第5章 砂浜の戦い
50.砂浜の戦い(1)
湘南の夏空に気持ちよさそうな雲が浮かぶ。
お盆休み真っただ中の日曜日は、最高の海日和だった。
伊達裕之の運転する白いワゴン車は、極東軍関係者専用の浜辺の駐車場に到着した。
事前にビーチバレー大会の参加申し込みを済ませていたので、入口で名前をつたえるだけで、入場させてもらえたのだ。
ドアが開き、すでに深紫色を基調としたサーフパンツ姿で準備万全な山下拓が助手席から一番に飛び降りた。
「ひゃっほー! 海だぜ!」
「拓、はしゃぎすぎ」
中央のスライドドアから降りてきた佐々木優理が腕を組み、呆れたように言った。
サングラスと麦わら帽子。
羽織ったシャツの下にはセクシーな水着が見える。
「オマエこそ、気合入れすぎだぜ。男あさりにでも来たのかよ」
山下拓が佐々木優理の水着を見て、ニヤっとした。
「若いうちに肌出さないで、いつ出すのさ?」
佐々木優理は急に妖艶な表情をすると、羽織っていたシャツをはだけさせ、大人の水着をあらわにする。
「まぁまぁ。二人とも」
車から荷物を出しながら横目で見ていた加賀瑞樹は間に割って入ると、ビーチパラソルと大きなスポーツバッグを二人に手渡した。
「これでも運んでください」
「はーい」
二人の返事には感情がこもっていなかった。
☆
ビーチは極東軍の軍用地内にあった。
大会関係者しか立ち入ることができないためか、人影はまばらだった。
綺麗な砂浜には、数面のビーチバレーのコートが準備されており、その周りにはパラソルやビーチチェアが点在していた。
「試合開始まで時間があるし、それまでひと泳ぎでもするか」
パラソルの前で山下拓が、中学校のスクール水着姿の木村小春と一緒に準備体操をしながら言った。
「僕も海入ります!」
黒のサーフパンツに着替えた加賀瑞樹は体操に加わり、身体を大きく動かす。
だいぶ身体がほぐれてきたころ、女性からの声がかかる。
「小僧たちじゃないか」
見ると、中沢美亜と赤西竜也が近づいてきた。
中沢美亜の水着も、佐々木優理と甲乙つけがたいくらい大人の魅力あふれるものだった。
「なんで、美亜さんたちがここに?」
「私が誘ったの」
更衣室から出てきたばかりの小泉玲奈が答える。
上品なワンピースタイプの水着がよく似合っていた。
「そういうことだ。試合では手加減しねーからな」
赤と黒の組み合わせたデザインのサーフパンツを履いた赤西竜也が、ガッツポーズと取る。
眼鏡をかけていない姿は初めて見た。いつものガラの悪いイメージと違い、爽やかな印象を受けた。
「その前に、拓、泳ぎの勝負だ!」
掛け声と同時に大学生のように急に海に向かって走り出す。
「赤西、オマエには負けん!」
追いかけた山下拓が、赤西竜也に続いて海に飛び込む。
「美亜お姉ちゃん、一緒にあそぼ」
木村小春がビーチボールを持ってきて、中沢美亜に微笑みかけた。
「小娘、少しの間だけだぞ」
まんざらでもない様子で木村小春の手を取り、波打ち際に歩いて行った。
パラソルの下では、うつ伏せになった佐々木優理の背中に、伊達裕之がサンオイルを塗っていた。
水着のホックを外したセクシーな姿に、加賀瑞樹は恥ずかしくて視線をそらしてしまった。
だが、男なら一度は憧れるシチュエーションだよな、と心の中で伊達裕之をうらやましく思った。
「瑞樹、あそこ見て」
ふいに小泉玲奈が指をさした。
「極東軍の人たちが来たよ!」
駐車場の方から、屈強な男たちが砂浜にやってきていた。
水着の上に白い軍服の上着を羽織ったり、肩に掛けたりしているので、すぐに極東軍とわかる。
その中に、見覚えのある顔を見つけた。
「山田ジロー」
長い茶髪の男に、加賀瑞樹は思わず声を上げた。
「それに……、叔父さん!?」
山田のすぐ後ろの筋骨隆々の金髪の男は、叔父の金城龍だった。
「うそ? 瑞樹の叔父さんってことは、極東軍の総帥?」
「うん」
「これは何としても優勝して、瑞樹の叔父さんにアピールしておかないと」
小泉玲奈がこぶしを握って、不敵な笑みを浮かべる。
さらにそのあとから、何人かの極東軍の女性が現れた。
今度は、水着の上から軍服を羽織った黒髪の女性に視線が釘付けになる。
「姉さん!」
紛れもなく、加賀瑞樹の姉―――加賀菜月だった。
小泉玲奈が感心した表情で「テレビで見るより、さらに美人」と述べた時には、つい加賀瑞樹は極東軍が陣取るパラソルたちの方へ走り出してしまっていた。
姉に近づきたい一心で一番手前の極東軍のパラソルまで駆け寄った。
しかし、パラソルたちの奥側に見えたのは、警備兵に厳重に警護されている姉の姿だった。
近づいて姉に直接話しかけることなど、全くできそうもない。
我に返り、立ち止まって周りを見回す。
「君、ウチらに何か用っすか?」
声の主は、白い軍服を羽織った小柄の女子だった。
ピンクのキャップをかぶり、肩より少し長い赤茶色の髪をサイドテールに結んだ髪型。上着の下にはオシャレなワンピース水着を着用している。
まだまだ成長途上と思われる発育状況からみると、どうやら高校生くらいのようだ。
「え、ちょっと……」
姉に会わせてほしいと言う勇気が出ず、加賀瑞樹は回答をにごした。
「わかった! 君、ウチのファンでしょ? 書くもの持ってないからサインは無理だけど、握手ならいいっすよ」
サイドテール女子が自信満々の笑顔で右手を差し出す。
「いや、ファンではない」
加賀瑞樹は即座に否定した。
「がーん。まじっすか。けっこうショックなんだけどー!」
両手で頭を抱えて、オーバーに落胆する。
「最年少で幹部に昇進して、有名になったと思ったのにー」
すると、さっぱりした表情にコロッと変わった。
「ま、いいや。これからファンになってもらえば」
そして、再び右手を出し、「ウチと握手して」とニコっと笑った。
加賀瑞樹は仕方なく握手に応じ、意識的に微笑んだ。
「これで君は、記念すべきファン第1号っすよ。そうだ、まだ名乗ってなかったかも。ウチの名前は、
「僕は、加賀瑞樹。よろしく、マチ」
「加賀さんっすね。よろしくー!」
そう言った後、マチが考えるそぶりをした。
「加賀、みずき……。加賀、なつき……。なんか副総帥に似てるかも?」
その時、極東軍の上着を肩に掛けた山田が現れた。
「そう、ナツキさんの弟だよ」
山田は加賀瑞樹に視線を移した。相変わらず冷たい瞳をしていた。
「加賀くん、先月はどうも」
「山田、さん……」
つい1か月前に北海道で戦って倒した相手に、それ以上返す言葉が見つからず黙っていると、マチが目を輝かした。
「え、加賀さんが副総帥の弟さん!? ってことは、山田さんをボコった有名人じゃないっすか!」
今度は、マチが両手で加賀瑞樹の右手を無理やり握った。
「ウチも、あやかりたい」
「マチ。それ、ボコられた本人の前で言う? さすがに、オレちょっと傷つくんだけどさー」
山田が意地悪そうな表情を浮かべると、マチの両方のほほをつまんで引っ張った。
「いーん! 山田さん、痛いっすよ」
マチが可愛い悲鳴を上げた。
「ま、本当のことだし、いいか」
山田が手を止めると、加賀瑞樹に向けて言った。
「この間の借りは、たっぷりと今日返させてもらうから、オレらと当たるまでは負けないでよ」
「そもそも、1回戦すら勝つ自信はないですけど」
無理やり大会に参加することになった加賀瑞樹としては、そんなに勝ちたいという気持ちは湧いていなかった。
「それは困るなー」
山田は口元に指を当てると、ニヤリとした。
「それじゃ、キミの元気が出ることを教えてあげよう。大会の第1シードは、総帥とナツキさんのペアだ。キミが勝ち続ければ、いつかナツキさんたちと試合で対戦できる。そうすれば、直接会話できると思うよー」
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