第4話 血濡れの女王

 アルジールの姉のファミリアは地下の牢獄に捕らわれているという。アルジールの案内で地下へと続く階段の前に来ると兵士が二人立っていた。

「これはアルジール様、このような夜中に何の御用ですか?」

 言葉遣いこそ丁寧だが、そこには決して通さないという含みがはっきりと聞き取れた。

「それに、そこのお二人は?」

 ファムは何も答えずにスッと前に出たかと思うと兵士の後ろに回り込み、剣の柄頭でその後頭部を殴りつけた。

「なっ……!」

 驚愕するもう一人の兵士も殴りつけて黙らせる。用意していた荒縄で二人を縛り上げて準備は完了だ。

「んじゃ、行きますか」

 何もせずに見ていたキースが呑気そうな声で言った。


 こつりこつりと小さな足元だけが暗闇の中に響く。アルジールの持つランタンの乏しい明かりだけが頼りだった。三人の影を不安定に揺らしている。地下室への石段をアルジールを先頭に三人は降りていった。石段の先は真っ暗で、一寸先も見えない闇だった。飲み込もうとしている蛇の口のようだ。

「母が……」

その闇を振り払うようにアルジールが口を開いた。

「僕の母がこんな凶行に走るようになったとはあることがきっかけなんです」

「あること?」

 ファムは問う。

「信じてはいただけないかもしれませんが……」

 アルジールの顔がランタンの光で影が落ちる。

「母は悪魔と契約したのです」

 不可思議な沈黙が闇夜に落ちる。

「は、ははははは」

 その沈黙を破ったのはファムだった。地下階段に愉快そうな笑い声が響く。

「お笑いになるのも無理ありません」

「いや、違う、違う」

 ファムは首を振った。

「嬉しくてつい、笑ってしまった」

「嬉しい?」

 ファムの言葉にアルジールは疑問を呈す。

「ああ、本当なら嬉しくて仕方ないね。まあ気にするな」

 ファムは顔を綻ばせながら言った。

「姉を助けるんだったな」

「あ、はい。もう直ぐそこです」

 我に返ったアルジールは階段の下を指差した。


 黒い鉄格子の向こうに彼女はいた。薄汚れたぼろぼろの毛布を被って蹲っているようだった。ファムたちが側に来ていることにも気付いている様子はなく微動だにしない。粗末な棚の上に乗せられた蝋燭の光が揺れていた。

「姉さん……」

 その声にぴくりと毛布の塊が動いた。そしてゆるゆるとこちらの方を振り向いた。淀んだ死んだ魚のような目だったが、一瞬にして光を取り戻した。そして大きく目が見開かれる。

「アル……!」

 毛布を脱ぎ捨てて、アルジールの姉は立ち上がった。まだ十代の少女だった。その身体はやせ細っている。すぐさま駆け寄ると鉄格子を掴んで、アルジールに訴える。

「何故ここに?」

「助けに来たんだ」

「助けに?そんなことをしたらあなたまで殺されるわ」

「逃げればいいんだ」

 驚愕する彼女を無視してファムは一歩前へ歩みでた。

「この方たちは?」

 アルジールの後ろに立っていたファムとキースにようやく気付いた様だった。

「旅の人だよ。姉さんを助けてくれるって」

「でも、そんなことをしたら。この人たちが……」

 ファムはそれを無視すると、無言で一歩前に出た。そして懐を漁ると一本の針金を取り出した。錠前にそれを差し入れてカチヤカチヤと回す。

「ふん、ちゃちな鍵だな」

 程なくして鍵はあっけなく開いた。鉄格子の扉を開けると、外に出るように促す。

「あ、あのありがとうございます。私はアルジールの姉のファミリアです」

 だがそれにもファムは興味を示さず、アルジールに訊いた。

「約束だ。城主の元に案内してもらおう。そしたらとっとと逃げるがいい」

「母の元に行くですって!?」

 ファミリアは驚愕の声を上げた。

「間違いなく殺されます!お逃げ下さい」

 ファムはどこか遠くを見るように目を細めた。

「殺されるか……悪くない、な」

 そしてアルジールの方に向き直った。

「約束は約束だ。場所さえ教えてくれたらそれでいい。お前たちはどこへでも好きな場所へ逃げるんだな」

「……それは出来ません」

 ファミリアが強い意志を湛えた瞳でそう言った。

「何故?」

 ファムが問う。

「私は城主の娘。次の城主でもあります。市民を見捨てて私だけ逃げることなど出来ません」

 背筋を真っ直ぐ伸ばし、毅然とした声でそう言った。

「僕も行きます。姉さんを置いて逃げることなど出来ません」

 アルジールも直ぐにそう言った。

「どうする?」

 キースがそうファムに訊いた。ファムは小さくため息を付いて答えた。

「命の保証はしない。それでもよければ好きにすればいい」

 ファムはそう言って二人に背を向けた。

「案内しろ」

「はい!」

 アルジールは決意を秘めた声で返事をした。


 案内された場所は牢獄より更に下の地下だった。

「捕まった女たちがいるのかと思ったが」

 ファムの疑問にアルジールが答える。

「捕えたり、買ったりした女性たちは直ぐに母の生贄です」

「よくお前の姉は生きていたな」

「……病死として誤魔化すつもりだったんです。さすがに城主の娘が突然死んだら怪しまれますから。もっとももはや隠せやしませんが」

「ふん」

 ファムは不機嫌に鼻を鳴らした。

「あーあ、嫌な話だねえ」

 そう言いながらもキースは面白そうな笑みを浮かべていた。

「んじゃ、行こうぜ」

 青銅製で出来た不気味に佇む扉を指差してキースは言った。扉の隙間からすえた血の匂いが感じられた。

 重厚な扉を押し開けると、真っ赤に染まった世界が広がっていた。天井から数多くの裸の女たちが吊るされている。女たちの身体からおびただしい血が零れ落ち床は血の海となっていた。ぴちょん、ぴちょんと血の滴り落ちる音が部屋に響き渡り、血臭が充満していた。

「うっ……」

 アルジールは口元を押さえ、ファミリアは怒りの籠った目でその光景を見つめている。

「こりゃあ、派手にやっているねえ」

 キースの場違いなはしゃいだ姿をファムは一瞥した。

「城主はこの先か」

「は、はい」

 なんとか気を取り直したアルジールは答えた。血溜まりの中を歩き、女たちの死体をかき分けると鼻歌が聞こえてきた。その歌声の主は直ぐにわかった。

 女城主エリザベートだった。

 エリザベートは機嫌良さそうに血の風呂を楽しんでいた。黄金で出来た風呂桶になみなみと血を満たしその中で身体を洗っていた。その頭上では大きな鉄の籠が揺れている。中には棘が無数に付けられ、数人の女が閉じ込められている。籠が揺れる度に棘に身体が突き刺さる作りになっていた。当然のことながら女たちは既に絶命しており、籠からは血が零れエリザベートに降り注いでいる。血のシャワーを浴びながらエリザベートは血の風呂を堪能していた。血に濡れた床をファムが一歩踏み出す。ぴちゃりと足元で音がした。

「エリザベートだな」

 エリザベートが鼻歌を口ずさむのを止めて、こちらを振り向いた。そして悠然と微笑む。

「あら、明日の予定だったのに。私の美しさのために自ら生贄のなりに来て下さったの?」

 殊勝な心掛けねと目を細める。ファミリアがファムの前に進みでた。

「自らの若さと美しさにしか興味のない母よ」

 エリザベートの目が一瞬険しくなる。

「ファミリア、愚かな娘よ。あなただけは助けてやろうと思っていたのに」

「心にもないことを」

 ファミリアが吐き捨てるように言う。しばし冷たい沈黙が続いた。

「愚かなのはあなたの方です。己が欲に負け、悪魔に膝を付いた愚かな我が母よ」

「愚かですって……!?」

 エリザベートが不思議そうに首を傾げた。

「私が若く美しくあり続けるのは民の幸せのためよ。私の若さと美は民の喜びなのよ。それがわからないの?ファミリア」

「よくもそんなことを……!」

 ファミリアは爪が食い込むほど両手を握り締めた。

「それに悪魔との契約は対等なものよ」

 そこで笑ったのはファムだった。

「は、ははははははは!!!」

 ファムの甲高い笑い声が石造りの部屋に木霊する。

「確かに愚かな女だな。悪魔との契約に対等などない」

「何ですって」

「お前は悪魔に良いように利用されているだけの、何処までも救いようのない阿呆に過ぎない」

 ざばりと音を立ててエリザベートが血の風呂から立ち上がった。赤い雫が辺り一面に飛び散り、ファムの頬を汚した。

「愚か……!私を愚かですって!?」

 エリザベートの身体は怒りに小刻みに震え、深紅の湯が波打つ。

「言ったが」

 それがなにかとファムは顎をしゃくった。

「愚かなのはどちらか思い知らせてやる!」

 エリザベートは血に濡れた右腕を振り上げた。

「出でよ、カサルテリア!」

 エリザベートの引きつった金切り声ととともに血溜まりから、ずずずっと白い姿が現れた。のっぺりとした真っ白い仮面に同じく真っ白なローブで身体全体を纏っている。血溜まりの中に立っているというのに、赤い染み一つそこにはなかった。風一つない地下室だというのに、白いフードの裾が揺れている。まるで血の芳香にたなびいているようだった。赤く染まった部屋で白い悪魔はただ一人、異様な存在感を放っていた。

「こ、これが悪魔」

 その異形な姿にアルジールは一歩後ずさった。母が悪魔と契約済みだとは知っていたが悪魔を目の当たりにするのは初めてだったのだ。ファミリアはぎりっと歯噛みした。

「カサルテリア!新しい贄だ!そして我らが聖なる契約を邪魔するこの者どもを皆殺しになさい」

 血に濡れた金髪を振り乱しながらエリザベートはファムたちを指差した。だがカサルテリアと呼ばれた悪魔は微動だにせず、目のない顔で一人の青年を見つめていた。

「よう、カサルテリア」

 青年、キースは軽い口調で片手を上げた。

「久しぶりだなあ」

「『死を司るモノ』……!まさかこの世界に」

 仮面の下からくぐもった、だが怯えた声が漏れた。

「そんなセンスのない呼び方は止めてくれないか。今はキースっていう洒落た名前があるんだから」

 キースはそう言って親指で自分を指差して、ウィンクした。

「いい契約者を見つけたもんだ。血を飲み放題じゃないか」

 死体だらけの部屋をキースは見渡しながら言い、ひゅうっと口笛を吹く。

「一体どうやって、この世界に……まさか『夢見るモノ』に出会ったのか!?」

 キースの横に立つ赤髪のファムにカサルテリアは目をやる。

「貴様か!?」

 何も答えないファムにカサルテリアは真っ直ぐにファムに駆け寄り、ローブの下から長く白い腕を突き出し、難なくファムの胸を貫いた。ファムは口からこふりと血を吐き出すと、床に倒れ伏した。

「ファムさん!」

 アルジールが叫ぶ。

「キースさん、ファムさんが……」

 アルジールはキースを呼ぶがキースはつまらなそうに目を細めただけだった。

「あらあら、勿体ないこと」

 エリザベートはさも残念そうに床に広がるファムの血を見つめていたが、直ぐにその目は驚愕に見開かれる。

「つまらないな」

 倒れたファムがそう呟いたのだ。そして何事もなかったかのように起き上がった。貫かれたはずの心臓は既に元通りになっていた。大穴があるはずの胸もすっかり塞がれている。

「やはりか!」

 カサルテリアが叫んだ。もはや悲鳴に近い。

「これぐらいで私は殺せない。もっと本気で私と悪魔を殺してみろ」

 そう言うとすらりと剣を引き抜いた。

「さて、愛するファムが所望だ」

 キースは顔にかかった前髪を掻き上げた。

「んじゃ、俺を殺して頂戴よ」

 ファムが苦々しく目を瞑り、唇を開く。ファムが何よりも厭う瞬間だ。そして悪魔の力を解放するために言霊を紡ぐ。悪魔の力は契約者による言霊で真の力を発揮する。ただファムの場合は己の意志で紡ぐのでは決してない。ファムの母親は『ファムを守り死なせないこと』という契約をキースと結んだ。ファムは己が身に危険が迫った時に強制的にその言霊を紡がざるを得ないのだ。契約者でもないのに。いや、契約者でないからこそ抗うことが出来ない。この言霊さえなければキースを消滅させることが出来るのに。己が意志に反して唇は勝手に動いていた。


「己が身は腐敗し……」


 ファムの言葉と共にキースの身体が霞んでいく。


「心は既に朽ち果て……魂は爛れている」


 キースの身体は黒い霞状になり螺旋を描きながらファムの剣に吸い込まれていく。見る見るうちにファムの細身のロングソードはエグゼキューショナーズ・ソード(処刑剣)ほど巨大になった。


「それは埋葬されぬ蛆の湧く死体に他ならない」

ファムの目がゆっくりと開かれた。紫の瞳はおぞましい金色の光を湛えていた。剣がどす黒く染まり、薄墨の靄が纏わりついていた。


「我はただその葬列を望むものなり!」


 ファムが漆黒の剣を振り上げる。一体何が起きるのか周囲の者はかたずを飲んで見ていることしか出来なかった。白い悪魔。カサルテリアを除いては。

「ひぃぃ!」

 カサルテリアは悲鳴を上げて、血溜まりの中に沈み込んで逃げようとしていた。だがそれよりも前にファムの黒い剣が振り下ろされた。巨大になったとはいえ、それでも届かぬはずの剣がカサルテリアを捕えた。黒い剣先から伸びた黒い靄は鋭い刃となり、白い悪魔をあっさりと切り裂いた。

 カサルテリアは悲鳴も上げずに霧散し、膨大な血がそこからあふれ出した。

「おやおや、随分と飲んだようじゃないか。よく腹がパンクしなかったなあ」

 いつの間にか元に戻ったキースが軽口を放った。

「残念だったねぇ。折角の悪魔だったけど外れだったね」

 にっこりと笑うキースにファムはぺっと口に溜まっていた血を吐き出した。その時だった。

「ひやああああぁぁああ!!!!!!!」

 女の悲鳴が上がった。エリザベートだった。ファムたちの足元の血溜まりを震わすほどの絶叫。見ればエリザベートの金髪は真っ白となり、身体はミイラのようだった。

「『美醜を司るモノ』が消滅したと同時にその契約も切れたのさ。自明の理だな」

 キースの言葉にエリザベートは皺くちゃの両手で顔を覆った。

「いや!いや!いやあああああああああ!!!も、お終いだわ。時が動き出してしまった……お前たちのせいだ!許さない、決して許しはしない!」

 呪詛の言葉を吐くエリザベートに対してファミリアは一歩踏み出した。

「ファム様、お腰の短剣をお貸し下さい」

 一瞬だけファムの動きが止まったが、直ぐに腰の短剣を引き抜くとファミリアに手渡した。

「どこまでも愚かな母よ。動き出してしまった時を私が止めてあげましょう。誰もあなたを許しはしない。けれどその許しをあなたに与えてあげましょう」

 ファミリアはエリザベートに近づいた。エリザベートは血の風呂の中で顔を覆い呪いの言葉を吐き続けている。娘の言葉も届いていないようだった。

「姉さん、何を」

 ファミリアの意図に気付いてアルジールは制止の声を上げた。だがファミリアは止まらなかった。

「これで、あなたの時は永遠に止まる」

 ファミリアは何の躊躇いもなく艶を失った老婆の背に短剣を一気に突き立てた。エリザベートはようやく娘の顔を白濁した目で見た。ファミリアの姿が映っているのかいないのか誰にもわからなかった。ファミリアはエリザベートの白い頭を抑えつけ、血潮の中に押し込む。苦しさからエリザベートは黄金で出来た風呂桶の縁を掴んで抵抗したが、その力は歴然だった。エリザベートの背から流れる血と乙女たちが流した血が混じり合っていった。

「私が新しい城主となりますので、ご安心してお休み下さい」


エリザベートは病死し、新しい城主は娘のファミリアが継ぐことが市民に発表された。今後この街の未来は彼女に託されることとなった。ここの悪魔がキースを殺すほどの力を持たない『外れ』であった以上、ファムにはもはや用はなかった。この街がどうなるかなど興味はない。街に背を向けて旅を続けるだけだ。だが……

「僕、街から出るの初めてです」

 いかにも嬉しそうな無邪気声で少年が一人、ファムたちの後ろから聞こえてきた。ファムは足を止め、後ろを振り向いた。

「何故、付いてくるんだ?」

 ファムはアルジールに言った。

「ほらほら、旅は道連れって言うじゃないですか」

「道連れなど私は必要としていない。それに姉を置いて街を出ていってもいいのか?」

 ファムの質問にアルジールは答えた。

「母さんがいないのなら姉さんは一人でも大丈夫です」

 それにと続ける。

「なんていうか心の整理が……」

 姉が母を殺したことを言っているのだろう。非道な行いを続けていた母とはいえ、実の姉が殺したことはそれなりにショックだったようだ。少し距離を置きたいのもわからなくはない。

「まあ、気持ちは理解できるけどさ」

「嘘を付け」

 キースの言葉をファムは冷たく一蹴した。

「それに僕は世界というものを見てみたいんです」

 期待に満ちた目を輝かせて言うアルジールにファムは不快気に目を細める。

「でも俺たちが行くのは主に戦場なんだけど」

 キースはキースでいつものようにファムをスルーした、

「アル君は戦えないでしょ」

 キースの言葉にアルジールは胸を張る。

「戦えます。僕はこれでも魔術の才がありますから。修練もかかしませんでした」

 アルは腕を巻くって両腕を見せた。そこには鋭い刃物で付けられた魔術師特有の裂傷痕が無数に存在した。

「魔術師なのか?」

 意外そうにファムは聞いた。魔術師とは森羅万象の力を顕現させ操る力を持つモノへの総称だ。弓矢などよりも圧倒的な破壊力を持つので、戦場では重宝させる存在でもある。ただそれには己が血を媒体としなければならないため力の使い過ぎは死を招かねない。血と苦痛を対価とする魔術は諸刃と剣とも言えた。 

「……確かに戦場で使ったことはないですが」

 もごもごと言葉尻を濁した。ふうっとファムはため息を付く。

「しかし何故魔術を習った?」

 しばしアルジールは沈黙した。

「……母と契約した悪魔をなんとかしたかったんです」

 その言葉にファムは鼻で笑った。

「知らなかったとはいえ、馬鹿だな。悪魔は悪魔でしか殺せない。例え魔術で一時的に撃退することは出来ても消滅させることは不可能だ」

「それでも何かせずにはいられなかったんです!例え万に一つの可能性がなくても!」

「なるほど」

 素っ気なくファムは答え、しばし紫の瞳でアルジールの紺碧の瞳を覗き込んだ。

「……いいだろう」

 ファムは頷いた。

「戦わないのはこいつも一緒だ」

 そう言ってキースを指差した。

「ひどーい。いつも愛しのファムを見守っているのに」

「見ているだけの間違いだろ」 

 ファムはキースと、そしてアルジールに背を向けた。

「自分の命ぐらいは自分で守れ」

 そこまでは面倒見れない、と言いファムは歩き始めた。一瞬ぽかんとしたアルジールだったが、直ぐに元気よく頷いた。

「はい!!!」

 満面の笑みを浮かべるアルジールに対してキースは悲鳴を上げた。

「ちょって、ファム。本当にアル君連れて行くの!?」

「連れて行くんじゃない。こいつが勝手に付いて来るんだ」

 仕方がないだろと、ふんとファムは鼻を鳴らした。

「ファムとの二人旅が……こぶ付き」

 がっくりと項垂れるキースにアルジールは頭を下げた。

「すみません、ご迷惑をおかけしないよう気を付けます」

「いるだけで迷惑なの」

 ぷんぷんと怒りを隠さないキースを見て、悪魔とはとても見えないとアルジールは思った。その正体を既に知っているにも関わらずだ。好いた女性に袖にされる一人の男にしか見えなかった。















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