三十六

 ダンカン隊は横並びになり徒歩で駆け前列の後を追った。

 前方では既に戦が展開されている。音を、声を聴けば当然分かることだった。

 掘り進むか、掘り進まれるか、状況は分からないが、ダンカン隊は後方で自分達の順番を待っていた。

 隣に並ぶアカツキを見る。真剣な面持ちで前方を見据えていた。大丈夫だ、お前を死なせはしない。イージスとの友誼に賭けて。

 頭上では矢が飛び交っている。時折飛来し、味方の甲冑に当たって落ちた。

「前列交代!」

 バーシバルの指示が次々飛んでいる。その声と共に最前列だった兵は下がり、新手が繰り出される。

 傷ついた兵達がダンカン達の間を抜けながら最後尾に下がっている。見るからに重傷の者もいた。仲間に肩を借り、あるいは担がれて呻き声や叫びが聴こえて行った。

 ダンカンは再びアカツキを見た。

 アカツキは相変わらず前方を見据えている。しかし父の形見の両手剣ビョルンの手を見るからに強く握っていた。

 バーシバルの声が飛び、ダンカン達にも前方の状況が見えるようになった。

 剣と剣が、剣と槍が、ぶつかりあっている。

 斬られた者は倒れ伏し二度と起き上がらなかった。

 喧騒が音がダンカンの胸の鼓動を早くし緊張させた。

 武者震いしているのかはわからない。それとも恐れているのだろうか。

「前列交代!」

 敵がすぐ目の前だ。

「ダンカン隊! 準備は良いな!? みんな生きろよ! お互い連携して敵に当たれ!」

 戦場に一つの鬨の声が木霊した。

 そしてついに出番が回って来た。

「前列交代!」

 最前列の歩兵と入れ替わり、ダンカン達が前に出た。

 敵は魔族の兵卒だろう。

 同じく甲冑に身を包んでいて付け入る隙が無い。

 だが、ダンカンは仲間を鼓舞するため勇躍して斬り込んだ。

 魔族の兵卒と剣と剣をぶつけ合い、競り合い、押し合い、そして首を跳ねた。

 血煙が一つ立ち上った。

 鬼の様な修練を繰り返してきたんだ。俺だって以前の俺とは違うのだ!

 新手が襲い掛かって来た。

 剣をぶつけ様、隣に目を走らせる。

 アカツキが両手剣を振るい敵と打ち合っていた。歯を食いしばり、彼は押されていた。

 ダンカンは血煙一刀、どうにか新手を終わらせると僅かな隙の間にアカツキの助勢に入った。

 ダンカンの剣が敵兵の両腕を斬り落とした。

「さぁ、アカツキ!」

「は、はいっ!」

 アカツキは両手剣を旋回させた。一陣の風と共に敵兵が首がゴロリと落ちた。その緑色の血飛沫がアカツキの顔に降りかかった。

 アカツキは呆然としながら敵の亡骸を見下ろしていた。

「俺がやったのか?」

 アカツキは自問するようにそう言った。

 新手がダンカンにアカツキに襲い掛かって来た。

 ダンカンは剣を振るって牽制し、背後のアカツキに言った。

「お前がやったんだ! よくやった! この調子で突き進むぞ!」

「は、はいっ!」

 アカツキは自分の相手にぶつかって行った。

 ダンカンも己の敵と交戦した。

「前列交代!」

 どれほど戦ったのだろう。肩で息を切らしながら剣を振るっていると小隊長バーシバルの声が響いた。

「ダンカン隊、下がるぞ!」

 ダンカンは他の横並びの分隊達と共に後退し、兵達の列の間を進んで行った。

 最後尾に来ると老将ジェイバーの姿が見えた。叱咤激励に夢中でダンカンのことは目には入っていないようだった。

 ここで損害を受けた分を穴埋めするために兵が再編される。ダンカン隊はそのままだった。

 アカツキ、カタリナ、フリット、ゲゴンガ、バルド、全員いる。

 ダンカンの剣、カンダタの刀身は魔族達の緑色の血でべったりで切っ先から滴り落ちていた。それを持参していたボロ布で拭った。

「隊長、先程はありがとうございました」

 アカツキが礼を述べて来た。

「なに、気にすることは無いさ」

「隊長が、たくさん敵を斃しているのに、俺は最初の一人だけしか殺せませんでした」

「慣れだよ。後は鍛錬あるのみだ。俺だって王都で平和ボケしていたのに、いきなり戦場に連れて来られた時はひよっこだった。敵を前に攻めあぐねるだけだった。アカツキ、お前はお前のペースでやれ。危なければ俺が助けてやる」

「はい」

 アカツキは頷き前に向き直った。

「隊長、十五人斬りましたよ!」

 フリットが少し離れたところからそう言った。

「よくやったフリット!」

「フリット君、甘いわよ。隊長は三十人斬ったんだから」

 隣でカタリナが言った。

「数えていてくれたのか?」

 ダンカンが尋ねるとカタリナは頷き微笑んだ。

「さすが隊長だ。一番頑張って修練を積んでいただけありますね」

 フリットが言った。

「もう誰も死なせはしないからな」

 両隣のアカツキとカタリナに聴こえたかは分からないが、ダンカンはそう呟いた。

「で、カタリナ、お前は何人斬ったんだ?」

「そうねぇ、五十までは数えていたけど」

 さすがだとダンカンは思った。

「俺の分まで数えていて大変だったろう?」

「そうね、多少はね」

 そしてカタリナは耳元に口を寄せた。

「隊長、もしもあなたが百人斬りしてみせてくれたら、私嬉しくていつもより良いことしちゃうかも」

「何だって?」

 彼女の熱い吐息を耳に受けてダンカンは股間が反応するのを抑えきれなかった。

 カタリナは微笑んで前に向き直った。

 やれやれ。これでは意地でも百人斬りしたくなるじゃないか。

 ダンカンはゲゴンガとバルドにも声を掛けたが二人とも比較的好調の様だった。

 そんなことをしている間に負傷兵や死亡者の続出で層の薄くなった隊列がグングン進んでゆく。

 勝っているのか、負けているのか、雑兵のような自分達にはうかがい知れないことだった。ひたすら順番を待ち、出番が来れば剣を振るうのみだ。

 隊列が次々掘り進められている。

「前列交代!」

 バーシバルの声が戦の音に負けじと轟き、ダンカン隊は再び最前列へ出た。

 アカツキが、カタリナが、敵と剣を交える。

 ダンカンも剣を振るった。そしてうっすらと思った。今度もう一振り、良い剣を買おうと。百人斬りをするには一本だけでは心許なく思ったのだ。

 カタリナが次々敵の首を跳ねている。アカツキは競り合いに夢中だ。ダンカンは雄叫びを上げて敵兵へ斬りかかったのだった。

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