三十八
陥落した城は静寂に包まれていた。ある程度の残党を掃討したが、それでもまだ潜んでいる者達が抵抗を続け、悲鳴や罵声が時折だが聴こえていた。
そして抵抗する者は殺され、捕縛された者も殺す。光と闇は相容れない。神々が定めしことだ。
城壁に立ちながらダンカンは剣を磨いていた。
今頃は捕虜の処刑が行われている頃だろう。かつてのオークの時を思い出す。あの時は民もいた。決して気持ちの良いものでは無かった。
「隊長!」
フリットが駆けて来た。
若者は修羅のような修練を毎日続け、すっかり見違えていた。アカツキという後輩ができたのもあるだろうか。
「どうした?」
「はい、どうも敵の武将のヴァンパイアの姿が見当たらないと言うことで、城と城下と隈なく探すようにとジェイバー中隊長からの命令です」
ダンカンは思い出す。
「エルド・グラビス殿と戦っていた奴だな。名前はサルバトールだったか?」
「ええ、確か」
若者は頷いた。
「エルド・グラビス殿は何とおっしゃってるんだ?」
「自分が聴いた話だと、乱戦の最中分断されたとか」
ダンカンは表情を改めた。
ヴァンパイアがこの中に潜んでいるとなると厄介だ。鋼の肉体を持ち、聖なる力と、トネリコの武器、炎以外に通用する物は無い上に、麻痺の視線を持ち、その恐ろしい歯牙で次々敵をしもべへ変えてゆく。
「緊急事態だな。他の奴らは?」
「下で待ってます」
「よし、行こう」
ダンカンとフリットは長い城壁を駆け階段を下った。その先で、部下達が待ち受けていた。
状況を察したのか、部下達の表情も険しかった。
「聖水が配布されたわ。これを剣に浸して」
カタリナがダンカンに小瓶を渡す。
ダンカンは磨いたばかりの愛剣カンダタに聖水を振り掛けた。
「これでヴァンパイアに通じる武器となったわけか。お前達は済ませたのか?」
全員が頷いた。
「よし、では行こう」
ダンカン隊は夜の様な厚い黒雲の下を人気のない城下の捜索に出て行った。
二
静かだったが、多くの分隊が捜索に出ていたため、滅多に孤立はしなかった。
「おう、ダンカン」
バーシバルが部下を連れているのに出会った。
「バーシバル、いや、小隊長殿。ヴァンパイアが行方知れずだそうですな」
ダンカンは場をわきまえて親しい間柄の上官になったばかりの男に即席の敬語らしいものを使った。
「そうらしい。これは厄介なことにならねば良いが。家屋の中も隈なく捜索してくれ」
「了解しました」
「ではな。また会おう」
そう言って路地裏にバーシバル隊は消えて行った。
「さて」
ダンカン隊の前には酒場があった。
「既に捜索はされているだろうが、念のためだ。取り掛かろう」
ダンカンは扉を開けた。
かつてはオーク達がここで飲み食いし、騒ぎ、その後を魔族達が支配した。卓上に残る食事の後や飲み掛けのグラス、破片となって床に散らばった食器などの姿が見られた。
ダンカン達は慎重に捜索を始めた。
宿も兼ねていたのだろう、三階建てだった。静かなため、閉まっている扉という扉を開けるときにちょっとした恐怖を感じた。
ダンカンはカタリナにフリットとバルドを預け、隊を二つに分けて自分はアカツキとゲゴンガを連れて三階へ上がって行った。
長い廊下があり、扉という扉が閉められている。いや、中に一つだけ、開けっ放しの扉があった。
ダンカンはその開けっ放しの扉の部屋へ向かった。
窓が開け放たれている。
「ん!?」
アカツキが声を上げ、窓際へ駆け寄った。
「どうした、アカツキ」
ダンカンも急いで後を追った。
と、そこには毛布を縛り合わせて縄として脱出している二人の魔族の兵の姿があった。
「隊長、どうします!?」
アカツキが尋ねて来た。
だが、答えはすぐにやってきた。
他の二つの分隊が眼下にやってきたのだ。
「魔族だ! 魔族がいるぞ!」
下で剣を引き抜く音がする。上にはダンカン達がいる。追い詰められた二人の魔族の兵は手を離し、地へ下り立った。
だが、二つの分隊に包囲され、斬られ、貫かれ、呻きを上げて動かなくなった。
「片付いたぞ!」
下の分隊が声を掛けて来た。
「了解だ!」
ダンカンも声を上げて応じた。
もしも下に分隊がいなければ自分が命令を下すしかなかったはずだ。この縄を斬り、敵を落とすか、階下へ降りて挟み撃ちにし、殺戮するか。おそらく自分にはどちらも選べなかっただろう。ダンカンはそう思った。
俺は甘い男なのだ。
「他の部屋も調べるぞ」
「はい」
「了解でやんす」
そうしてすべての部屋を調べ終わり、カタリナ隊と合流した。二階に潜んでいる者はいなかったということだった。
「ならば急ごう。本格的に夜になればそこからは長いヴァンパイアの世界だ」
ダンカンはそう部下達に言い、建物を一階に下りようとした。
その時だった。
どこからか悲鳴が聴こえて来た。悲鳴は断続的に続き、そして他の声が聴こえた。
「ヴァンパイアだ! ヴァンパイアがいたぞ!」
ダンカンは緊張で心臓が早鐘を打つのを感じた。今の悲鳴、既に犠牲者が出たと見て良い。
「隊長、急ぎましょう」
カタリナが言い、ダンカンは頷いた。
「行こう!」
駆け足で酒場を飛び出し、通りを他の分隊がまばらに駆けて行くのを追って行った。
悲鳴は途絶えることなく聴こえた。
それはそうだ。敵はあの大剣の使い手であり指折りの神官戦士でありバルケルの大将エルド・グラビスと五部に渡り合う力を持っているのだ。
俺達で止められるのか!?
ダンカンは心中で自問自答しながら部下達を率い今は現場へ急いだ。
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