十七

「不吉な予感がしますな」

 イージスがそう言った。

「何だ、言ってくれ」

「は。シャーマンの残した言葉ですよ。程なくして闇の馬蹄が鳴り響き、我々を皆殺しにするという言葉です。もしや、オーク側は我らに城を取られるよりは、敵対しているとは言え闇に組する勢力に譲渡しようと考えているのでは無いかと」

 その言葉と推測を聴きダンカンは一理あると思った。あのシャーマンが戯言を口にするような者でないことは分かっている。復讐に燃えていた。

「ジェイバー殿に話してこよう」

 ダンカンは老将を見付けてイージスの予測を語った。

「分かった。エーラン将軍に進言しよう」

 ジェイバーは足早に去って行った。

 程なくしてエーラン将軍の命令で、城を制圧しようとしていた途中で全部隊が外で野戦の陣形を整えた。

「しかし、何者が来るというのだろうか」

 馬上の小隊長バーシバルがダンカンに言った。

「さぁ、俺は地理には疎いからな。それに闇の勢力は闇の勢力同士で併呑し合っている状態だそうじゃないか。そうそう大きな軍勢を割いて来れるとは思わんが」

 オークのシャーマンが残した雷雲と豪雨はまだ続いている。ヴァンパイアでもこの暗さなら活動できるだろう。

 すると斥候が帰って来た。

「総大将! 西より敵が迫ってきています。規模は不明です!」

「大隊はオークとの戦で数を減らしたばかりか、疲労も困憊です。ここは潔く城を放棄し、ヴァンピーアに戻られるのがよろしいのでは無いでしょうか?」

 雨が降りしきる中、バルケル軍の大将エルド・グラビスが言った。

「私も同意見です」

 サグデン伯も述べた。

「敵も遠征の軍だ。疲労困憊なのは同じことだ。ここまで来て城を放棄するなど考えられぬ」

 総大将エーラン将軍の声がした。

 程なくして西に軍馬が出現した。

 軍馬の軍勢はさほどいなかった。その数三万か四万ほどだ。こちらは未だ十万は固い。

 すると、一騎が進み出て来た。

 全身を甲冑で覆っていた。

「光の者どもよ! 我は主君アムル・ソンリッサの名代として来た、名は暗黒卿! 城を大人しく放棄するというのなら見逃してやらんでもない! それとも一戦交えて我らの恐ろしさを知るか、さぁ、どうする!?」

 暗黒卿と名乗った敵将が両手剣を抜き、切っ先でこちらを指し示した。

「たかがその程度の軍勢、物の数では無いわ! 貴様らを呑み込み、城は我らの物とする!」

 エーラン将軍が怒鳴った。

「そうこなくてはな! 我が武、存分に見るが良い! 命知らずは向かってくるが良いぞ!」

 するともう一人の敵将が同じく肉食馬に跨り進み出て来た。

「我が名はサルバトール! 貴様らの中に漆黒の異形の戦士はいないか!?」

 サルバトールの名を聴いた途端にサグデン勢から恐怖が走った。かつてムジンリとアルマンという都市をサルバトール一人の力で崩壊にまで追い込まれたのだ。

 すると一人が馬を駆ってサルバトールに向かって行った。

「ヴァンパイアよ! 貴様の相手はこのエルド・グラビスだ!」

 エルド・グラビスの神器、大剣飛翼の爪が白く眩い浄化の光りに包まれた。

「多少老いたようだが覚えているぞ、貴様はあの異形の戦士といた者だな!? 異形の戦士はどうした!?」

 サルバトールが声を上げる。

「クレシェイド殿はもうこの世にはいない!」

 両者は剣を打ち合った。剣越しに蒸気が噴き出ている。

「馬鹿な! 私は奴に勝つためだけに剣の道を志したというのに!」

「それは残念だったな。しかし、貴様程度、このエルド・グラビスで充分なのだ!」

「おのれ!」

 エルドとサルバトールの壮絶な打ち合いが始まった。

「我の相手はいないのか!?」

 暗黒卿がそう叫ぶと一人の将が進み出て来た。

「このツッチーがお相手致そう!」

 若き騎馬武者は槍を扱いて猛然と暗黒卿に迫った。

 槍と剣が交錯する。

 あの数々の敵将の首を取ったツッチーが押されていた。あわやツッチーが斬られるという直前に声が轟いた。

「ツッチーさん!」

 もう一騎が飛び出して行った。

「ツッチーさん、下がって、ここはこのミッチーが!」

 イージアの若手武将ミッチーが長剣を振り回し暗黒卿とぶつかった。

 だが、暗黒卿は子供を手玉に取る様にミッチーの剣を捌き馬上から突き落とした。

「どうした、もう掛かってくる将はいないのか!? ならば、襲え!」

 暗黒卿を先頭に敵軍が猛然と動き始めた。

「たかが三、四万の魔族の兵に我らがやられるわけがない! 突撃だ!」

 エーラン将軍が命じた。

 エルド・グラビスとサルバトールの一騎討ちが軍勢の波に呑まれ見えなくなった。武将、ツッチーとミッチーも覆い隠されてしまった。

 雷雲が稲妻を煌めかせ、豪雨の中、両軍は激突した。

 鬨の声が戦場に轟く。

 だが、ダンカンは恐ろしいものを見た。

 暗黒卿が兵士を片っ端から殺戮し、地鳴りを上げてこちらに肉薄してくるのだ。

 オークキングのことを思い出したが、それよりも凄惨な光景だった。オークキングは力任せに兵を弾き飛ばしたが、暗黒卿は鎧ごと叩き切っているのだ。奴が進むところ血の海と屍が横たわっていた。

「暗黒卿、強敵ですな」

 イージスが言った。

「ああ。皆、無事でいてくれよ! ダンカン隊出撃だ!」

 ダンカンは部下を鼓舞する意味で恐怖を打ち払い先頭に立って突撃した。

 暗黒卿は全身鎧ずくめだった。斬る隙が無い。

 ダンカンが剣を突き出す。馬上の暗黒卿は禍々しい装飾の両手剣で軽々と受け止め、弾き、切っ先を突き出してきた。

「隊長!」

 イージスが助成に入り、暗黒卿の剣を止めた。

「ほう、我が進軍を阻む者がいるとは愉快だ! そこの雑兵、貴様の首が意地でも欲しくなったぞ!」

 暗黒卿の剣をイージスは危なげなく打ち返していた。

 と、矢が飛んできた。暗黒卿はそれを剣で打ち払った。

 ゲゴンガがクロスボウを構えていた。

「先に行け、我はこ奴らを相手にしよう」

 暗黒卿の言葉に追随していた兵達が突撃していった。

 バーシバルの叱咤激励が聴こえる。

 暗黒卿の脇からバルドが襲い掛かった。

 二つの斧を暗黒卿は目にも止まらぬ速さで捌いて、バルドに一撃を与えた。

「バルド!?」

 フリットが声を出す。

 バルドは革鎧ごと腹を突かれていた。

「この野郎でやんす!」

 ゲゴンガが短剣を手に襲い掛かったがダンカンが掴んで止めた。

「死に急ぐな! 冷静に対処するのだ!」

「どこまで持つか?」

 イージスの両手剣が、ダンカンの片手剣がそれぞれ左右から暗黒卿を襲うが相手は巧みに弾き返した。そして僅かに生まれた隙に一撃が放たれる。それは受け流そうとしたダンカンの鎧に当たった。

 凄まじい衝撃にダンカンは死を覚悟したが、幸い金属鎧が大きくへこんだだけだった。運が良かった。

 ゲゴンガはクロスボウで援護するが、暗黒卿は剣で返したり、片腕で掴んだりして防いでいた。

 これは予想以上の強敵だ。オークキング以上かもしれぬ。

 ダンカンとイージス、そして復帰したバルド、三人がかりで相手をしても暗黒卿は目にも止まらぬ剣捌きと、破壊力の籠った一撃を放ってきた。

 イージスとバルドが吹き飛ばされる。

「おのれ!」

 ダンカンは死を覚悟し剣を繰り出した。だが、相手に叩き落された。

「冥土に送ってくれるわ!」

 暗黒卿が放った一撃にダンカンは目を閉じていた。

「隊長、危ない!」

 フリットが剣で受け止めていた。

 この若者では無理だ! ダンカンは素早く剣を拾って間に割って入って剣を振るった。

「貴様の剣は生温いわ!」

 そう口にした暗黒卿の一撃をダンカンの代わりにイージスが飛び込んで受け止めた。

 すると撤退の合図をする角笛が吹かれた。

 ダンカンは背後を周囲を振り返った。

 死屍累々。魔族アムル・ソンリッサ勢の騎兵達が敗残兵を追い立て斬り裂き、貫いていた。

 十万以上もいた軍勢が潰走している。

「逃がしはせぬ」

 暗黒卿とイージスが打ち合った。

 と、イージスが言った。

「隊長、撤退してください! ここは俺が食い止めます!」

「馬鹿な! お前一人では無理だ!」

 イージスは牽制しながらダンカンの手に何かを預けて来た。鉄の手触りがした。

 それはイージスのタグだった。名前と所属部隊が書かれている。

「イージス、お前!?」

「コイツの相手をまともにできるのは俺ぐらいなもんでしょう。バルド、隊長を頼む」

 するとオーガーのバルドがダンカンを抱え上げた。

「何をする、バルド! イージスを一人置いて行くわけにはいかん! 下ろせ! 下ろしてくれ!」

「ゲゴンガ、フリット、達者でな」

 イージスが言った。そしてダンカンと目を合わせ、相手は穏やかに微笑んだ。

「隊長、あなたに出会えて光栄でした」

「イージス!」

「ここから先は通さぬぞ!」

 イージスが暗黒卿に打ち掛かって行った。

「その覇気、覚悟、気に入ったぞ!」

 暗黒卿が言い、両者の猛襲が始まった。

「イージス! 止せ! 戻って来い!」

 ダンカンを背負ったバルドが駆ける。ダンカンは遠く離れてゆく副官の戦う姿を見て涙を零した。

「隊長、イージスの思いを無駄にするな」

 バルドが言った。

「イージスを見殺しにする気か!? 俺の分隊で死者は一人も出さん! イージス!」

 ダンカンは暴れ、もがいた。

「隊長」

 バルドが言った。刹那、首を打たれ、ダンカンの目の前は真っ暗になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る