十三
このヴァンピーア城の目の前に、後方の都市リゴとアビオン、そしてコロイオスからも駐屯していた兵が集う。
総勢どれぐらいかは末端の兵までは伝わってこなかったが二十万は固いだろう。コロイオス勢が加わった結果だ。
ダンカンは中軍のヴァンピーア勢にいる。総大将エーラン将軍の元、老将ジェイバーを中隊長とし、バーシバル小隊に入っている。
再び闇の勢力、オークキングを攻める時が来たのだ。
晴れ渡った陽光の下、軍勢は出立する。
街道沿いのオークの村々は以前と同じで何者の姿も無かった。
前回の後方をかく乱させられ、兵を割いたことが致命傷となったのをエーラン将軍も各将も思い知ったらしい。制圧した拠点にコロイオスの軍勢をここで割いて行く。
そのまま行軍は続き、無人の村々を制圧しコロイオスの兵を配置させた。
「タンドレス殿!」
休息の最中、ここでお別れとなる愛しき人のもとへフリットは走って行った。
ダンカン隊はその様子を見ていた。
戦乙女を思わせる若い女性は若者に何か声を掛けたようだ。そしてその肩越しにこちらに向かって一礼してきた。
フリットを頼むということだろう。ダンカンは頷いた。
行軍は続いたが、夜は動かなかった。
オークの夜襲を懸念し、篝火を焚いて街道で休息と仮眠をとる。だが、末端のダンカン達は当然、寝る暇など与えられず一晩中見張りにあたった。
夜襲は無かった。結局行軍の最中一度も無かった。
オークは誇り高い。夜襲など姑息な真似はしないのかもしれない。
「今頃、城の前で軍勢を展開して息巻いているかもしれませんな」
イージスが言った。
行軍が続き、いざ決戦の場へ赴くと副官の言った通りだった。
陽光煌めくオークの主城の前には軍勢が大きく広げられていた。
こちらも原野に兵を展開した。付近に隠れ潜む場所などない。文字通り、力と力がぶつかる戦になるはずだ。
と、オーク勢から一騎が駆け出してきた。
「我が名はオークキングが弟、グレーゴル! 腕に覚えのある将、出でよ! 我が剣の錆としてくれる!」
大音声が戦場に木霊した。
「このツッチーが、いざ、その首貰い受ける!」
打てば響くように、もはやお馴染みの声が木霊し、騎将が隊列を抜け出し駆けて行く。
「ツッチーさん、頑張れ!」
同僚と思われる者の声援が続いた。
武将ツッチーは槍先を手で扱くと一気にオークの将へ迫った。
オークの将も肉食馬の腹を蹴って駆け出して来た。
両者はぶつかり、すれ違った。
と、オークの将の首の無い胴体が馬上から転げ落ちた。
武将ツッチーの手の中にその首はあった。
「敵将、討ち取ったり!」
ツッチーが槍を掲げる。
将兵が大声を上げて応じる。
「それ、全軍突撃! 雑兵どもを蹴散らしオークキングの首を取れ!」
エーラン将軍が号令を上げると、左右に展開していた軍勢が鬨の声を上げて進み始めた。
左翼のイージア勢の騎兵隊がオークの歩兵隊とぶつかるのに続いて、サグデン、バルケルも続く。
「行くぞ皆の者! 進めい!」
中隊長ジェイバーの声と共にヴァンピーア勢は、腕利きの近衛大部隊を総大将エーラン将軍の守備に残し駆け出した。
地鳴りが木霊する。声という声、音という音が途切れることなく轟雷の如く響き渡った。
「イージスお前の感が当たったな」
駆けながらダンカンが言うと副官は笑った。
「たまたまですよ」
「城壁上にダークエルフの傭兵隊はいない。本当に野戦で勝利を掴むつもりだな」
オークの軍勢と肉薄し列の先頭がぶつかった。
剣戟の音が悲鳴が身近に聴こえてくる。
「おのれ、そこの老将よ、我と一騎打ちせよ!」
オークの雑兵が声を上げた。
「黙れ雑兵風情が! ジェイバー中隊長に挑もうなど身の程を知れ! このバーシバル小隊を簡単に抜けられると思うな!」
バーシバルが馬上で声を上げ、兵達を叱咤激励する。
自らを背水にしたオークの勢いはすさまじかった。その剛力の前にこちらの兵が宙を舞った。
「前列交代!」
バーシバルが声を上げる。
だが、交代しようとした前列、後列をオーク達が激突し突き崩した。
「このまま突撃! 目指すは人間の大将の首ただ一つだ!」
豪壮な鎧兜に身を纏い、三又の神々しい武器を掲げた将を先頭にオーク達が雪崩れ込んできた。
「ガハハハッ、脆いな、脆いぞ、光りの者どもよ!」
その勢いを阻める者はいなかった。
「ダンカン隊、行くぞ!」
ついに出番が寸前となりダンカンは声を上げて先頭に立って敵とぶつかった。
「雑魚に用はない!」
三又の槍がダンカンを圧倒する。
これは俺では防ぎきれん!
ダンカンは剣を振るいながらそう感じた。だが、勢いを削がねば敵はあっと言う間に総大将に肉薄するだろう。
するとイージスが横合いから割り込んできて敵将とぶつかった。
「イージス!」
「隊長、悪いですがコイツの首は私がいただきます!」
「何を雑兵が!」
オークの将が三又の槍を振るい突き出し、イージスを圧倒している。
ゲゴンガ、バルド、フリットも士気の高いオークを相手に苦戦していた。
ダンカンはフリットの助勢に入った。
横合いからオークを襲い、フリットの剣がその首を刎ねる。
「やった!」
「まだだ油断するな!」
若者にダンカンは声を荒げた。横目でイージスの様子を見る。
イージスは両手剣を振るいオークの将と互角以上の戦いを見せていた。
副官は隊随一の剛剣の使い手だが、ここまで強いとは正直思わなかった。
「死ねいっ!」
オークが剣を振るい襲い掛かってくる。
ダンカンはそれを避け、すれ違いざまに首の後ろに剣を突き立てた。
オークが絶命するが、敵は次々湧いて出てくる。
オークの鬨の声の唱和が戦場を包んでいた。
ダンカンは亡きオザード中隊長のことを思い出していた。あの人が存命なら兵の心を掴む鼓舞の言葉を声高に叫んだだろう。バーシバルもジェイバーも声を上げているが、兵には届いていないようだった。
ダンカンは血に濡れた剣を振るい、次のオークの相手をした。
雑兵と言えど何という膂力だろうか。ダンカンが剣で受け止めると、その時、声が響き渡った。
「敵将、討ち取りましたぞ! やれやれ疲れましたわ」
イージスがオークの将の兜首を掲げて声を上げていた。
「イージス、良くやった!」
バーシバルが嬉しそうに言った。
雪崩れ込んできていたオークの勢いはしかし止まらなかった。
ダンカンにも徐々にその正体が見えて来た。
朱塗りの鎧兜に身を包み斬馬刀を掲げたオークが隊の中列で絶えることなく叱咤激励を飛ばしていたのだ。一際大きな体をしている。鼻面は他のオークよりも太く長く、突き出ている牙も立派だった。
「あれはもしやオークキングか!?」
後方で馬上のバーシバルが驚きの声を上げた。
「どけどけいっ! 我こそがオークが総大将、オークキングなり!」
オークキングが徒歩で駆けて雑兵達を抜き去り、斬馬刀でこちらの兵士を一薙ぎに吹き飛ばして進んでくる。
そして敵兵は列を整えていた。オークキングを先頭にだ。敵の士気は俄然上がっていた。
「ダンカン隊、構えろ! 敵の大将が来るぞ!」
ダンカンは心に戦慄が走るのを抑え、気を持ち直すように来るべく衝突に備えて部下達に向かって声を張り上げた。
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