第6話 ある男のささやかな願い
野宿よりはマシだろうということで、カムパネルラは自分の小屋に三人を案内した。
「どうじゃ、立派な家じゃろう」
「あ、そ、そうですね……」
アルジールが適当に誤魔化す。ボロ屋の方がマシといえるほどその小屋はボロだった。
「わしが建てたんじゃ」
とカムパネルラは胸を張る。
「なるほどね……」
アルジールは引きつった笑いを浮かべた。
「遠慮はいらんぞ」
しぶしぶと言った感じで三人は小屋の中に入った。中は見た目と違いこざっぱりとしていた。簡素な暖炉では暖かな炎が揺らめいている。三人はカムパネルラに促されて暖炉を囲むように座った。確かに外で焚火に当たるよりは暖を取ることは出来た。カムパネルラは暖炉にかけてあった薬缶を取ると木の椀に注いだ。それを三人の前に置く。
「この辺りで取れるハーブで作ったお茶じゃ。身体に良いぞ」
キースは遠慮なく椀を手にそれを口にする。アルジールは恐る恐るといった風にそれを啜った。ファムだけは椀に手をつけず、腕を組んだままだった。
「ところで」
そう言ってどっかとカムパネルラも暖炉の前に座ると、キースの方を見た。
「キース君と言ったな」
「なんだい?じいさん」
「お前さん、悪魔じゃろ」
まるで今日はいい天気ですね、といった風にカムパネルラは言った。キースは椀を抱えたまま一瞬固まったが、直ぐにいつものへらへらした顔に戻る。だがファムはキースのその目が笑っていないことに気付いた。
「ははは、幾らなんでも悪い冗談だな、じいさん」
「こんな冗談は言わんよ。見ればわかる。わしからすれば何故皆わからないのかが不思議でならんがな」
悪魔が人間に擬態した時、それを外観で見やぶるのは不可能だ。実際ファムに付いて来ているキースも悪魔だと見抜かれたことはただの一度もない。
「俺が悪魔だって証拠や根拠は?」
キースの瞳は珍しく剣呑な色を湛えている。
「そんなものはない!」
何故か自慢げに胸を張るカムパネルラに一同は呆気に取られた。
「敢えて言うなら、わしが善良な老人ということじゃな。善良なるが故の直感じゃ」
「ははは……さすが『自称賢者』。このおじいさん、凄いですね」
アルジールは引きつった笑みで笑った。勿論褒めてはいない。
「んじゃ、俺が悪魔だとしたらどうする?善良なじいさん」
「どうもせんわい。わしは悪魔差別はしない主義じゃ。悪魔だろうと人だろう一向に構わん」
「だが、悪魔は人の欲望に付け込んで利用するやからだぜ」
片目を瞑りキースが片手を上げて訊いた。
「もしその悪魔が悪だくみを考えているのなら……」
「なら?」
「説得するのじゃ!」
意味などないのだろう。カムパネルラは拳を振り上げた。
「せ、説得?」
あまりにも意外過ぎる答えにキースは固まった。
「うむ、そうじゃ。早寝早起きするように説得する。勿論三食しっかり食べることじゃ。適度な昼寝も重要じゃな。さすればこのわしのように善良になっていくに違いない」
がははっとまたカムパネルラは豪快に笑った。キースはただ呆気に取られている。
「ねえ、ファムさん。このおじいさん本当に連れて行っても大丈夫ですかね?」
アルジールはファムに耳打ちする。
「構わないだろう。どうせ直ぐに飽きてどっかに行くさ」
だが面白いとファムは思った。ここまでキースのペースを乱してくれる人間は初めてだった。そして理由はわからないがキースの正体を見破ったこの『自称賢者』は色々な意味でただものでないのかもしれない。悪魔探しにキースを頼る以外に他がなかったが、このカムパネルラの悪魔を見抜く力は使えるかもしれないとファムは考えていた。そして誰が旅に加わろうともファムの目的はどうせ何も変わらない。ファムはすっかり冷めてしまったハーブ茶に口を付けた。甘い芳香と僅かな苦みある美味いお茶だった。
神聖カナン国はオスティーヌ大陸にある。大陸に渡るかどうかは別にしてとりあえずファムは港街ラスティンへと向かうことにした。街道沿いならば大きな街が幾つもあるし、傭兵の仕事にもことかかないからだ。小柄な少女のようなファムに青年姿のキース、まだ十四のアルジールそして恰幅の良いごつい老人という傍から見れば奇異な凸凹パーティーだった。一行は街道を快晴の空の元てくてくと歩いていく。
「いい天気じゃのう。まるでわしらの旅を祝福してくれているようじゃな」
「……昨日も晴れていましたよね」
アルジールが突っ込むとカムパネルラは言った。
「少年よ、日々の感動を忘れてはいかんぞ」
そう機嫌よくカムパネルラは笑う。
「一昨日も晴れだったけど」
キースも負けじと言うがカムパネルラには通じない。
「毎日晴れていても同じ日は二度とは訪れないのじゃ。日々の感動と感謝を悪魔であっても忘れてはいかんぞ」
「へいへい」
主に話していたのはカムパネルラとアルジールとキースだった。ファムは話しかけられない限り特にしゃべることはなかった。
三日も野宿を繰り返すとノルデンを抜けた。アルジールの足取りが目に見えて遅くなってきた。口数も少ない。慣れない野宿と体力のないせいだろう。
「少し休ませた方がよいじゃろ、ファムちゃん」
ファムは歩みを止めた。
「もう二日も歩けば大きな街に着くが……」
それまでアルジールは持ちそうになかった。
「おーい、あそこに村がある」
キースに呼ばれそちらの方を見るが、ファムには何も見えない。だが悪魔であるキースは視力だけではなく身体能力が規格外だ。彼がそう言うなら村があるのだろう。
「それは助かるのう。少し休ませてもらおうかの」
アルジールをカムパネルラは軽々担ぐとそう言った。アルジールは嫌がったがまともに抵抗する力も残っていないのだろう。しばらくじたじたしていたが、直ぐに大人しくなった。
「結構距離があるぜ、アルを担いで大丈夫か。じいさん?」
「なにを言う。気持ちは常に二十歳のわしじゃ」
「……んじゃ、行きますか」
最早何か言う気力もキースにはないようだった。既にファムは村へと向かって歩き始めていた。
村は確かにあった。だがその村は静まり帰っている。人っ子一人いない。人の気配どころか、家々は寂れ果てており畑とおぼしき場所は雑草が伸び放題だった。
「既に廃村だな」
キースがそう言うとカムパネルラは頷いた。
「うむ、そのようじゃのう。ならば遠慮はいらんな。風雨を凌げる家を探そうかの」
「いいのですか?勝手に」
アルジールが背後から言った。元々育ちのいい彼には家主の許可も得ずに勝手に家に入るということに抵抗があるようだった。
「構わんじゃろ。誰も使っておらんのじゃ。有効活用させてもらおうぞ。その方が家も喜ぶというものじゃ」
相変わらず意味不明な自論をカムパネルラは述べた。
「はいはい」
アルジールは疲れたように呟いた。村というには中々に立派な街並みだった。人が暮らしていた頃は宿場町として賑わっていたのかもしれない。しかし石造りの村の家々は軒並み崩れ落ちていた。風雨が凌げそうな家は中々見つからなかった。廃村になってかなりの年月が経っているに違いない。
「ふむ、困ったのう」
カムパネルラがそう言った時だった。
「あっちに村長の屋敷がある。そこなら朽ちてないかもしれないぜ」
キースがそう言って指差した。
「詳しいのう。まるで来たことがあるようじゃな」
「あるさ」
キースはそう言った。
「百年前にね」
にこりと笑ってファムに呼びかけた。
「懐かしくない?ファム」
「忘れた」
興味がないというように素っ気なくファムは答えた。だが足取りは迷うことなく村長の屋敷へと向かって行った。
「確かにここなら夜露を凌げそうじゃな」
カムパネルラは赤レンガ造りの村長の屋敷を見つめた。所々れんがが欠けて落ちている個所はあるが少なくとも屋根は形を保っている。大地震でも来ない限りは一晩ぐらいどうにでもなりそうだった。
「せいっ」
錠前の壊れた扉をファムは蹴飛ばして開けた。入った先は天井の高い大広間になっていた。僅かに残ったステンドグラスを通して七色の光の線が床を射抜くように照らし出している。
「なかなか、立派なもんじゃのう。おっとアル君を寝かす所を探さねばならんな」
アルジールは既にカムパネルラ背でぐったりしている。
「客間はこっちだったはずだ」
ファムは二階への手すりに手をかけた。階段を上り右へ曲がる。奥の部屋の壊れかけた扉をやはりファムは蹴っ飛ばした。大きな音を立てて完全に扉は外れ落ちた。
「ファムにはちょっと女性らしさが足らないね」
キースが不満げに言う。
「そんなもの必要があるのか?」
「そんな女の子に育てた覚えはないんだけどなあ」
ふんとファムは鼻を鳴らした。部屋の中は埃だらけだったが、二人は寝ても十分過ぎるベッドが残っていた。ファムはひびの入った硝子の窓を開けると、シーツと毛布をひっぺ返した。そしてバサバサと乱暴な手つきで埃を出来るだけ振り払う。それを元に戻し、カムパネルラにアルを寝かすよう促した。
「とりあえず、これでいいだろう」
「おお、ファムちゃんはいい子じゃのう」
その言葉にファムはぶいと視線を外した。
「よっこらせ」
カムパネルラはアルジールを背から下ろしベッドに横たわらせる。
「余程疲れたんじゃろう、よく寝ておるわい」
カムパネルラはすやすやと寝ている彼に父性に満ちた顔で微笑んだ。
「街から出たこともない城育ちって話だったしな。野宿続きで疲労困憊だったんだろ」
「城育ち?」
キースの言葉にカムパネルラは首を傾けた。
「ああ、じいさんは初耳だったな。アルはクラウディア領主の、おっと元領主の息子なんだよ」
「おお、そういえばエトワールと言っていたのう。元というとあの女領主は亡くなったのかい?」
「母は殺されました……」
小さな声が聞こえて振り向くと、アルジールが薄っすらと目を開けていた。
「アル、起きていたのか?」
ファムが訊くとアルジールは頷いた。
「ついさっき。おじいさんが『ファムちゃんはいい子じゃのう』と言ったあたりからです」
ファムは思わずぎっとカムパネルラを睨みつけたが、彼は気付いてすらいない。
「殺された?もしや……」
カムパネルラの疑問にアルジールは首を振った。
「ファムさんとキースさんは母が契約した悪魔を倒してくれただけです」
殺したのは、一拍置いてアルジールは言った。
「僕の姉です。そして姉が今の領主です」
「なんと、そうじゃったのか」
「母は到底許されないことをしました。死では償えないほどに。姉が母を殺したのも仕方のないことです。姉がやらねばいずれ僕が殺していたことでしょう。わかってはいるんです、でも……」
「もう、言わんでええ」
カムパネルラはそっとアルジールの額に手をやった。その眼には薄っすらと涙が滲んでいる。
「まだほんの子供なのに、辛い経験をしたのう。大変じゃったな」
ぐすんと鼻を啜ったかと思うとカッと目を見開く。
「死者を悪く言いたくはないが、許せんのはこの子の母親じゃ!我が子にこんな辛く悲しい思いをさせるとは!」
そう言って高々と拳を掲げる。
「泣いたり怒ったりと忙しいおじいさんですね……」
疲れたように言いながらもアルジールは微笑んでいた。
「それにしても悪魔を倒すとは……やはりキース君、お前さんは悪魔であったのだな」
ふうっと大きなため息をキースはついた。
「もう隠しようもないみたいだな。そうだぜ、俺は悪魔さ」
「出会った時に言ったようにわしは悪魔差別はしない主義じゃ。隠す必要はないぞ。それにしても悪魔は悪魔の力でしか倒せんと言ったシモちゃんの話は真実であったか……」
うーむとカムパネルラは唸った。
「シモちゃん?」
アルジールが問う。
「シモちゃんはわしの長年の親友じゃ。しかし仕事柄忙しくてのう。中々会えないのじゃ。今回の賢人会議に行こうと思った理由の一つがそれじゃ」
「賢人会議って……もしかしてその人って賢者!?」
驚きの声を上げるアルジール。
「そうじゃ。物知りシモちゃんは賢者をやっておってな。ディープ・ブルーと呼ばれておる」
「ディープ・ブルー。シモン・ストラディバリ、紺碧の賢者のことか!?」
真っ先に反応したのはファムだった。
「うむ、そうじゃが?」
「紺碧の賢者と言えば五大賢者の一人だぞ。なんだってお前が知り合いなんだ?」
カムパネルラはファムの問いに事も無げに答えた。
「わしが賢者に持ち上げられた時に知り合ったんじゃ」
「じいさん、本当に賢者だったのか?」
嘘だろという顔つきでキースはカムパネルラを見た。自分が悪魔だと見抜かれたよりも驚愕の事実だった。
「だからそう言ったじゃろう。わしのような善良な人間は嘘はつかん」
カムパネルラは腕を組んでそう言った。元剣闘士の浮浪者といった風情の老人が五大賢者と親交のある賢者にはとても思えなかった。何とも言えない微妙な雰囲気が流れる中、それをぶち壊したのもやはりカムパネルラだった。
「それにしても悪魔なのに、非道な行いを人間に唆す悪魔をやっつけるとは!」
カムパネルラはキースの肩を掴んで揺さぶった。
「いや、やはり善良なる悪魔はいるのだな。わしの考えは間違っておらなんだ。旅をしていると言っておったな。もしや、世直しの旅をしているのか!?」
なんと殊勝な、カムパネルラは感動のあまり肩を震わせていた。
「この、じいさんに付ける薬はねえな」
キースはもはや投げやりな気持ちでそうぼやいた。その時だった。
「ふざけるな!」
ファムが怒りに満ちた形相で叫んだ。
「善良な悪魔など存在するものか!こいつのせいで私の身体はおぞましいモノに成り果てたんだ!」
激高するあまりファムの真っ赤な髪は風に吹かれたように波打っていた。
「死ぬことの出来ない忌まわしい身体にな!」
ばんっとファムは己の胸を叩いた。
「母がこの悪魔と私を死なせないという契約をしたばっかりに、私はこの悪魔と放浪しているのさ。世直し?お前の頭には蛆でも沸いているのか!?馬鹿馬鹿しい。ただ私はこいつを殺せる悪魔を探しているだけだ!」
紫の瞳に怒りの光を爛々と湛えファムは髪を逆立てる。それをカムパネルラはただ静かに聞いていた。
「その時だけが、私が死ねる時……解放される時だ」
ははははははっとファムは哄笑する。ひとしきりファムが笑い終えると、重たい沈黙が舞い降りた。かたかたと窓硝子を風が叩く音だけが木霊する。風が強くなってきたらしい。その風の音に言葉を乗せるかのようにカムパネルラは口を開いた。
「ファムちゃんはお母さんを憎んでおるのじゃな」
ファムの肩がぴくりと動いた。
「だが、お母さんを憎んではいかんぞ。お母さんを憎んでいるうちはファムちゃんは救われん。我が子を死なせたくないというのは古今東西、親のささやかな願いなのじゃ」
「はっ!ささやかな願いか」
小馬鹿にしたようにファムは笑う。
「では、そのささやかな願いが何を引き起こしたかお前に見せてやろう!」
ファムはそう言うとブーツの踵を鳴らしながら、大股で部屋から出て行った。キースはにやにやしながらただその様子をみているだけだ。程しなくてファムは戻って来た。一冊の本を小脇に抱えている。
「これを見るがいい」
ファムはぽいっとそれをカムパネムラに投げ渡した。
「これは……日記かのう?」
羊皮紙で出来たそれをカムパネルラはパラパラと捲って呟いた。羊皮紙には神経質そうな文字で日付と端的な文字が書き込まれている。日記に間違いないだろう。だがその内容は日記にしてはおかしなものだった。
「10月3日、今日は二人。まだ足りない」
またぱらりと日記を捲る。
「12月25日、ようやく50人。なんじゃいこれは」
それの日記には日付とたった一行、今日は何人、これで何人など一行で書かれているだけだった。
「知りたいか?」
ファムが強い口調で言った。
「意味のわからん日記じゃな」
「なら、教えてやろう」
ファムが赤い唇の端を持ち上げた。白い歯が剥き出しになる。
「そこに書かれているのは、この村長の殺した人間の数だ」
くっくっとファムは笑う。
「死んだ娘を生き返らせるために悪魔と契約したのさ。その代価として悪魔が要求した人間の命。数は千人さ」
「せ、千人!?」
アルジールはベッドの上からぎょっとした声を上げた。
「じゃあ、村長は本気で千人殺そうとしたわけですか?」
「そうさ」
吐き出す様にファムは言った。
「俺から説明しようか」
キースが大袈裟に腕を広げる。
「娘を生き返らせたい一心の村長の男は悪魔と契約した。悪魔は千人の命と引き換えに娘を取り戻させてやると言ったのさ。そこで契約成立。男は人殺しを始めた。最初はばれないようにあとくされなさそうな旅人を屋敷に誘っては殺していった。だがそんなことじゃあ、到底千人は殺せない。この村に訪れた旅人は帰って来ないという噂も広がり始めたしな。そして旅人だけでなく村の人間も殺していった。そんな時に俺とファムは村へとやって来たのさ。次々と旅人や村人が消えていくという、人食い村の噂を聞いてね」
そこでクスリとキースは笑った。
「折角の悪魔だったが、下等な奴でな。あっさり消滅させてやったわけ」
ファムはがっかりしていたなあと懐かしそうに目を細める。
「その、村長はどうなったんですか?」
アルジールが訊く。
「そりゃ、国王によって処刑されたよ。でもその時の言葉が傑作」
キースはひび割れた硝子越しに外を眺めた。冬の訪れを知らせる木枯らしが吹き始めていた。
「『千人でも万人でも殺すに足る理由があったのです』だ、そうだ」
馬鹿だねえとキースは続ける。
「とうとう最後まで騙されていたことにすら気付かなかったんだから」
キースの言っている意味がわからずアルジールが尋ねる。
「騙された?」
「ああ、俺の知る限り死者を生き返らせる悪魔は存在しない」
アルジールが息を飲んだ。
「別にあの悪魔は嘘は言ってないさ。『娘を取り戻させてやる』と言っただけで、生き返らせてやるとは言ってない。基本悪魔は契約の際には嘘はつかない。契約が成り立たないんでね。まあ、もし千人殺したなら娘を魂のないアンデッドにでもする気だったんだろうよ」
淡々とキースは述べた。
「俺は『死を司るモノ』だが死者を生き返らせることは、そんな俺でも不可能なのさ。ファムのように虫の息でも生きてさえいればどうにでもなるがな」
「酷い話じゃのう」
カムパネムラがそう言うとつかさずファムが言い返した。
「酷い?それは騙した悪魔か?それとも娘一人の命の為に殺人鬼と化した父親のことか?」
「どっちもじゃよ」
「はん、何にせよこの話は終わりだ」
ファムはカムパネルラから羊皮紙の日記を取り上げた。
「私の母もこの娘の父親もただのろくでなしということだけだ!」
くそったれが反吐が出る、そう吐き捨てて日記を床へと叩きつけた。しかしそれでもカムパネムラは動じない。
「どんな結末を迎えてしまったにしても、我が子を思う親の願いそのものは尊いモノには変わらぬぞ」
いら立つファムを宥めるように静かにカムパネムラは言う。それにファムが反論しようとした時だった。
「えーと、その邪魔するようですが……」
おずおずとすっかり蚊帳の外だったアルジールが手を上げる。
「自分の若さと美の為に少女たちを殺し、実の娘すら殺そうとした僕の母はどうなんでしょう?」
「うむ、それはただのクズじゃな」
間髪入れずにカムパネムラはそうのたまったのだった。
「そう、ですか。ですよね……」
アルジールはがっくりと項垂れた。
「まあ、確かにクズだったな。あの女領主は」
キースがそれに畳みかける。
「不本意だが……今回ばかりはこいつに同意をせざる得ないな」
ファムは毒気が抜けた顔でそう言った。
「ファムさんまで……」
どうやらここにアルジールの味方はいないようだった。僕って世界一不幸かもと思わずアルジールはぐすんと鼻を啜った。だがここには彼を慰める人間も悪魔もいなかった。
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