第7話 魔術師の初陣
あの惨劇の村から離れること二日。一行はそこそこ規模のある都市に辿り着いた。
「随分と賑わってますね」
「ここクラストリアは昔からの貿易都市じゃからのう。三つの街道が丁度交差する場所にあるんじゃ。さて宿を探そうかの」
「いや、その前に行く所がある」
そうファムはカムパネルラに告げた。
「何処じゃ?」
「……職業斡旋所」
忌々しいものを見る目つきでカムパネルラを見る。
「何故じゃ?」
「寄り道していると賢人会議に間に合わなくなりますよ、ファムさん」
脳天気な二人にファムはどんと足を踏み鳴らした。
「お前らにはわからないのか!路銀だ、路銀に決まっているだろ。金を持っているのか」
ほぼ身一つで城を抜け出してきたアルジール。元よりあの母親のせいで財産は食いつぶされ、貴金属や価値ある宝石の類は売り飛ばされてしまっていたという。そんなアルジールに金などあるわけもなかった。そして見るからに金の無そうなカムパネルラ。実際彼は一銭も持ち合わせていない。いざとなれば食べることすら必要としなかったファムとキースと違い、カムパネルラやアルジールは飲み食いしなければ生きてはいけない。言ってみれば扶養が二人増えたようなものである。
「あ……」
それに気付いたアルジールは思わず口を押えた。
「すみません、気付きませんでした」
申し訳なさそうに頭を下げる。
「謝る必要などない、アルにも働いてもらう」
「は、はい……」
アルジールは更に縮こまった。それをまあまあとキースが宥める。
「見ろよ、ファム。傭兵らしき奴らがうろうろしてる。一戦あるんじゃないか?」
慣れ慣れしく肩に置かれた手をファムは振り払った。
「気付いている。お前を殺してくれる奴がいるとは期待はしていないがな」
ちっとファムは舌打ちした。
ぞろぞろと四人は職業斡旋所へと向かう。こういう都市では常に仕事があるものだ。特に旅人が行き交うクラストリアのような貿易都市では尚のことだった。
「どんな仕事がある?」
順番待ちを終えて、ファムは斡旋所の受付へと尋ねた。
「どんな仕事がお望みかね」
目をしばたかせながら、落ち窪んだ目をした男はぱらりとわら半紙を捲った。
「私は剣士だ、傭兵をやってる」
そのファムの言葉に男は訝し気な顔をする。見た目はファムは十代の少女なのだ。
「傭兵?お嬢ちゃんがかい?」
小馬鹿にしたような男に、ファムは懐から紙の束を取り出した。
「これは?」
「今までの契約書だ」
それはファムが今まで駆け巡って来た、戦場での傭兵契約書だった。
「うーむ、この嬢ちゃんが」
契約書に目を通しながら男は唸った。だが、納得したのだろう。
「よかろう。丁度いい仕事が舞い込んでいる。国境線で発見された銀山を廻ってルンザールとカザルフォリアがもめていてね。一戦あるらしくどちらも傭兵を探している。どっちにつくかい?」
「金払いのいい方」
ファムは端的に答えた。
「ならカザルフォリアだな。誰でもいいと言うくらい人手不足らしい」
言って男は硬貨の入っているであろう小さな革袋をテーブルの上に置いた。
「前金だ。残りは戻ってきてからだ」
生きていたらなと付け足す男にファムは言った。
「二人分だ」
「二人?」
「ああ」
ファムはアルジールを指差した。
「ほんの子供じゃないか」
「こいつは魔術師だ」
「ほう。そいつは珍しい。本物ならはずむが……」
疑わしい目で男はアルジールを見た。仕方がないという顔でアルジールは小さなナイフを取り出すと指先を少しだけ切る。ぷっくりと溢れた血に息を吹きかけると血は燃え上がり、炎で出来た小鳥となった。小鳥は火の粉を散らしながら部屋を一周すると燃え尽きて消えた。
「ふむ、いいだろう」
男は更に袋を一つ追加した。
斡旋所を出るとアルジールはファムに抗議の声を上げた。
「ファムさん、いきなり戦場だなんて」
「戦えると言っただろう」
その言葉にアルジールはぐっと言葉を詰まらせる。
「冗談さ。魔術師がいると言えば高く雇ってもらえるからな。ただそれだけだ。実戦経験のない魔術師に元より期待などしていない。躊躇なく人を殺せるのか?」
ファムの容赦ない言葉に、アルジールは項垂れた。
「まあ、魔術師は後方だ。援護くらいは出来るだろう」
ファムはアルジールを見ることもなくそう言った。
「なあ、ファム」
ファムに声をかけたのはキースだった。面倒臭そうにファムはキースを見やる。
「この爺さんも戦えそうじゃない?」
そう言ってカムパネルラの老人とは思えない鍛えられた胸筋を叩いた。
「わしは高齢者じゃぞ。無理言うでない」
そんな二人を見てファムはふんと鼻で笑った。
「足手まといだ。連れて行ったところで、お得意の意味不明な『説得』とやらを叫びまくるに決まってる」
「……確かに」
ぽつりとアルジールが呟く。
「それはそうと、キースは戦わんのか」
カムパネルラの言葉にキースはぱたぱたと手を振った。
「契約はファムを守り死なせないこと。それ以外俺は一切手を出さないの。それが悪魔の信条って奴でね。ファムが望む俺を殺すための悪魔探しを手伝っているのは、愛するファムへのサービス」
それ以外はごめんだね、とキースは言った。
「感動じゃ!ファムちゃんは愛されておるのだな」
「あ、悪魔が愛を語っている……」
「こいつの言うことを真に受けるな!」
ファムはカムパネムラとアルジールに唾が飛ばして怒鳴りつけた。そして気を取り直すと、ふんと鼻を鳴らす。
「とりあえず、今夜の宿を探すぞ」
そう言ってマントを翻した。
草原にルンザールとカザルフォリアの軍隊が集結している。この地方特有の刺すような冷たい風が山々から吹き下ろしていた。優美ともいえる風情で深紅の髪をその冷たい風にファムは靡かせていた。まるで戦場に咲く一輪の薔薇のように。そしてもう間もなくこの緑の草原は、このファムの髪のように赤く染まるのだ。波打つファムの髪はそれを予言しているかのようだった。
ファムは後ろを振り向いて、ほんの少しばかりの高台に立っている小さなアルジールの姿を見た。多くの離れた後方の魔樹師たちに交じってぽつねんとしている。表情まではわからないがさぞかし困惑と不安に満ちた顔をしているに違いない。城育ちの世間知らずの少年。世界を見てみたいと言っていた少年。思う存分見ればいいとファムは思った。この戦争は国境で見つかった銀山の利権を争いの末に起こったという。そこに正義も大義もない。ただ欲に満ちた人間がいるだけだ。醜悪なのはお前の母親だけじゃない。この世界そのものが醜悪なのだ。
この戦いが終わったらアルジールはどうするだろうか。そこまで考えてファムは首を振った。どうでもいいことだ。彼が付いて来ようが来るまいが自分の旅の目的は何一つ変わらないのだから。
ただあの悪魔を殺し、死ぬという目的は何一つ変わらない。
ラッパの派手な音か鳴り響いた。戦争の始まりだ。
ファムは背からロングソードを引き抜くと地を蹴り、傭兵の群れへと突っ込んでいく。前線に配置されているのは使い捨ての傭兵ばかりなのが常套だ。幾らでも替えがきくからだ。雇い主に金があればの話だが。国の正規軍はその比較的後方にいるのが常だった。いかにも戦場には場違いな少女の姿をしたファム目がけて、次々と殺意を持った刃が襲い掛かった。ここでは女も男もない。弱そう奴から殺していく。そして弱い奴は殺される。そのシンプルな理屈に支配されるのが戦場だ。
ファムは絶えまない攻撃を時には躱し、剣で受け流し、捌き切れない攻撃は甘んじて受けた。なにも気にすることはないのだ。自分は死なない。受けた傷はたちまちに回復する。ファムは一人、また一人と確実にその息の根を止めていった。人は死ぬ。こうもあっさりと。そうだ、人とはそうであれねばならない。戦場に立つ度にファムは思うのだ。ならば死ねない自分は何者なのか、と。
つい、物思いに耽り過ぎた。頭上でバスタードソードが振り下ろされる。ああ、これは受け切れないなとファムは思った。さすがに頭を叩き割られるとしばらく動けなくなる。だが仕方がないとファムは甘んじてその凶刃を受けようと決めた時だった。
「うわあああああ!」
目の前の男が火だるまになった。悲鳴を上げながら大地をのたうち回る。魔術師による火の術式に違いない。ちらりと高台を見上げればアルジールが両手を前へと突き出していた。
(やれるじゃないか……)
ファムは少しばかりアルジールを見直す。だが正義もなく民を守るためでもなく、人を殺す行為を行った少年の心はいかばかりか。この身体になってから戦場に身を置いて来たファムには慮る気持ちは存在しない。
「あああああ!!!」
火だるまになった男はまだ生きていた。アルジールが躊躇したのか、単に技量の問題で火力が足りなかったのか。真偽は不明だがファムのやることは決まっている。剣を振り上げ無様に地を転がる男の首を刎ね落とした。その後もアルジールの術式による援護は続いた。今までの戦場に比べれば格段に戦いやすいといえただろう。
夕刻にはこの戦いにけりが付いた。国王の力量の差かそれとも参謀が優秀だったのか、戦術的にもカザルフォリアが常に優位に立っていた。だがどちらが勝ったとしてもあまりファムには意味がない。元よりこの戦いに参戦したのは路銀稼ぎのためだったが、やはり悪魔はいなかった。そもそも期待はしていなかったが。キースに尋ねても「ここにはいないな」という思った通りの返事だった。
勝ち戦で終わったので報酬をもらい、宿へと戻る。これで当分、少なくとも港町のラスティンまでは余計な仕事をしなくて済むだろう。だがファムは海を渡るつもりはなかった。賢者たちが住まうカナンの地に悪魔がいるとも思えなかったからだ
既に宿にアルジールは戻っていて、傷の手当をしているところだった。己が身を傷つけ、その血を媒介として術式を執り行う魔術師は当然だが戦いが終わった後、しっかりと傷の手当てを行う。術式の為の傷によって破傷風などで死ぬ危険もあるからだ。魔術は諸刃の剣ともいえるものなのだ。アルジールは傷を消毒し、止血薬を両腕に塗り込み包帯を巻きながらファムに言った。
「あ、お疲れ様です。ファムさん」
疲れた様子ではあったが。アルジールには特に変わった様子はなかった。『初陣の感想は』と皮肉交じりに訊いてやろうと思ったのに興がそれた。ちっと一つ舌打ちする。
「報酬もらえなかったんですか?」
ファムの機嫌の悪さの理由をそれぐらいしか思いつかないアルジールは的外れなことを言う。
「ふん、もらえたさ」
そう言って膨らんだ革袋をちゃちな作りのテーブルに投げ捨てるようにファムは置いた。そして同じく今にも壊れそうな木製の椅子に腰かける。
「おお!凄い金じゃの。これだけあればオスティーヌまで余裕じゃな」
能天気なカムパネルラの言葉にファムは尚イライラを募らせた。
「俺はこのじいさんが何時飛び出して、お得意の『説得一人芝居』をやらかすんじゃないかと冷や冷やしたぜ」
いつものようにただ見ていただけのキースが言った。それに対してカムパネムラの答えは意外なものだった。
「どちらも正義だと信じているものを説得など出来んよ」
思わずファムはカムパネルラを見やった。
「銀山の利権争いのどこが正義なんだ?」
小馬鹿にしたように言う。
「銀山が手に入れば国が潤う。民の暮らしも豊かになるじゃろう。その為に上に立つ者が犠牲を承知で戦いを選択する……古今東西変わらぬ」
静かにだがどこか遠くを見るようにカムパネムラは言った。ファムはただの脳天気な馬鹿老人だと思い、この老人の正体など気にも止めていなかった。賢者だということも今だ信じ切れていない。だがようやくこの老人が何者なのか気になり始めた。他人に興味を持つなんてらしくない、とファムが頭を振った時だった。
「で、初めて人を殺した感想は?アル」
何の躊躇もなくそんなことをアルジールに訊いてきたのは悪魔のキースだ。直球で訊かれ、少しは動揺するかと思ったがアルジールは冷静だった。
「……僕は領主の息子として生まれました。遅かれ早かれ僕はクラウディアの人々を守るために手を汚す運命にあります」
そして挑戦的な強い瞳をしてキースと目を合わせた。
「今回の初陣はいい練習になりましたよ」
その口元には不敵な笑みさえ浮かんでる。それを聞いてキースはひゅうと口笛を鳴らす。
「言うじゃん」
なあ、ファムと言う。
「カムパネルラのじいさんといいアルといい。面白い奴らだな。楽しい旅路になりそうじゃあないか」
「ふん」
ファムは出来るだけ興味ないといった風に顔を背けた。
「んじゃ、今日は休んで明日出発しようか」
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