十四
まるで全てを破壊する朱色の砲弾だった。
その後ろを津波の如くオークの戦士達が集い迫って来る。
「隊長、首魁の首は俺とバルドでいただきます!」
立ち塞がる兵士達は次々斬られるか弾き飛ばされる。
イージスとバルドが前に進み出てオークの大将が来るのを待ち構える。
オーガーのバルドの巨躯に負けずとも劣らない容貌魁偉なオークの大将は自らの足で駆けながら斬馬刀で次々道を広げ、ついにダンカン達の番となった。
「全軍、ここで敵を足止めせよ!」
バーシバルが後方で叫び、兵士達が集ってくる。
「ガハハハハッ! 散れ散れいっ!」
オークキングの斬馬刀はイージスとバルドを軽々弾き飛ばした。
「イージス! バルド!」
ダンカンは意を決してオークキングに向かって行った。
「覚悟しろ!」
自分よりも大きく広い身体にダンカンは正直震えを覚えていたが、イージスとバルドのことを思い出し、復讐に燃えて躍り掛かった。
「フンッ!」
分厚い刃が下段からダンカンの剣にぶつかり、彼の身体は宙を舞って遠くに弾き飛ばされた。
ダンカンは地面に強かに身体を打ち呻いたが、背中越しに走る地鳴りにすぐさま気付き起き上がった。
猛進するオークの軍勢の外に自分はいた。
敵の軍勢が次々こちらの兵士を呑み込み、馬上のバーシバルが突き落とされるのを見た。
敵はバーシバル小隊を抜き次なる小隊も突破し、中隊長ジェイバーの隊へぶつかった。
倒れた兵士達が呻いている。
ダンカンは剣を拾うと素早くそちらへ駆け寄り、部下達の姿を探して名を叫んだ。
「イージス! フリット! ゲゴンガ! バルド!」
すぐに返事があった。
フリットとゲゴンガ、バルドが寄ってくる。
「イージスは!?」
「心配いらない。気を失っているだけだ」
バルドが言った。
と、何の因果か主を失ったバーシバルの馬がこちらへ歩み寄って来た。
今は本陣の危機、それを救える一端を担うのは俺なのかもしれない。
ダンカンはバーシバルの馬に乗った。
「ゲゴンガ、フリット、バルド、それぞれ救援要請に向かってくれ!」
ダンカンが見たところ他の軍勢はまんまと城付近まで誘導されていた。
オークキングは自力と強兵による一点突破を狙っていたのだ。力押しだが無策では無かった。
部下達が駆け去って行く。
ダンカンは地面で呻く兵達に向かって大音声で呼んだ。
「皆、苦しいだろうが、立ち上がれ! 今は本陣の危機、友軍が、総大将が危険に晒されている! あと一握り、皆の力を貸してもらいたい!」
ダンカンの言葉に兵士達が次々立ち上がった。総勢二百人はいるだろうか。数は少ない。しかし、やるしかないのだ。
「行くぞ! 俺達でオークの背を突き崩すのだ!」
「おおっ!」
ダンカンが馬を走らせると、鬨の声を上げて歩兵士達が駆けてついてきた。
オークの軍勢は老将ジェイバー部隊を壊滅させて本陣の近衛兵の大隊へ真っ直ぐ攻め立てて行った。
老将は二人のオークの将を相手に苦戦していた。
「貴様の相手は俺だ!」
ダンカンは咆哮を上げてオークの将を背後からその首元を突き刺し貫いた。オークの将が倒れる。
「貴様、背後からとは卑怯な!」
もう一人のオークの将が言ったがジェイバーが馬上から剣を振るって黙らせた。
「すまぬダンカン、こ奴を葬ってから合流する故、本陣を頼む!」
ジェイバーが言った。
「承知しました。皆、行くぞ!」
馬腹を蹴る。歩兵達が後に続いてくる。
馬上から前を見る。オークの先は変わらず近衛大部隊を蹴散らして進軍している。
オークキングの斬馬刀の舞いが陽光に煌めくのが見えた。
総大将エーラン将軍のもとまでもう僅かだ。
この背を突き崩していては間に合わないかもしれない。
その時だった。騎士と思われる数騎が颯爽と馬に乗って現れ、エーラン将軍との間に割って入った。
そして中心の人物がオークキングの斬馬刀と激しい攻防を繰り広げた。残る騎士達もオークの猛攻を受け止めそこで進軍を阻んでいた。
天の助けだ! まだ間に合うかもしれない!
「行くぞ皆っ!」
オークの部隊にダンカン率いる部隊は衝突した。
背後からの攻撃にオーク達は反応が遅れ、次々刃の下に倒れてゆく。
「良いぞ! その調子だ!」
ダンカンは馬上から鼓舞し自らも剣を振るった。一人馬上にいるため名のある将だと勘違いしたオーク達が次々刃を振るい、突き出してきた。
ダンカンはそれを受け止め弾き、斬り返した。
と、ダンカンの隣でオークの首が二つ、宙を舞った。
「どうにか追い付けましたな」
イージスだった。バーシバルもいる。
「バーシバル、代わるか!?」
「いや勢いを挫きたくはない! 皆、お前の声に応じたのだから。このまま行こう!」
オーク達は殆どが前に気を取られ、後ろで一方的な殺戮の波が迫っていることを知らない様子だった。
前方を見る。謎の騎士団は五人いた。まだまだ必死に踏ん張っている。
蹴散らされた近衛部隊もダンカンの指揮下に加わった。
「待たせたのぉ!」
ジェイバーが現れた。
老将の登場に兵士達は鬨の声を上げた。
ダンカンはもはや自分の役目はここまでだと悟り、ジェイバーに指揮権を委ねた。
「それそれ突撃じゃ! この先にいるオークキングの首さえとればワシらの勝ちじゃ! エーラン将軍を決して討たすでないぞ!」
老将の魅力は自分を凌いでいるとダンカンは思い知り、あるべき形に戻ろうと決め、下馬してバーシバルに馬を譲った。
「ここまで本当によくやってくれたなダンカン」
バーシバルはそう言うと兵を鼓舞した。これで普段の姿を取り戻した。
すると後方から馬蹄が響き渡り、オークの軍勢の横腹を騎兵隊が衝いた。
「イージアのツッチー、これにあり! いざ、敵を殲滅せよ!」
聞き覚えのある豪傑の声が轟いた。振り返れば、ダンカンの伝令を受け取ったのか、他の軍勢も部隊を割いて引き返してきている。
ダンカンは僚友達と並んで懸命に剣を振るった。
オーク達も騎馬隊の到着に気付き、後方の危機も悟ったらしい。グルリと反転し攻撃を仕掛けて来た。
これで良い。俺達に出来ることはオークの軍勢を引き付けることまでだ。
総大将のことは天の遣わした謎の騎士達に任せるとしよう。
イージスが次々突破口を開いて行く。オークの赤い血が宙を染めた。
後方の歩兵部隊、横腹を衝いた騎兵部隊にオークの壁は瓦解しつつある。
「オークキングに栄光あれ!」
バーシバルが討った敵の武将がそう叫んで倒れた。
「もう少しだ、皆、良い調子だぞ、頑張れ! あと少し頑張り抜け!」
バーシバルが叱咤激励した。
オークの壁がついに薄くなり騎兵隊と合流した。
前方の様子は騎兵に閉ざされ分からなくなった。
だが、攻撃とオークの声が止んだのだけは伝わって来た。
そんな中、一つの剣戟の音が木霊している。
「仮面騎士だ! 仮面騎士がオークキングと争っているぞ!」
騎兵達から声が上がった。
ダンカンは驚いたが、ニヤリと微笑んだ。まさか従軍してくれているとは思わなかった。仮面騎士なら、あの方ならやってくれる。
と、騎兵の間から前方の様子が見えた。斬馬刀が虚しく唸りを上げ、仮面騎士の剣とぶつかった。
勇将ツッチーが騎兵隊を避けて歩兵隊に正面を明け渡した。
はっきりと仮面騎士が見えた。馬から下り斬馬刀を振るうオークキングを圧倒していた。
「今からでも遅くない、降伏いたせ!」
エーラン将軍が声高に述べた。
「馬鹿な、降伏したところで闇と光は決して相容れん! 我々は高潔なるオーク族だ! これでも喰らえ! 全てのオーク族の怒りの一撃だ!」
オークキングの渾身一撃を仮面騎士は剣で受け止め、そして弾き返すや懐に飛び込んだ。
「何ッ!」
そしてその驚愕に見開かれたであろう首を跳ねた。
血煙が立ち上る。オークキングの首が地面を転がり、朱色の鎧を着た胴体が血を噴き上げながら倒れた。
静まり返った中、仮面騎士はオークキングの首を手にし、跪いて総大将エーラン将軍に差し出した。
「見事だ。その方らの活躍で命を長らえた」
エーラン将軍はそう言った。
「首をお受け取り下さい」
仮面騎士が言った。途端に首を受け取ったエーラン将軍は仰天したように言った。
「その声はまさか、貴殿は! それにその剣!」
「それがしは仮面騎士と申す者です。皆、帰投するぞ!」
仮面騎士の魅力ある声に他の四人の仮面騎士も従い馬上の人となった。
「待たれよ、この度の第一の功は間違いなく貴殿だぞ!」
エーラン将軍が言ったが、仮面騎士の頭目は無言で頭を振り、馬腹を蹴って部下達と共に戦場を去って行った。
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