三十七

 ダンカン隊は下がっては前線へ、下がっては前線への繰り返しだった。

 他の隊には犠牲が出た様だが、ダンカン隊は全員が健在だった。

 我武者羅に戦った。肩を上げるのも苦しくなって来た頃、戦場に声が木霊した。

「退け! 退け! 城内へ退け!」

 ここからは見えないが、どうやら敵が籠城の構えを見せたらしい。

 しかし、恐ろしいのは自軍の退却を援護し、自ら死地に残った敵の兵達だった。

 失うものは何も無くなった敵兵達は、有りっ丈の矢を放った後、こちらに突撃してきた。

 そしてすぐさま城壁の上からも援護の矢がダンカン達を襲った。

 地の唸り、空の唸り、死を覚悟した鬨の声が響き、戦場を揺るがした。

 そして敵の決死隊と乱戦に入った。

 まさしく鬼となった敵兵の前に自軍は次々斃されてゆく。イナゴの群れのように空を埋め尽くす矢で命を落とす者も多かった。

「敵は寡勢だ! 一気に攻め抜けろ!」

 バーシバルの声が、他の将の声が聴こえた。

 敵勢がダンカン隊にもぶつかってきた。

「行くぞ!」

「おう!」

 ダンカンの声に隊員達が応じる。

「雑魚に用はない! 将を一人討ち取って死に土産とする!」

 強烈な剣の薙ぎ払いをダンカンは剣で受け止めた。腕は疲労困憊のはずだったが、ダンカンはそんなことも忘れて巧みに応戦していった。

「俺達を雑魚と思うなよ! 打倒暗黒卿を掲げて修練に励んできたんだ!」

 ダンカンの剣が相手の剣を弾き飛ばした。

「しまった」

 それが敵兵の断末魔の声となった。ダンカンの剣が首を跳ねたのだ。

 アカツキが敵兵に押されていた。

 ダンカンはすぐに助けに入った。

 横から敵兵を引き付けた瞬間、アカツキの両手剣が相手の首を跳ねた。

「隊長、感謝します」

 アカツキが言った。若いと言ってもさすがに彼も疲労困憊の様子だった。どこかに油断が生まれる。それが命取りになる。ダンカンは自らもアカツキの事も気を引き締めて守ろうと誓った。

 カタリナはフリットの面倒を、バルドはゲゴンガの助力をしていた。

 考えることは皆同じだった。ダンカンは嬉しく思い、新手に向かって剣を振り下ろした。

 ほどなくして決死隊の掃討は終わった。指揮していた将はどうやらこちらの深くに入り込んでいたらしく、老将ジェイバーが直々に討ち取っていた。

「よし、城を包囲せよ! 衝車の準備をいたせ!」

 大砲の名が呼ばれなかった。どうやらエーラン将軍はなるべく城を無傷で手に入れたいらしい。

 ダンカン隊は正面から東寄りの部分を受け持った。

 矢が降りしきる中、衝車が、長梯子を持った兵達が駆けて行く。

 ダンカン達も梯子を抱え矢を掻い潜り城壁につけた。

「よし、まずは俺が昇る!」

 ダンカンがそう言うとゲゴンガが止めた。

「人間は梯子から落ちたら死ぬか骨を折るでやんす。ここは身軽なオイラに任せて欲しいでやんすよ」

 僅かな沈黙の後、ダンカンは頷いた。

「よし、ゲゴンガ、頼んだぞ! 俺達は弓で援護だ」

 ゲゴンガが上り始めると城壁上の弓兵が彼を狙って矢を向けた。

「撃て! 撃て! ゲゴンガを死なせるな!」

 ダンカンは声を上げて矢を次々放った。

 カタリナ達も続く。

 と、梯子が上から押された。傾き、倒れる直前にゲゴンガは器用に着地していた。

「一筋縄ではいかんな」

 ダンカンはそう言うと再びフリットと共に梯子を立てた。またゲゴンガが上って行く。

 バルドの強弓が重なり合った弓兵二人を鎧ごと貫通し絶命させたが、新手が現れるだけだった。

 どこもかしこも同じ状況だった。矢で射られ動かなくなった者も幾人もいた。

「矢の補充だ!」

 騎兵が駆けてきて幾十の矢筒を放り投げて次へ駆けて行った。

 衝車が門を打ち付ける鈍い音も聴こえている。

 ダンカン達はゲゴンガ支援のために弓矢を次々振り絞った。アカツキもフリットも連射は遅いがしっかり弓を操っている。

 ゲゴンガは城壁の半分まで上っていた。

 と、再び上から梯子を押された。

 だが、僅かに傾いた後、梯子はすぐさま城壁にとりついた。

 バルドが一人で梯子を支えていたのだ。

 ゲゴンガが上り始める。

 ダンカン達は矢を放ち、彼を狙う城壁の敵達を射抜いていった。

 梯子が幾度も押されるが、バルドが、アカツキがすぐさま支えに走った。そして速やかに援護に戻る。

「ゲゴンガちゃん! もう少しよ!」

 カタリナが声援を送った。

 これは、一番乗りの手柄はダンカン隊の物になるかもしれない。ダンカンは己の中で欲が湧くのを感じ、頭を振った。一番乗りなんかどうでもいい、部下が全員生きてさえすれば俺は満足だ。

 その時だった。

「一番乗りはウィレム分隊のファルクスが! いただいたあああっ!」

 戦場に若々しい声が轟いた。

 ダンカンは複雑な心境だった。惜しかった。ゲゴンガもあと数歩だった。そのゲゴンガが城壁上にピョイと姿を消した。

「隊長!」

 フリットが言った。

「よし、俺が行く! ゲゴンガを死なせるものか!」

 ダンカンは長梯子に足をかけ懸命に上って行った。

 自分を狙う矢があったが下からの援護で起動が逸れていった。だが、ダンカンは例え全身がハリネズミになろうともゲゴンガを助ける心積もりだった。

 ダンカンが城壁上に下りると、ゲゴンガは無数の敵に囲まれていた。

「ゲゴンガ、よく無事だったな!」

「隊長来てくれたでやんすか!」

 ゲゴンガが振り返り、合流する。

「一番になれなくて申し訳無いでやんす」

「お前が生きていてくれてそれだけで良かった」

 二人は襲い来る敵と次々刃を交えた。

 そこへカタリナが颯爽と躍り出て敵兵を数人、瞬く間に斬り捨てた。

 次にフリットが合流し、アカツキも上って来た。

「これ以上、進ませるな!」

 装備が少し違う魔族のおそらく分隊長が声を上げた。

「おおっ!」

 敵兵が剣を振り上げ襲い掛かってくる。

 ダンカン隊は剣を交えた。

 と、階下から鬨の声が聴こえた。

 おそらくは誰かが門扉を開けたのだろう。こちらの兵士が雪崩れ込んできているのだ。

 それは敵も察した様で、気が逸れた一瞬をダンカンは逃しはしなかった。

 剣で打ち込み、旋回させる。

 魔族の分隊長の首が飛んだ。

 あちこちで声が木霊している。

 バルドも上がって来た。

 この戦、俺達の勝利は確実だ。しかし、まだ終わったわけでは無い。

「敵の残党を掃討するぞ、まだまだ油断はするなよ!」

 ダンカンは部下達に言い含めて先頭に立って残る敵へと斬り込んで行った。

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