64.マチ(6)

 マチの腹部に空いた穴からは血がとめどなく流れていく。


「くそ、早く止血しないと」

 加賀瑞樹は周囲を見回したが、止血に使えそうな物が落ちているはずもなく、首を振った。

「血を止める……。僕のアビリティに懸けるしか」


 マチに駆け寄ると、腹部に右手を当て、静止のアビリティを発動させた。

「傷口から出た後の血なら、もう生物には該当しない。無生物なら、きっと止められるはず」


 その時、背後にリゲルの殺気を感じた。


 マチが青白い顔で言った。

「瑞樹、うしろ……」


「わかってる」

 加賀瑞樹がリゲルの方に振り返ると左手で、サマートライアングルの黒い三角形を生み出した。


 振り下ろしたリゲルの右腕の赤い刃の光が、黒い三角形と衝突する。


 弾き返された刃を引くと、リゲルが見下ろしながら言った。

「キミみたいなアビリティ使いがいるとは、知らなかったよ」


「リゲル、なぜ生きている?」

 加賀瑞樹は立ち上がり、漆黒の大鎌を生み出して構えた。


「まさか、念のための保険が役に立つことになるとはね」

 リゲルがニヤリと笑う。


「保険?」


「俺は、身体の一部分さえ残っていれば、身体全体を再生できる。だから、わざと最初に腕を切らせて、地面に残したままにしておいた。そこから再生したんだよ」


「腕から復活って、もはやチートでしょ」

 加賀瑞樹は嘆いた。


「俺らエージェントからしたら、キミのアビリティもチート的だけどね。キミのオーラに触れただけで、身体の動きを止められるなんて、あまり戦いたくはないなぁ。アビリティの影響を受けない、この右腕の光の部分だけで、全ての攻撃をさばかないといけないわけだからね」

 自分の右腕の光の刃を見ながら、おどけるようにリゲルが言った。そして、両腕を開いた。

「というわけで、キミと戦う前に、さっきのダメージを回復させてもらうよ」


 リゲルの両方の手のひらが光り出すと、倉庫の外から小型のオートマトンが大量に集まってきた。


「そうはさせるか!」

 加賀瑞樹は大鎌を振りかぶった。

しし座流星群ザ・リーオニズ


 大量の黒い光の球体が大鎌の刃から放たれる。

 リゲルの方向に飛んでいった球体は、右腕の赤い刃で、はじき落されてしまったが、それ以外は小型オートマトンに命中し、大半の動きが止まる。


「ほんとに、キミ、邪魔な奴だね」

 三割くらいしかオートマトンを吸収できなかったリゲルが、加賀瑞樹をにらんだ。そして、赤く光る右手を向けた。

「死ねよ」


 リゲルの手のひらから放出された細いレーザービームが、加賀瑞樹の顔面に向かって進む。

 加賀瑞樹はサマートライアングルで防御するが、すぐに黒い板が割れ、ビームが貫通する。とっさに避けたのだが、ビームがかすめたほほから血がにじんだ。


「死ね、死ね、死ね、死ねぇ!」

 すかさず、リゲルが左右の手から交互にレーザービームを連続で撃つ。


 加賀瑞樹は3発目までは大鎌でビームを防御したものの、4発目は左腕、5発目、6発目は両脚をつらぬかれてしまった。

 足に力が入らず、数歩ふらつくと、マチのすぐそばで崩れ落ちる。

 握っていた大鎌も、ふっと消えた。


「次で殺してあげよう」

 不敵な笑みを浮かべたリゲルが両方の手のひらを向けていた。

 徐々に赤い光が集まり強くなっていく。


 その時、倒れていたマチの左手が動いた。

「瑞樹、『プランB』をやるよ……」

 マチの細い指が、加賀瑞樹の右手にそえられる。


「わかった」

 片ひざを立てた加賀瑞樹は、マチの左手を握ると顔を上げ、リゲルを見た。


 加賀瑞樹とマチが同時に言う。

「静止のアビリティ発動」

「転送のアビリティ発動」

 そして、二人で声をそろえて唱えた。

「アイソレイティド・サマートライアングル!」


 その瞬間、リゲルの周りを取り囲むように、黒い光の三角形が出現した。それが増殖を繰り返し、瞬く間に卵の殻のようにリゲルの身体を包むと、一気に収縮した。


「何だ、こ―――」

 疑問の声を上げる間もなく、闇におおわれたリゲルの身体が停止した。


 両手を前方に向けた姿勢のまま、リゲルが固まっていた。


「上手く、いったね……」

 マチが呟き、ゆっくりと目を閉じた。


 昨日、何度も練習し、最後の最後で一度だけ成功させた技だった。

 二人で手をつないだ状態で『静止』と『転送』のアビリティを同時に発動させることにより、敵の周囲に生み出した大量のサマートライアングルを収縮させて動きを静止させる、という合体技だ。


「今度こそ、ヤツのとどめをささないと」

 加賀瑞樹は呟き、マチに視線を移す。

「……おい、マチ、大丈夫か? しっかりしろ」


 真っ白い顔で目を閉じているマチは、ピクリとも反応しない。

 少なくても意識を失っている。


 ―――このままだと、マチの命が危ない。


「マチを病院に連れていかなきゃ」

 加賀瑞樹は、マチの脇に転がっているグラビティガンを右手で拾い上げ、やっとのことで立ち上がった。

「でも、この場を離れたらアビリティが切れて、リゲルに追いつかれる。だから、今ここで、僕が倒すしかない」


 レーザービームが貫通した左足から再び血があふれる。

 左足に激痛が走り、力が入らない。

 足元がふらつく中、右手一本で狙いをリゲルに定める。


「頼む、当たってくれ」

 祈るような気持ちで引き金を引いた。


 ズキュン。


 弾丸はリゲルのすぐ左側を通過し、無情にも倉庫の壁に着弾した。

 黒い球体に蝕まれた壁面に、ぽっかりと円形の穴が開く。


「くっ」

 震える右手のせいで、照準が定まらない。

「倒さなきゃ。僕が倒さなきゃ、マチが助からない」


 加賀瑞樹は息を飲みこみ、意を決した。

 そして、ゆっくりと引き金を引いた。


 ズキュン。


 今度は弾丸がリゲルの右足に着弾し、下半身を黒い球体が飲み込み消滅させる。

 あとには、空中に浮いた状態で上半身だけが残った。


「よし、次で終わりだ!」


 加賀瑞樹は、もう一度引き金を引く。


 カチャ。


 だが、弾丸は発射されなかった。


 カチャ、カチャ、カチャ。

 何度、引き金を引いても、発砲できない。


「そ、そんな……。弾切れ……?」


 弾切れだった。

 グラビティガンに装てんされていた6発の弾を全て使い果たしてしまっていた。


「くそっ! あと一発で倒せるのに、何で、こうなるんだよ!」

 非情な現実に加賀瑞樹は、やり場のない怒りと悲しさに目がうるむ。

「あと少しなんだよ……。頼むから……」


 カチャ。カチャ。

 震える手で何度も引き金を引いた。


「お願い、頼むよ……。もう僕のアビリティがもたないんだ……」

 両目から涙があふれ、ほほを伝った。


 握力が弱り、握っていた銃が地面に落ちた。


「誰か、とどめを……」


 加賀瑞樹は、ひざに右手を当てて上体を支え、なんとか倒れずに踏みとどまったが、体力も精神力も限界だった。

 意識がもうろうとし、発動していたアビリティが切れかかり、黒い光が消えていく。


 そして、とうとうリゲルにかけていたアビリティが解けてしまった。

 すぐさま、残ったリゲルの身体から、むくむくと下半身が再生されていく。


「……よくも、よくもやってくれたな!」

 身体が全て元通りに戻ったリゲルが、加賀瑞樹を鬼の形相でにらんだ。

「お前らだけは絶対に許さない! 今すぐ殺す!」


 全てを使い果たした加賀瑞樹には、もう絶望しか残っていなかった。

「終わった……。何もかも……」

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