1。ハリーホールシティの怪奇な小話-上-

『ハリーホールシティ』

世界の真ん中とも言われる様々な人種と文化と時代が入り混じっている大都会。

主な観光地は、ゴシック建築をヒントに作られた高さ333mの高層建築物『エデンの塔』夜はこの最上階からの夜景を楽しむのが人気である。この近くに天球儀のような360°全方位に移動するアトラクションが目玉の『アストロノミー・パーク』がある。

また貿易の拠点である港に行けば、古い建物がそのまま残っていることが多く、現代的要素を取り入れつつ趣のある街並みが楽しめ、何より『マーメイドチューブ』というポレオン諸島に繋がる専用の観光バスだけが走行を許可されている水底トンネルは壁天井が厚さ80cmのガラスとで覆われており海の生き物の自然な姿を観れるこのツアーが魅力的である。時間を潰すのなら古今東西あらゆる分野の店が並ぶ『アルカニムストリート』でショッピングを楽しむのもありかもしれない。



「混沌とした街だワ、ここ。アタシ達みたいにネ」

甲高い癖のある喋り方だ。

金髪を三つ編みにした赤いエプロンドレスの少女が呟きギョロリとしたマゼンタ色の目をすぐ隣にうつした、パステルカラーのポップで小さなキャンディショップだ。入り口の旗には「FUNNY & YUMMY!!」と書かれている。

しかしただのお菓子屋ではない。なぜならカタツムリのようにこの建物と合体した(あるいは寄生した)巨大でサイケデリックな柄の気味の悪いカエルがいたからだ。先ほどの少女はこのカエルに話しかけていた。……なるほど混沌としている。

「人が多い分、商品を気にいる変わり者サンも多くなるから良かったワァ〜!今月の売り上げも上々ヨ!これでバブルボン、貴方のご飯がチョット豪華になるかもネ❤︎」

それを聞いたカエル、バブルボンは大きく口を開けて嬉しそうにゲコリと鳴く。口にはサメのように凶悪な歯が無数に生え揃っていて今度はその歯をカチカチと鳴らした。

「まだヨ!ご飯はまだ!あの子達に話をつけてからネ、ほら行くわヨ。」

一瞬にして落ち込んだバブルボンの背中に躊躇いもなく少女は飛び乗り、比較的目立たない道を選びながら目的地まで向かった。



ハリーホールシティはなんでも揃う。勿論人気のない暗い路地も。

朝の冷たい風がまだ人の少ないこの街の隅々へ静かに流れる。

少女はバブルボンをアルカニムストリートの一角で待つように指示して入り組んだ建物の間へそそくさと駆けて行き数人の集団と会う。

「バブルボン。キャンディーメイカー。…………ふん、名前を明かすつもりは更々無いようだな。」

低く、腹の底に響くような落ち着いたテノールの声。非常に大柄の男で、纏った黒のスーツはしっとりとした艶やかな生地でオーダーメイドのブランド物であることを主張している。路地のわずかな光を反射するミントブルーのネクタイを締め直す手を覆う金色の毛。

そして手の持ち主は巨大な獅子の顔、その手と同じく非常に立派な金色の毛を風が小さく揺らしている。いわゆる、獣人であった。

「はじめまして、キャンディーメイカー。私はカルロス。」

「知ってるわヨ。西の国のマフィア『異端者の冠』のドン、カルロス・レオーネ。以前の抗争で妻を亡くして自分の身の安全確保の為に拠点を変えに来たのでショ?」

「……そんな情報が回っているのか。」

「んっン〜こんなお仕事だし情報を得る手段はちゃんと持っているノ。それで、私への用事ってコレでショ?」

少女、キャンディメイカーは黄色い包み紙のキャンディを見せた。

「別に全然売るし、好きにして良いけどネ。お約束は守りなさいヨ。」

「20歳以下の子供には売らない、子供に危害を加えない。だな。もちろん、従うとも。」

この黄色い包み紙のキャンディは麻薬である。キャンディメイカー特製の通称『ビッグパーティ』彼女は表向きはキャンディショップの店員、しかし正体は麻薬の密売人であった。そして今、マフィア『異端者の冠』のファミリーとしての契約が交わされたのである。

「わかってるのなら良いワ。それじゃあもう行くわネ。もうそろそろ10時だし、お店を開けないといけないノ。」

キャンディメイカーは去ろうとした瞬間に自分の横を小さな女の子が横切って思わず振り返った。彼女は真っ直ぐカルロスの方へ向かい脚に抱きつき金から青のグラデーションがかった朝焼けのような美しい髪を擦り付けた。


「おじさま!」

「っ!?メイセル!私は仕事中だと……。あぁ、彼女はメイセル、私の姪だ。死んだ兄の代わりに面倒を見ている。」

カルロスは女の子を抱き上げた。

「そ。優しいのネ。」

キャンディメイカーは穏やかな目つきで2人を見た後、朝より人が増えたアルカニムストリートの喧騒の方へと消えて行った。



カルロスは唸り声のようなため息をついた。

「メイセル。」

「……カルロス。いえ、おじさまの方が良いかしら?貴方のさっき反応、ちょっと可愛かったわ。」

メイセルと呼ばれた朝焼け髪の女の子は先程とはまるで声色が違っていた。

女性にしては低めの、囁くようだかイントネーションが強めの色っぽい声。10歳ほどの女の子の口から出るとは思えない。

……………………人を操る危険な女の声。

悪戯に笑う彼女の銀色の目にカルロスはさらに深いため息をつく。

「勘弁してくれメイセル……。それで何かあったのか?」

「ええ。この街の3つの拠点の内の東の家付近にも被害を受けた、連続火災事件の放火魔の詳細がわかったの。」

「ふむ。」

「でも。あー、その。タイミングが悪かったわね。犯人は……子供なの。」

「……子供のイタズラにしては大規模すぎるが…。」

「イタズラなんかじゃないわ。子供の名前はカイン・ティンター。田舎の外れにある森の中に住んでいて母親は悪魔信仰者。供物として子供の血を捧げるため虐待を繰り返していたの、ある日母親がなんらかの理由で暴走し自分の家に放火して……子供を殺そうとしたのでしょうね。子供は逃げ延びたものの恐らくそのストレスとトラウマから『サイキック』となった可能性がある。恐らく突然の得た力を抑えきれないで街を彷徨っているのよ。」


カルロスは今日何度目かの中で一番深いため息をついた。

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