知らぬ間に夜が明けた。

 強行に交戦に更に強行と続いたため、バーシバル小隊の落伍者は大勢出た。

 ダンカンも既に限界の限界を迎えていた。だが、それでもまだ限界はあるらしい。棒になった足を半ば早歩きのように進ませている。戦場は遥か彼方の様に感じられた。

 今頃どうなっているだろうか。退散し城内で合流したオーク達が雪崩の如く扉を開き勝負を仕掛けて来ている頃合いだろうか。

「た、隊長、すみません」

 後ろから声が聴こえた。

 振り返ると若いフリットがよろめきふらついていた。彼に限界が訪れたのだ。ダンカンはそう思いつつ、脱落することを許す様に無言でうなずき返そうとしたときに、オーガーのバルドがフリットの身体を担ぎ上げた。

 バルドはまるで疲れ知らずの様に、はつらつとダンカンとイージスを追い抜いていった。

「隊長、副隊長、先で待ってる」

 バルドはそう言うと走り去って行った。

 バルドだけでは無かった。脱落しそうな人間達をオーガーにミノタウロス、トロール達が担ぎ上げた。ゴブリンのゲゴンガは同族達と軽快に先を行っている。

 すると大きな腕が伸びてきてダンカンを抱え上げようとした。

「俺よりも、バーシバルだ。小隊長のアイツの方が重要だ」

 ダンカンが答えると逞しい腕は引っ込み、追い抜いていった。その大きな背と角を見てミノタウロスだったのだとダンカンは気付いた。そしてそのミノタウロスはダンカンの言う通り前方でふらついているバーシバルを抱え上げた。

「おお、何だこれは!?」

 バーシバルの驚く声が聴こえ、疲労困憊ながらダンカンは思わず吹き出してしまった。バーシバルはミノタウロスの肩に背嚢の様に担がれていた。

「おおい、これでは頭に血が上ってしまう!」

 夜が明け、しばらく進むと村が見えた。兵糧庫のある村だ。

 見知った守将が言った。

「既にジェイバー殿は戦場へお戻りなされた」

 それはそうだ。総大将からの命令である。

「では、我々も戻って合流し……」

 バーシバルが言った時だった。

 地鳴りがした。街道を戦場の方から猛進してくる隊があった。

「我が軍は敗北した!」

 そう叫んだのはサグデンの大将、スコンティヌウンス・サグデン伯爵だった。老境に入りながらも勇猛な男だった。

「総大将は、何処に!?」

 バーシバルが問うとスコンティヌウンスが答えた。

「自ら囮になられた」

「囮? 殿軍を受け持たれたということですか?」

「今はな。我らは速やかに周辺の森の中に埋伏し、総大将を狙い追ってくるオーク共に奇襲を仕掛ける。それ各将、準備をせい!」

 南方のサグデンの領主、スコンティヌウンス・サグデン伯爵が命令を飛ばすと、サグデンの武将達が即座に部下を率いて森中に消えていった。

「兵糧はいかがしましょう?」

 守兵の一人が尋ねた。

「勿体無いが、輸送していては足取りも重くなるだけだ。諦めるしかあるまい」

 バーシバルが言った。

「バーシバル殿、こうなっては我ら守備隊の役目も無くなったも同然です。あなたの指揮下に入りましょう。ご指示を」

 守将が言った。

 バーシバルは頷いた。

「やることは一緒だ。総大将を助けること。それにはサグデン伯爵がおっしゃっていたように奇襲しかあるまい。我らも森に伏せよう」

 バーシバルに率いられ、守備隊を取り込んだ小隊は村を過ぎた辺りに伏せることにした。サグデン伯爵よりも先の方である。

 事実上のしんがりは自分達だ。ダンカンはそう思い、部下達を見る。フリットは緊張した顔をしているが、他の面々は落ち着いていた。サグデンの兵力もあるため心強く思っているのだろう。

 程なくしてバルケルのエルド・グラビス大隊が駆けて来た。

「エルド!」

 サグデン伯の声が轟き、エルド・グラビスも速やかに兵達を埋伏させた。

 街道は静かになった。

 しばらくして再び地鳴りが響いて来た。その音はいつにも増して大きかった。

「来ましたな。エーラン将軍の大隊とイージアの隊でしょう」

 イージスが言った。イージアの隊はオーク出現の報を受けてずっと先の制圧拠点まで馬を飛ばして出払っている。現在さほど数はいない。ジェイバー中隊も勿論加わっているのだろう。ダンカンは老将の無事を願った。

 地鳴りが大きくなり、陽の光の下、撤退してくる隊の先頭が見えた。徒歩で駆けている。

 それらが続々とダンカン達の伏せた森の中を通り過ぎて行く。

 と、鬨の声が聴こえた。

 ダンカンには見えた。最後尾の列にオークの軍勢が追い縋っている。

 それを半ばまでやり過ごしたところで、サグデン伯の勇ましい声が昨日の空を支配していた雷の様に轟いた。

「今だ、かかれい!」

 鬨の声を上げて左右の森から兵達が飛び出しオークの大部隊を寸断する。

 オークの前衛が引き返そうとしたところを、今度はバルケルのエルド・グラビスの声が吼え、サグデン伯と同じく森から敵の列の左右に津波の如く突っ込んだ。

「総大将、このまま行かれませいっ! 芳乃殿、後はよろしくお頼み申す!」

「命に代えてもでおじゃる! お主等の無事を祈っているでおじゃるぞ!」

 老将ジェイバーの声が言い、芳乃というイージアの大将が応じた。総大将とイージアの軍勢は再び逃れ始めて行った。

「よし、ジェイバー殿に合流するぞ!」

 バーシバルが言い、小隊は森から飛び出し、駆けた。

 ジェイバー隊はオークの最前列に正面から斬り込んでいた。バーシバル小隊はその脇を衝いた。

 ダンカンも剣を振るいオークの列を寸断し、殲滅させる。

「おお、バーシバル!」

「ジェイバー殿、御無事で! ここを命を捨てて凌ぎましょう!」

「望むところじゃ!」

 ジェイバーとバーシバルの声が聴こえた。

 ダンカンは無我夢中で凶刃を受け止め、斬り返し、刺突した。

 戦場の高揚感がダンカンから疲労を忘れさせた。陽の光が刀槍を煌めかせ、それが振るわれる姿は、さながら風に吹かれる麦の穂の様だった。

「隊長!」

 フリットの声が聴こえる。

 眼帯をした隻眼のオークが彼の剣をこれでもかと剛力で弾き返していた。フリットは怖気付いてしまったのだ。

「交代だフリット!」

 ダンカンが素早く間に割り込み剣を振るう。

 隻眼のオークは刃の大きな刀を扱っていた。斬馬刀に近いだろうか。

 その一撃が振るわれ、ダンカンは片手剣を両手に構えて受け止めた。凄まじい一撃に腕から全身に痺れが走り、後ろに押される。これは強敵だった。

 ここで命が果てるかもしれない。しかし、部下が死ぬよりはマシだ!

 ダンカンは剣を打ち込んでいった。武器が並外れているが図体も大きい。こちらの小出しに繰り出す技にどうにか喰らい付いてくるようだった。一撃で仕留めたいところは山々だが、少しずつ効果的に致命傷を与えてゆくしかあるまい。

 ダンカンは暴風を纏った剣を避け、剥き出しの手の甲に一撃を入れた。

「ぬっ!?」

 オークが声を上げる。そして流れる血を見て不敵に微笑んだ。

「俺を本気にさせたな。貴様の首必ず上げてやる!」

 オークが得物を振るう。先程とは違い早かった。言葉通り今の今まで手加減されていたのだ。

 ダンカンは襲い来る刃をどうにか受け止め、押され続けていた。何とか反撃したいが、この嵐の様な猛撃の前には、付け入る隙がなかった。

「隊長、交代です!」

 後方から声が上がり、副官のイージスがビョルンと名付けた両手剣を振るって跳び込んできた。

「イージス!」

「良いから、さがって!」

 イージスはこちらを見ずに言い敵に斬り込んでいった。

 猛烈な打ち合いが展開されていた。イージスは隻眼のオーク相手に一歩も押されず、むしろ押し進み続けていた。

 と、イージスの両手剣が旋回し敵の得物を弾き飛ばし、そのままそっ首を分断した。

 隻眼のオークの首は血を飛散させながら茂みの中へ転がっていった。

 イージスが剣を地面に立て身体を預けて呼吸をしていた。

「イージス、大丈夫か!?」

「我らも若くないというのに、昨日と言い、本当に休む暇もありませんな」

 ダンカンが声を掛けるとイージスは笑ってそう言った。

 サグデン、バルケル、そしてダンカン達ジェイバー中隊の決死の奇襲と反撃により、追撃に出て来たオークは多大な犠牲を出して退却して行った。総大将を囮にしたのだ。死屍累々、そこら中オークの屍の山が出来ていて敵がいかにその首に執着していたのかが伝わって来た。

「よし、皆ご苦労だった! 我らも速やかに撤退する! しんがりはエルド・グラビス殿に頼もう」

「承知した」

 サグデン伯が言い、エルド・グラビスが応じた。

「疲れたでやんす。隊長、オイラ猛烈に塩抜きのトマトジュースが飲みたいでやんすよ」

 ゴブリンのゲゴンガが言った。

「そうだな」

 イージス、フリット、ゲゴンガ、バルド。全員いる。ダンカンは隊員達の無事を確認して安堵しながらそう返したのだった。

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