七
オザード中隊長の死にさほど味方が動揺しなかったのは、後釜となった老将ジェイバーと新たに小隊長となったバーシバルの魅力と、オーク憎しの思いだったのだろう。
誰もがオザードの仇を討とうと燃えていたが、ダンカンはそこまで激怒することは無かった。
オザードは自身が強くもあり、中隊長としても適任だった。傭兵だった頃の経験が生かされていたのだろう。
特別親交があったわけでは無いが、思わぬ最後となり、まだその死が実感できないのかもしれない。それは後々分かってくることだ。
ダンカンが今思っていること、それは単純明快だった。夜になる前にオークを殲滅せねばならない。
兵站を守る兵達が今も必死に抵抗を見せている中、ダンカン隊はその横から敵を衝いた。
バルドの二本の斧が、イージスの両手剣ビョルンが敵兵達の首を刎ねた。
「すまない、助かった」
兵站の守備に就いていた兵達が疲労困憊の様子で礼を述べた。
「いや、よくぞ生き残ってくれた」
ダンカンが言うと、彼より年下の守兵は微笑みを見せて頷いた。
ダンカン隊は村中を駆け巡りオークとの交戦に苦戦する味方勢を助け続けた。
あちこちから聴こえていた戦いのあらゆる音も今は静かになっていた。思ったよりも早い静寂だった。そしてそろそろ夜が来る。
ダンカン隊は兵糧庫へ向かった。
村の奥に築かれた即席の砦の様な兵糧庫は幸い陥落していなかった。
守備隊がガッチリと兵糧庫を守護している。
守将と思われる武将と中隊長ジェイバーが話している。
と、小隊長バーシバルがジェイバー自らの小隊を招集させた。ジェイバーから受け継ぐ形として小隊長になったため、その配下にはダンカン隊も含まれていた。
各分隊長が集まるとバーシバルが言った。
「我が小隊はこれより兵站線の再確保に向かう」
つまりヴァンピーア方面に道を戻るということだ。
「どうやら制圧した村々にオークが現れ、交戦しているということだ。実はこの兵糧庫が襲われる前にそちらでの交戦が確認されたとのことだ。出撃した騎馬隊はそちらへ向かっていった。陽動のつもりだろうが、皆の働きでどうにか兵糧庫は守り通すことができた」
ダンカンは一抹の不安を覚えて言った。
「これから夜になる。夜こそ奴らがこの兵糧庫を本気で攻めてくるのでは無いのだろうか」
バーシバルは言った。
「しかし、事実奴らは今も後方を脅かし、交戦している仲間達がいる。幸いここの守備兵と残る中隊を合わせればそれなりの頭数にはなる」
正義感の強いバーシバルの言いそうなことだった。仲間を見捨ててはおけない。そういう情のある男だった。
ダンカンは頷いて引き下がった。
「よし、バーシバル小隊は再び駆けるぞ。オザード将軍の叱咤激励を思い出せ! 駆けて駆けて一人でも多くの同胞を救うのだ!」
オザードの名が効いたのだろう。小隊は気合を入れる様に返事を返した。ダンカンはその様子を見ているだけだった。
再び強行軍が始まった。
雨は相変わらず降り注いでいる。松明の火は点けられなかった。
オークのバルドやトロール、ミノタウロスは夜目が利いたが足が遅かった。そんな中、俊敏なゴブリン達が役に立った。ゲゴンガも一時的にゴブリン隊に加わり、隊の最前列を駆けた。
そして寸断するオークの部隊を見付けるやゴブリン達は声を上げて知らせた。
「うおおおっ!」
駆けたまま更に全力で大地を蹴り兵達がオークへ襲い掛かった。
「夜のオークに勝てると思うたか?」
剣戟の音が静寂を破る中、三、四人を弾き飛ばして一人のオークが姿を見せた。部隊長の様だ。
「俺に挑む者はいるか!?」
将としてはただ一人のバーシバルが名乗りを上げようとしたのをダンカンは制して言った。
「バルド、頼む!」
「おう」
オーガーのバルドは両手に持った斧を振るってオークの部隊長と剣を交えた。
オーガーの手にオークの首が握られるのは意外に早かった。
部隊長の無残な姿を見て、オーク達は更に力を入れて来た。
ここに来てゴブリン始め、夜目の効く亜人達がその力を見せた。
ミノタウロスの長柄の戦斧が、トロールの棍棒が、オークを斬り裂き、拉げさせ、ゴブリン達は群れとなって短剣で敵をめった刺しにした。
「よくやってくれた。王国はお前達の働きに必ず報いようぞ」
バーシバルが固く誓った。
小隊は再び闇夜の街道を駆け、途中に立ち塞がるオーク達を撃滅させた。亜人達の功によるものだ。
そうして未明、制圧した村に入る。
あちこちで声が聴こえた。
「各分隊、救援に赴け!」
バーシバルが命じると、分隊長達が声を上げて部隊を率い村の闇へ消えて行く。
「ダンカン隊も行くぞ!」
ダンカンも剣戟の音、交戦の声を頼りに村の中を駆けて行く。
村内に跋扈するオークを掃討している時、ダンカンの目に長柄の大斧を振るい、たった一人で大勢の敵を滅多斬りにしている者の影が映った。
亡きオザード並みか、それ以上の豪傑だ。死なせるには余りにも惜しい!
ダンカン隊がオークの背後を襲う。
闇夜の中、自分が本当にオークを相手にしているのか分からなくなる時もあった。ダンカン隊は声を掛け合い、ゴブリンのゲゴンガが隊の目となってダンカン達を誘導した。
そのおかげで剣に迷いがなくなった。イージスもフリットも動きが良くなっている。ダンカンもだ。
オークの膂力を受け流し、懐に入って首を刎ねる。腕を分断し首を刺し貫く。顔中に汗を搔いていたが、もしかすれば返り血かもしれない。
ようやくオークを殲滅し、ダンカンは一人勇敢に戦っていた者の姿を見て驚いた。
「グシオン坊ちゃん!?」
そう、ヴァンピーア太守バルバトス・ノヴァーの息子、グシオンがそこにいた。
「まさか坊ちゃんが、この戦いにいらっしゃるとは」
ダンカンが言うと若者は答えた。
「父上より許しは貰っている。武者修行の成果を発揮するには良い機会だった」
そうして初めてグシオンの後ろに数人の負傷兵がいるのが見えた。ダンカンは感動した。弱き者達のためにたった一人で倒れることなく今の今までこの若者は戦い続けていたのだ。
「立派です、グシオン坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめてくれ」
「はっ! グシオン様!」
ダンカンは敬礼した。他の隊員達も倣う。
「ダンカンここなら大丈夫だ。お前達の働きのおかげだ。他の仲間達を救ってやってくれ」
「はっ! グシオン様!」
ダンカンは勇躍して隊を率いて村内を駆け回ったが、自分達が来て僅か短時間で決着はついていたようだった。
バーシバルと拠点守備隊の武将が話し合っていた。
各分隊長が集まるとバーシバルが言った。
「どうやら先に出撃した騎馬隊はこの先の拠点で交戦しているらしい。ここはその後に襲われたようだ」
バーシバルが分隊長達に言った。
するとイージスがダンカンに小声で言った。
「少々胸騒ぎがするのですが」
「何だ? 言ってくれ」
「はっ。オーク達があまりにも呆気なく退いているように感じまして。もしかしたら我らは城から故意に引き剥がされたのでは無いのでしょうか?」
程なくして兵が集ってきた。
「バーシバル小隊長、民家のあちこちでトンネルの様なものを発見しました」
「トンネル。そうか、城からトンネルが伸びているのやもしれんな。しかし、後方を騒がせたにしては呆気ない気もするが」
バーシバルが疑念を抱くように言うと、イージスの意見もありダンカンは一人青褪めた。
「バーシバル、もしや我々は故意に戦場から引き離されたのやもしれんぞ! 今頃、退散したオーク達は各トンネルを通って城へ戻っているのでは無いか!?」
バーシバルが、他の分隊長達がハッとした顔をした。
「数を割くための囮だったわけか! いかん、戻るぞ! 敵の総攻撃が始まっているやもしれん!」
すると馬の馬蹄の響きが聴こえた。
現れた使者は跪き、言った。
「ジェイバー中隊長から、至急本陣へ戻る様にとのことです! 敵の反撃が始まったとのこと!」
その報告にダンカン達は色を失った。
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