48.フォーマルハウト(4)
すっかり雲がなくなった空には、夏の星座が輝き出していた。
山下拓は、多摩川の土手沿いの道路でタクシーを降りた。
涼しい夜風がほほを撫でる。
タクシー代金の決済に使ったスマホをタッチして画面を切り替え、GPS発信機の場所を念のため確認する。
「近いな」
予想通り、すぐ近くに反応があった。
土手を上りきると、ガス橋が視界に入った。
聞いていた通り、橋の上には車は通っていなかった。
老朽化に伴う橋の架け替え工事を行うため、つい数日前から通行止めになったのだ。
伊達裕之から渡された2つの道具のうち、小さな
それから、またガス橋に向けて歩き出す。
すると、土手の斜面に作られたコンクリートの階段があった。
そこに腰を掛けて川を眺めている男の姿が目に入る。
その男はフォーマルハウトだった。
「誠!」
山下拓は叫んだ。
フォーマルハウトが驚いた表情をして、立ち上がった。
「たっくん?」
そして、怪訝そうな顔をした。
山下拓は静かに左手で握った銃を向けた。
「オレの家族を殺したのが、オマエで良かったよ。フォーマルハウト」
引き金を引いた。
次の瞬間、銃口から稲妻のような青白い光線が放射される。
まだ状況をつかめていないようだったフォーマルハウトに、太い光が直撃した。
「オマエさえ倒せば、全てが終わる。全部ケリがつく」
そう言うと、山下拓は走りながら右腕を振り上げ、フォーマルハウトの顔面にこぶしをお見舞いした。
身体ごと大きく後方に吹き飛び、土手の斜面を滑り落ちた。
「なんだ、これは?」
体勢を整えながら、フォーマルハウトが自身の身体に起きた変化に戸惑いの表情を見せる。
「なぜ、この程度で俺がダメージを受けている?」
フォーマルハウトの全身からは、線香花火のようにパチパチと小さな稲妻のような光がはじけ続けていた。
「ダテヒロ特製、対エージェント専用のスタンガンさ」
山下拓は淡々と冷たく言った。
「こいつは、一時的に動きを鈍らせるだけじゃない。防御力と回復力も鈍らせる」
「なんだと?」
「つまり、俺でもオマエを倒せるってことさ」
山下拓は狙いを定め、2発目を放つ。
青い稲妻が再び命中した。
すかさず、間合いを詰め、全力の左足の蹴りを脇腹に叩き込んだ。
フォーマルハウトは橋の下まで吹き飛ばされ、そのまま地面に倒れる。
「くそっ。俺を殺せば、島谷誠も死ぬんだぞ。友達じゃないのか?」
ボロボロになった脇腹の部分を押さえながら、ふらふらと立ち上がる。
「大学時代、誠とは戦友だった。何度も一緒に戦って、お互い死にそうな目にもあった。だから、あの時から死ぬ覚悟はできているのさ。オレも。そして、誠もな」
山下拓はポケットからビー玉のような小さな赤い球を取り出した。
さっき伊達裕之から受け取った、もうひとつの道具だった。
その赤い球を軽く宙に放つ。
そして、左手で銃を前に向け、射線上に落ちてきた時に引き金を引いた。
「くたばれ、フォーマルハウトぉ!」
銃口から発射された稲妻が赤い球に直撃すると、増幅されたかのような太くて赤いレーザービームに変化し、そのまま真っすぐに放射された。
赤い閃光が、フォーマルハウトの頭上の橋を打ち砕いた。
崩壊したコンクリートと鉄骨は、フォーマルハウトめがけて落下する。
橋の側面を通っていた太いガス管が折れる。
その瞬間、引火したガスが大爆発を起こした。
すさまじい爆風が周囲に広がった。
とっさに山下拓は顔を腕でおおったが、後ろに身体ごと吹き飛ばされた。
☆
気がつくと、土手の上で仰向けになって倒れていた。
視界全体に星空が広がる。
「ヤツは?」
ふと我に返り、飛び起きる。
立ち上がると信じたくない光景があった。
全身がボロボロになったフォーマルハウトが、すぐ近くにいた。
左腕は折れて肩より先が無くなっていたが、右腕にまとった赤黒い光の刃を輝かせながら、1歩ずつ近づいてくる。
肩から赤い血が出てはいたが、人間とは違い、ぽたぽたと垂れる程度のようだった。
「ちっ」
山下拓は、自分が銃を持っていないことに気がついた。
爆風で飛ばされた時に、落としてしまったらしい。
目で周りを確認し、自分がいる場所を把握する。
銃は見当たらなかったが、先ほど地面に刺した杭がすぐ近くにあるのを見つけた。
「殺す。お前は絶対に殺す!」
鬼のような怒りに満ちたフォーマルハウトが光の刃を振りかぶりながら、間合いを詰める。
山下拓はあとずさった。
そして、杭の刺さった場所まで着いた時、その光の刃が振り下ろされた。
ガードした山下拓の左腕がすぱっと切り落とされるのと同時に、足元の杭から青白い稲妻のような光が放出された。
これもエージェントの力を弱めるためのものだった。
「これで終わりだ!」
閃光の中、残った右手で最後のパンチを繰り出す。
右のこぶしがフォーマルハウトの顔面に当たった瞬間、赤黒い刃で右腕も切断された。
フォーマルハウトが大きく吹き飛ぶ。
足元の杭からの光が消えた。
両腕から血しぶきが上がる。
「うおおぉぉー!」
この世のものとは思えない激痛とともに意識が遠のき、その場に崩れ落ちる。
地面には自分の両腕が転がっていた。
そこで、山下拓の意識は途切れた。
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