65.マチ(7)

 群馬基地のヘリコプター用倉庫の中。

 大ケガを負い、意識を失って倒れているマチ。

 その脇には、傷だらけの加賀瑞樹。立っているのがやっとの状態だった。


 身体を再生させて復活したリゲルが、怒りをあらわにして、加賀瑞樹に一歩ずつ近づいてくる。

 その右腕は赤黒い光の刃をまとっていた。


「死ね!」

 加賀瑞樹に襲いかかろうと、リゲルが一気に駆け出した。


 ―――もう、ダメだ。殺される。


 死を覚悟したその時、後ろから男の声が聞こえた。

形式・氷龍タイプ・ひょうりゅう!」


 突然、後方から加賀瑞樹のすぐ脇を巨大な青い物体が通り過ぎる。なんと、大きく口を開けた青い龍だった。

 その龍は、飲み込むように正面からリゲルに衝突した。


 パリパリ。


 右腕を振りかぶりながら走っている体勢のまま、リゲルが凍りつき、氷塊におおわれる。


「こ、これは……」

 信じられない光景に加賀瑞樹は驚嘆した。


 コツ、コツと、倉庫の中に靴音が響く。

 左後ろから聞こえていた音は、加賀瑞樹の横を通り過ぎた。


 見ると、白い軍服の男だった。

 サラサラの茶色い長い髪が揺れる。


 山田だった。


 加賀瑞樹の前に出た山田が、氷の塊となったリゲルに向かって、普段より低い声で言った。

「天国に逝きな。ダイヤモンド・ダスト」


 パリン。


 山田の声に呼応するかのように、氷塊が粉々に砕けた。

 そして、キラキラと輝く氷の粒は、しだいに小さくなり、そのうち跡形もなくなってしまった。


「山田さん……」

 安堵した加賀瑞樹は、全身の力が抜け、へなへなとその場に倒れ込んだ。

 そして、急に意識が遠のく。


「おい、大丈夫か―――」


 振り向き、険しい表情で駆け寄ってくる山田の姿がぼんやりと視界に映ったが、そこで意識を失った。


 ☆


 どのくらい眠っていたのだろうか。

 加賀瑞樹は目を開けると、ぼんやりとした視界に見慣れない天井が映った。

「……ここは?」


「軍本部にある医務室よ」


 左側から聞こえた若い女性の声に、首を傾ける。


 ぼんやりと映った白い軍服を着た女性の姿が、一瞬、姉に見えた。

「姉さん?」

 

「残念。副総帥じゃないわ」

 長い銀髪の女性は、髪を右耳にかける仕草をする。

「私は、秦野亜梨紗。覚えてない?」


 その名前を聞いて、加賀瑞樹は思い出した。

 2か月前、北海道で極東軍の本拠地まで車に乗せてくれた女性だった。

 そして、マチから極東軍幹部の序列第1位という話も聞いていた。


「今、思い出しました」

 ベッドに寝かされていた加賀瑞樹亜は、上体を起こしながら言った。

「北海道の時、以来ですよね」


「そうね。あの時は、NT研究所側の立場だったわね」

 秦野亜梨紗が視線を上げて、遠くを眺めるような目をした。

「今は極東軍の幹部をやっているの」


「その話は、マチから聞いています」

 そう言った加賀瑞樹は、はっと気がついた。

「マチは!? マチはどこです? 助かったんですよね?」


 秦野亜梨紗は加賀瑞樹の目を見ると、ゆっくりと口を開いた。

「彼女は生きているわ。ただ、まだ意識は戻ってないけど」


 加賀瑞樹は、ほっと息を吐いた。

「……よかったぁ」


「総帥が言ってたわよ。アナタが止血してくれてなかったら、マチは死んでたって」


「叔父さんが?」


 秦野亜梨紗がうなずく。

「アビリティでマチのケガを治した時にね。アナタの傷も総帥が治してくれたのよ」


「そうだったんですか」

 リゲルとの戦いの時にレーザービームが貫通した左腕を見ると、傷口がふさがるどころか、傷跡もすっかり消えていた。


―――やっぱり、叔父さんもアビリティを使えたのか。ケガを治す能力なのかな。


「あと、山田にもお礼を言っておきなさい。九州の反乱を鎮圧してすぐに群馬に行ってくれたんだから」

 秦野亜梨紗が椅子から立ち上がり、つやのある長い髪が揺れる。


「はい。わかりました」

 加賀瑞樹は、山田がリゲルを倒してくれた光景を思い出し、心の中で感謝した。

 あの時、山田が助けてくれなかったら、自分もマチも確実に殺されていただろう。

「山田さんは、どこにいますか?」


「それじゃあ、私が山田を呼んできてあげるから。それまで、そこで寝てなさい」

 そう言うと、秦野亜梨紗は部屋から出ていった。

 

 ☆


 壁にかかっている時計には日付が表示されている。

 どうやら、まる一日眠っていたらしい。


 しばらく待つと、部屋に山田がさっそうと入ってきた。


「加賀くん、もう大丈夫なのかい?」

 山田がベッドの脇から見下ろす。


 ベッドに端に腰掛けていた加賀瑞樹は山田の顔を見た。

「はい、もう傷も治ってますし、大丈夫です」


「それは良かった」


「山田さん。本当にありがとうございました」

 加賀瑞樹は深々と頭を下げる。

「今、こうやって生きているのは、山田さんがリゲルを倒して、僕たちを助けてくれたおかげです」


「どういたしましてー」

 山田が視線をそらして言う。

「でも、オレは総帥からの命令で、エージェントを倒しに九州から群馬に行っただけなんだけどねー。それで到着したら、加賀くんがエージェントと戦ってたってわけ」


 ―――叔父さんが援軍として山田さんを呼んでくれたってことなのか?


 またしても、加賀瑞樹には、叔父の金城龍の考えがよくわからなかった。


「そういえば、加賀くんが起きたら連れてこい、って総帥が言ってたなー」

 山田が急に思い出したように言った。


「叔父さんが?」


「そう。今から総帥の部屋まで案内するよ」

 ついてこいと手で合図をすると、山田は部屋の出口に向かって歩き出した。


 加賀瑞樹はスリッパから靴に履き替えてから、すぐ後を追った。

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