49.フォーマルハウト(5)

「……勝った! 勝ったぞ!」

 片腕を失い全身ボロボロになったフォーマルハウトの雄叫びが夏の夜の河川敷に響いた。


「人間の分際で、よくもここまでやってくれたな」

 フォーマルハウトは血だらけの顔の右側を残った右手でおおいながら、土手の上を歩く。


 転がっている山下拓の身体が視界に入る。


「形がなくなるまで、死体をすりつぶしてやる……」

 怒りを通り越して笑いながら近づく。


 突然、ヘリコプターの大きな音が接近してきた。


 頭の上から強風が吹きつける。


 見上げると、上空にヘリコプターが浮いていた。


「……なんだ?」


 ヘリコプターから、少女を抱きかかえながらロープ器具を装着した人間が降下してきた。


 着地してすぐにロープを器具から外した人間の顔には見覚えがあった。


「そんな、ばかな? お前は殺したはずだ」

 フォーマルハウトは目の前にいる人間の姿が信じられなかった。


 そこには、小泉玲奈が立っていた。


「あなたは夢を見てたんだよ。悪夢をね」

 そう言って、キッとにらみつけた小泉玲奈が、続けて指示を出す。


「小春ちゃん、お願い」


 小泉玲奈に抱きかかえられながら降りてきた少女―――木村小春は、山下拓の身体のそばに駆け寄ると、両手を自分の胸に当てて目をつぶった。


「成就のアビリティ発動!」

 木村小春の全身から大量の黒いオーラが湧き出る。

「拓ちゃんを助けて!」


 叫んだ直後、木村小春の身体をおおっていた黒い光が桃色に変わり、さらに強く輝いた。

 その光は山下拓の身体と離れた両腕も包みこみ、やがて、山下拓自身が白く光り出す。


 すると、不思議なことが起こった。


 地面に落ちていた2本の腕が胴体に引き寄せられていき、元々存在していた場所にくっついたのだ。


 血も止まり、傷口がふさがっていく。


「腕が治っていく、だと?」

 フォーマルハウトは呆然とした。


「小春ちゃんのアビリティは、強く願ったことを叶える『成就』のアビリティ。どんなに瀕死の重傷でも、生きているうちだったら治すことができる」

 小泉玲奈が、するどい眼光で続けた。

「そして―――」


 頭上のヘリコプターの音が再び大きくなる。


 シュタ。


 すぐ背後で誰かが着地した音がした。


 振り返ると、中沢美亜がいた。


「そして、私の奥義『ル・コシュマール』は、相手に悪夢を見せる技。フォーマルハウト、キサマは私の奥義を受けてから数分の間、夢を見ていたのだ。雷に打たれたのも、我々を殺したのも、全てが幻だ」

 全身が輝き、生み出した紫色の剣を握る。


「なんだと……。俺が夢を見ていた……?」

 フォーマルハウトは右手を中沢美亜に向けた。

「ふ、ふざけるな!」

 開いた手のひらから、何本もの赤いビームを同時に放射した。


「ラ・ルミエール」

 中沢美亜の剣先から、いくつもの紫色の光線が放たれる。

 その光は全ての赤いビームの軌道を捉え、撃ち落としたのだった。


「くそっ、身体が弱りすぎている。ダメージを回復しなければ」


 ひとつも攻撃が当たらず、さらに取り乱したフォーマルハウトは、右手を空に掲げた。


「オートマトンよ! 我が力となれ!」

 周囲のオートマトンを吸収して自分の力を取り戻そうと叫んだ。


 しかし、一向にオートマトンがやってくる気配はない。


 遠くで待機しているヘリコプターのプロペラ音だけが聞こえる。


「なぜだ!? なぜ、オートマトンが集まってこない?」


「いくら待っても来ないぞ。この近くには存在しないのだから」

 中沢美亜の口元は笑っていた。


「ばかな! 10個や20個くらい、どこにでもいるはずだ」


「駆除される前は、な」

 ゆっくりと中沢美亜が剣を構えた。

「今、佐々木と伊達が、この周辺のオートマトンを片っ端から駆除して回っている。そろそろ全滅させたころだろう」


 フォーマルハウトは初めて絶望というものを知った。 

「俺が……。負ける?」


 確実に訪れる未来に愕然とした。


 ―――死ぬ?


「消えろ」

 中沢美亜の剣が振り下ろされ、フォーマルハウトの身体は一刀両断された。


 そのまま、十字を描くように胴体を斬られた後、さらに細かく切り刻まれたのだった。


 ☆


 あとには、何も残らなかった。

 フォーマルハウトの細かくなった身体は砂のように崩壊し、跡形もなく消えていた。


「終わったか」

 中沢美亜は大きく息を吐くと、山下拓を介抱している木村小春と小泉玲奈を見た。

「小娘。すまないが後で赤西の骨折も治してやってくれないか」


 木村小春が振り返り、笑顔で「うん」とうなずいた。


「生きていたのか、俺は……」

 意識を取り戻した山下拓が、うっすらと目を開けて呟いた。


「良かった……」

 小泉玲奈が目をうるませながら、山下拓の顔をのぞき込む。


 視線だけ動かして周りの様子を見た山下拓は、力なく、しかし、安らかに笑った。

「幸運の女神が、3人も。……そりゃ、死ねないわけだ」


 夜空には、満天の星空が広がっていた。


 そして、ひとつの小さな星が静かに流れた。


 ☆


 それから2日後。

 加賀瑞樹は退院した。


 病院を出て、数日ぶりにアルファレオニスに戻ってきた。


 アルファレオニスのオフィスに入ると、突然クラッカーの音が鳴った。


「おかえりなさい!」


 そこには、みんなの笑顔が待っていた。

 テーブルの上には、『退院おめでとう!』のプレートが載った大きなホールケーキが、どんと構えている。


「加賀っち、待ってたよ!」

 伊達裕之が眼鏡を直しながら微笑んだ。


「お兄ちゃん、お帰り!」

 駆け寄ってきた木村小春が飛びつくように抱きしめてきた。


「ただいま!」

 加賀瑞樹は自然と顔がほころんだ。

「みなさん、ありがとうございました!」


「加賀、とりあえず早く座れよ」

 ソファーに座りながら、すでに缶ビールを飲んで気分が良さそうな山下拓が言った。


「あたしたち、これゼロ次会だから」

 すでにアルコールが入った佐々木優理が楽しそうにサワーの缶を掲げた。


「瑞樹、こっちだよ」

 小泉玲奈が加賀瑞樹の手を引き、ソファーの開いていた席に座らせる。


「それじゃあ、久しぶりに全員そろったし、みんなで乾杯しよう!」

 全員が缶を持ったのを確認すると、伊達裕之が音頭を取った。

「乾杯!」


 ☆


 しばらくして、木村小春以外、みんなほどよく酔った頃だった。

 目のすわった小泉玲奈が1枚のカラーの広告を持ち出してきた。


「じゃーん! みんな見てください! 優勝賞金1000万円!」

 リビングの中央に立つと、広告を右手で掲げ、ひとりひとりの目の前に広告の紙を見せつける。

 広告には、海と砂浜とバレーボールが写った写真が載っていた。


「1000万?」

 佐々木優理がピクっと反応した。


「しかも、副賞で超有名パティシエのケーキが1年間食べ放題だって!」

 じゅるっと口から垂れたよだれを小泉玲奈が左手でぬぐう。


「ケーキ1年分か。悪くないな」

 山下拓が小皿に取ったケーキを食べながら言った。


「コハルも食べたーい!」

 木村小春が飛び跳ねる。


「じゃ、出場決定ってことで! 明後日の日曜日は、みんなで海ですよ!」


「え、海? というか、何に出場するの?」

 少しぼおっとした頭で加賀瑞樹は冷静な質問をした。


「えーっと」

 小泉玲奈が自分の手に持った広告を眺めた。


「極東軍神奈川支部主催、ビーチバレー大会。1チーム2人制で性別不問。アビリティ使用可、だって」


 読みえ終えて、ニコっと笑う。


「瑞樹のアビリティなら、優勝間違いなしだね!」

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