十五

 オークキングの首は取った。しかし、城目前まで引き付けられていた部隊が戻って来ない。

「主が討たれたのを知らぬのだろう」

 エーラン将軍はツッチーの騎兵隊を向かわせて総大将オークキングが討たれたことを触れ回る様に命じた。

 ツッチーは勇躍して隊を率いて戦場へ戻って行った。

「我らもゆるゆる向かうとしよう。丁度戦意を喪失したところに出くわすだろうな」

 エーラン将軍は上機嫌で生き残ったジェイバー中隊を先頭にし、その後を近衛兵団の残存部隊に守られ歩み始めた。

 ダンカン達、バーシバル小隊は最前列だった。

 戦友のあるいは敵の屍を越えて一行は進んだ。

 すると前方から騎兵が二騎ほどこちらに向かってくるのが見えた。

 列は縦に割れ、エーラン将軍の姿が真正面に見える形となった。

「申し上げます! オークの士気は依然高く、残った将が合力して戦線を保っている模様!」

 騎兵は馬から下りるや、跪いてそう述べた。

「お味方苦戦中、至急援軍を差し向けて欲しいとのサグデン伯より伝令です」

 もう一人の騎兵も続けて言った。

 全員がエーラン将軍を振り返った。

「あい分かった。ジェイバー中隊は二手に分かれてバルケル、サグデン勢を助成いたせ。我が近衛隊はイージア勢の助けに入ろう」

 エーラン将軍がそう命じると、ジェイバー隊とバーシバル隊の二手に分かれた。ダンカンはバーシバル隊だった。随分人数が減っていた。それを割いたのだ。援軍と言っても雀の涙ほどにしかならぬであろう。

 しかし行かねばならない。

「バーシバル隊駆けるぞ、私について参れ!」

 バーシバルが馬腹を蹴って先行する。ダンカン達はその後を駆け足で追った。

 横目でエーラン将軍の近衛部隊と老将ジェイバーの部隊がほぼ並走しているのが見えた。エーラン将軍は味方を鼓舞するつもりなのか、はたまた勝ち戦とみて油断しているのか、徒歩の近衛隊を馬でグングン引き離して行った。

 戦場は乱戦にはなっていなかった。

 固く密集陣形を取ったオーク達の抵抗にこちらは膂力の差で攻めあぐねている。

「聴け、オーク共! お前達の総大将の首は我々が手に入れた! この上は抵抗しても無意味であろう! 潔く降伏を選べ!」

 バーシバルが馬上で大音声で呼ぶと、城壁の前にいる肉食馬に跨ったオークの将が嘲笑った。

「潔くだと!? 潔いというのは、主君に殉じることだ! だが、我々は死中に活路を見出して見せ、偉大なるキングの志を継ぐのだ!」

 オークの将が言うとバーシバルは歯噛みしていた。

「前列交代!」

 サグデン伯の声が轟き、兵士が列を入れ替わる。ダンカン達もその列に入った。と、ゴブリンのゲゴンガが言った。

「隊長、オイラ、馬の上からなら武将を射抜くことができるかもしれないでやんすよ」

 彼はクロスボウを準備していた。

「バーシバル! 馬を貸してはくれぬか?」

「ん? 何か名案でも浮かんだのか?」

「うちのゲゴンガが、馬上からオークの将を狙撃したいらしい。ゲゴンガの腕前ならあるいは」

「分かった。乗れ、ゲゴンガ」

 バーシバルが馬を下りるとゲゴンガがカエルのように高く跳躍してその背に乗った。

 そして鉄の矢を装填したクロスボウを構える。

「見えるでやんす。敵の武将の姿が……」

 と、風を切る音がし矢が飛んだ。

「ぐおっ!?」

 指揮をしていたオークの将が馬上から崩れ落ちた。

「やったでやんす!」

 ゲゴンガは馬を下りた。バーシバルが再び乗る。

 すると指揮官を失ったオークの兵達が鬨の声を口々に上げて突っ込んできた。

 乱戦となった。

「お行儀よく戦うよりはこっちの方が好きだな」

 イージスはそう言うと向かってくるオークと刃を交えた。

 ゲゴンガとバルド、フリットも敵と対峙している。

 馬上にいるバーシバルが将だと発覚し、目敏く見つけたオークの兵がこちらの兵を無視して殺到し始めた。

「小隊長を守れ!」

 ダンカンと他の分隊長が口々に叫んで兵がバーシバルを包囲した。

 これでバーシバルの心配は無くなった。残るは、この乱戦を征すのみである。疲労で肩が上がらなくなるかもしれない。だが、死ぬよりはマシだ。

 ダンカンはオークに襲い掛かった。

 剣と槍先がぶつかり合う。

 やはりオーク、一筋縄ではいかない。

 だが他の兵が合流し横合いから槍で突いて絶命させた。

「協力せよ! 協力して敵に当たれ!」

 ダンカンは戦場に聴こえ渡る様に喉の奥から声を振り絞った。

 すると乱戦の中、兵達が分隊となり敵にあたっていた。

 あちこちからオークの絶命する声が聴こえる。

 ダンカンもフリットの手助けに入った。

「おのれ、多々対一とは卑怯な!」

 オークの兵士が言った。

「悪いか!? 俺達人間は非力なんだ! だから組んで初めて一人前なんだ!」

 フリットが剣を放つ。ダンカンも剣を振り下ろした。オークの手が半ばまで分断される。

 そこをゲゴンガが躍り掛かって、オークの頭に掴まり、小剣で喉を斬り裂いた。

「ああ、俺の手柄を!」

「早い者勝ちでやんす」

 フリットが言うとゲゴンガはそう述べた。

 見るとこの場に立っているのは人間やそれに組する光の者達だけだった。

「よし、バルケルの隊を救いに行くぞ! その横腹を突いてやるのだ!」

 バーシバルが馬を走らせ、ダンカン達は息を切らしながらその後に続いた。

「ゲゴンガ、頼む!」

 バーシバルが馬を譲った。

 バルケル勢と戦っているオークも統制が取れていて未だに陣形に乱れが無かった。

 ゲゴンガは再び馬に跨りクロスボウを構える。

 鉄の矢が飛んだ。それは指揮する将の首に命中した。将が倒れ、ここも早くも混乱し、乱戦状態となった。

 中隊長のエルド・グラビスが、神器、飛翼の爪という大剣を振り回し、先頭に立って次々オーク共を肉塊にしていった。

「それ、我らも掛かれ!」

 バーシバルが言い、ダンカン達は想定通り敵の横腹を衝いた。

 突然の援軍の出現にオーク達は戸惑いを見せたが、自暴自棄になったのか迎え撃つどころか襲い掛かって来た。

 兵達が戦斧に弾き飛ばされる。

 戦斧の主は巨大なオークだった。

 バルドが無言でそのオークにぶつかっていった。

 左右の手斧が長柄の戦斧とぶつかり合う。しかし、バルドはそれを弾き返して一撃目を肩に振り下ろし鎧ごと分断し、二撃目でそっ首を刎ねた。

 この場も収まりつつあった。

 更に向こうのイージア勢も自力で敵を制したようだ。

「さて……」

 ダンカンは閉ざされた城門を見た。

 ここを開ければオークキングの城を完全に制圧したことになる。

「門を開けよ!」

 エーラン将軍が命じるが、兵士達が押しても門はビクともしなかった。

「閉ざされているようです」

 兵士が報告した。

「衝車はあるか?」

「はい、ございます」

「よし、急ぎ準備をせよ」

 エーラン将軍が言った。

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