十六
衝車が引かれて来る。
対弓兵用に三角の屋根のついた衝車である。
縄で縛られた破城鎚を振り子のようにして、その先端を固く閉ざされた大きな門扉に打ち付ける。
その音だけが戦場となった原野に木霊していた。
内部に敵兵が残っているかもしれないため、ダンカン達、ジェイバー中隊が衝車のすぐ後ろで待ち構えていた。
その時だった。
俄かに空を黒雲が覆い、雷鳴が轟いた。
「嫌な予感がしますな」
隣でイージスが言った。
激しい雨が降り注いぎ、甲冑についた生乾きの血を流し落とす。
前回の戦と同じような不吉な天候にはなったが、今回は大砲を使わない。あくまで衝車で最低限の損壊だけで城をいただこうというエーラン将軍始め、諸将の判断だった。
と、凄まじい音を上げて稲妻が隊列の後方に落ちた。
兵士達の悲鳴が上がった。負傷者に死者も出たとの報告がすぐに入った。
落雷は続いた。まるで死んでいったオーク達の無念を晴らすかのようにこちら側の隊列に次々落ちて来た。
大隊は混乱気味だった。闇の神の怒りに触れたのだという声がそこかしこから上がって来た。
「オッホッホッホ」
女の高笑いが城壁上から聴こえた。
豪雨の中、見れば人影があり、その者は天に向かって両手を掲げていた。
「殺された者達の無念、少しでも晴らして見せましょう!」
女と思われる影はそう言った。
落雷が三つ、隊列に降り注いだ。
「総大将、このまま密集していては良い的になるだけです!」
そう言ったのは、衝車の護衛についていた勇将ツッチーだった。
ダンカンは初めてその風貌を見ることができた。馬印には聴いていた通り猫の紋様が描かれている。顔の正面を防具で覆っているため、生の御尊顔を拝することはできなかったが、その兜はまさしく猫を模したものであった。
この方はどこまで猫が好きなのだろうかと考えていると、エーラン将軍が述べた。
「では、ここはジェイバー中隊に任せることにしよう。他の各隊は散開せよ」
総大将の命令に、各軍勢は四方八方の離れた場所に移動を開始した。
「さぁ、このままでは我らが的になるぞ! 急ぎ扉を破るのだ!」
ジェイバーが兵士達を励ました。
落雷は次々降り注いできた。
離れた部隊、衝車部隊構わずだ。
ダンカンも死ぬ思いをした。すぐ側で撃たれた兵士達が倒れて息を引き取る。
遺体に損傷は無いが、白い煙が立ち上っていた。
だが、この場を離れることはできない。自分達に与えられた任務は門扉を破ることだ。
すると衝車の破城鎚の打つ音と共に扉が開かれた。
「ジェイバー様、開きました!」
「よし、すぐに各隊に伝令を走らせよ! 我が隊は内部を制圧する!」
両開きの門扉が痛ましい音を上げて開かれてゆく。
内部にはオーク達が待ち構えていた。
「キングの、誇り高き戦士達の仇だ!」
その身体には鎧は無く平服だった。民兵だ。ダンカンからすれば顔が皆同じに見えるため、服装で男女を区別するしかなかったが、老若男女のオークの民兵達が迎え撃ってきた。
「民とて刃向かう者には容赦するな! ただし無用な狼藉を働いた者はワシが直々成敗する故、心せいっ!」
ジェイバーが命じた。
オークの民兵は膂力があった。だが、兵士では無いため、武器も攻め方も雑だった。
こちらの兵士達が次々にオークを血祭りにあげてゆく。
オークの女も子供も勇敢にかかって来たが、斬った。
バルドとゲゴンガの様子がおかしかった。従軍しているミノタウロス、トロール達もそうだった。
大人しく降伏したところで、光と闇は相容れない。奴隷にすらできない。どの道処刑されるのだ。それをオーク達も承知しているのだ。
ダンカン達は次々襲い来る民兵を斬って城下町を進んだ。
他の部隊も既に合流し、各分隊に分かれて町の中をオーク殲滅のために歩いていた。
「あ」
ゲゴンガが声を漏らした。
見ると、服装からしてオークの女だろうか。こちらに気付いて単身襲い掛かって来た。
「隊長、やめるでやんす! あんな可愛い人を討てなんてあんまりでやんす!」
ゲゴンガが言った。
人間がダークエルフや魔族の顔を個々に識別できるのに対し、魔物と呼ばれていた彼らにもオークの顔がそれぞれ別のものに見えているらしい。
「女、降伏するでやんす!」
ゲゴンガが言ったがオークの女は包丁を振り回してきた。
「やめるでやんす、あなたとは戦いたくないでやんすよ!」
「そんな事を言って、オークの誇りが揺らぐものですか!」
オークの女の振るった一撃がゲゴンガの手から短剣を弾き飛ばす。
イージスが両手剣を振るってオーク女の胴を真っ二つにした。
「こうするしかあるまい。これも天命なのだ」
副官はそう言った。
だが、ゲゴンガの心境を思えば、これ以上、殺戮劇に巻き込むのはダンカンには可哀想に思えた。
「バルド、ゲゴンガ、入口へ戻り防備を固めてくれ」
「……わかったでやんす」
ゲゴンガとバルドは肩を落として揃って引き返して行った。
「いくらオークとはいえ、罪なき民を殺すのは気が引けます」
「罪が無いのは皆同じだ。ただここにいる誰もが戦う宿命を背負っているだけなのだ。フリット、お前も辛いなら戻れ。民衆を斬ったお前をタンドレスは良く思わないかもしれない」
ダンカンは若者に言った。
「いいえ、任務を遂行します」
若者は姿勢を正して敬礼した。
「よし、ならば行くぞ」
ダンカン隊は再び城下を歩き回ったのだった。
二
「オークのシャーマンを捕えたぞ!」
猛烈な雨が降りしきる中、その音に負けじと城下町の探索中に近場で声が聴こえた。
ダンカン達が行くと、そこは大通りが集まる広場だった。
薄いピンクの服を纏ったオークが人間の兵士達に囲まれていた。
「以前にお前の言った通り、シャーマンがいたな」
ダンカンはイージスに言った。
ゴブリン、オーガー、トロール、ミノタウロス、コボルト、亜人達が各将にオークのシャーマンの命乞いを願い出ている。
しかし、エーラン将軍は頷かなかった。
「この者の妖術のせいでこちらも多数の兵が失われた。それを生かしておくことはできぬ」
「その通り、斬れば良いわ、残忍な人間ども。オークはお前達の施しは決して受けない!」
オークのシャーマンは冷ややかに笑い声を上げた。
「殺せ」
エーラン将軍が言った。
オークの女シャーマンは兵士四人に両肩を押さえられ、地面に組み伏せながらも冷笑を続けていた。
大斧を持っている人間の兵士が現れた。ダンカンの顔見知りの分隊長だった。
だが、オークの女シャーマンは毅然として言った。
「呪われよ光に組する者ども。程なくして闇の馬蹄が響き渡り、お前達を皆殺しにするでしょう!」
亜人達の命乞いがより必死なものになる。
「ええい、黙らんか! 先程も言ったが、こ奴の妖術のおかげで大勢の同胞が殺戮の憂き目にあったのだぞ。お前達の仲間だってそうではないか!? それに光と闇は相容れん! 殺せいっ!」
亜人達の嘆願は無視され、冷笑を続けるオークのシャーマンの首目掛けて斧が振り下ろされた。
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