首、父の仇!」

 ラルフが横合いから暗黒卿へ突っ込んだ。

 暗黒卿はそれを弾くと、今度はグレイが戦斧を振り下ろして暗黒卿へ襲い掛かった。

 二人の若武者の攻撃を左右に剣を旋回し受け止め、アカツキは隙が出たところを気合一刀、剣を振り下ろした。

 暗黒卿の腕鎧を割り、左腕を切り落とした。

 傷口から緑色の血がほとばしる。

「やるな。だが!」

 暗黒卿は腰に手を回した。

 そこには黒鉄色の義手が握られ血を吹き出す左腕に装着された。

 ラルフとグレイの攻撃を剣と義手で容易く受け止め、アカツキの攻撃に追い付いた。

「二人とももういい、雑兵の掃討に戻れ! 援軍さえ敗走させれば我らの勝ちのなのだ!」

 アカツキが厳しく言うと二人の若武者は後方へ引き返して行った。

 敵の軍勢はアカツキを突破し、背後で戦闘が繰り広げられている。この場には自分と暗黒卿だけが取り残されていた。

 暗黒卿自身の力は半減した。そう思ったが、それは間違いだった。

 義手が血が通っているかのように五本の指を動かし、両手剣の柄を握ったのだ。

 アカツキの頭上に風を纏った分厚い刃が振り下ろされた。

 アカツキは素早く受け止めたが、暗黒卿の良いように剣を動かされていた。

 これは今の俺では勝てぬ相手だ。だが、生かしておけない敵だ。

 アカツキは気合の雄叫びを上げて、暗黒卿の刃を避け、剣を突き出した。

 剣が暗黒卿の鎧に亀裂を入れた。

 俺のペースに持って行く他、道はない!

 アカツキは力のこもった乱撃を放ち、どうにか暗黒卿を自分の手の上で操ろうとしたが、敵はそうはさせてくれなかった。

 暴風を纏った一撃を受け剣越しに痺れを感じた。

 圧倒的な差を感じた。

 自分はまるであの時と同じように、ダンカン隊長を失った時と同じように、軽くあしらわれているだけに思えた。

 と、暗黒卿の刃が止まった。

「終わったようだな」

 暗黒卿が言った。

 アカツキが振り返ると、敵兵と軍馬が倒れていた。

「アカツキ将軍、敵を殲滅しました!」

 ラルフが言い、その側には猫を模した鎧兜を纏ったツッチー将軍の姿があった。

「さぁ、どうする、暗黒卿!? 私とそこのアカツキとを一度に相手に切り結んで見せるか!? 我らの背後には五万五千の兵もいるぞ!」

 ツッチー将軍が槍先を敵に向けた。その後ろで陣形が街道一杯に展開する。

「よもや、この我が怖気付くとはな……」

 暗黒卿は笑った。バイザーの下から野太い声が木霊し、暗黒卿は馬首を巡らせた。

「待て、暗黒卿!」

「追うなアカツキ!」

 ツッチー将軍の声が届く前にアカツキは暗黒卿の背に追い縋り、黒い外套目掛けて剣を突き出していた。が、敵は刃を振るって受け止めた。儚い音を立てて父の形見の剣、ビョルンが半ばから圧し折られた。

「おのれ!」

 ツッチー将軍が追いつき、暗黒卿の逆襲に備えたが、敵は哄笑を残して朝日の照らす街道を自領へ駆けて行き、その姿は見えなくなったのだった。

 アカツキは折れた剣を見詰め、傍らの猛将にして一人の豪傑を振り返った。

「ツッチー将軍、御助勢感謝します。総大将の命令でここへ来たのですか?」

「いや、独断だ。城攻めの方も硬直状態だからな、ここで暗黒卿とその精兵を敗走させねばなるまい。いつまでも学ばぬ我らでは無いわ。もっとも総大将も我らの動きを黙認してくださったようだがな」

 ツッチー将軍は背を向け馬を歩ませ始めた。

「攻城戦の続きに戻るぞ、アカツキ。今日こそ待ちに待った完全勝利だ! 遅れるなよ!」

 そう言うとツッチー将軍は馬腹を蹴り、兵達の中へ消えて行った。

「ラルフ! グレイ!」

 アカツキは咎めるようにきつい口調で二人の名を呼んだ。

 馬上にいた若武者二人が慌てて下に降りて片膝をついて頭を下げた。

「手出し無用と言ったはずだ!」

「申し訳ございません!」

 二人が声を揃えて謝罪する。

 アカツキは大きく息を吐いた。

「が、お前達には正直助けられた、礼を言う」

「はっ!」

 若武者二人はまた声を揃えて応じた。

「いつまで地べたにいるつもりだ。さっさと引き返し、攻城戦に加わるぞ!」

「はっ!」

「承知しました!」

 ラルフとグレイは異口同音で答え、すぐさま馬に乗った。

「さぁ、勇敢な兵達よ、御苦労だが、引き返すぞ! 勝利を完全なものとするため、我らも戻り戦列に加わるのだ!」

「おおっ!」

 と、返って来た兵達の声には力が満ち溢れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る